733 :ファイナル ファンタズム ◆6/PgkFs4qM:2008/03/02(日) 00:11:10



 衛宮士郎は夢を見る。
 ……今度の夢は、少し長い。


――――――――。


「しかし、火薬の威力とは凄まじいものですな!」
「ああ。おかげで新しい鉱山を得ることができた。これでサンドリアやウィンダスにも対抗できる」
「獣人の住処など一発で……」

「…………」
「どうした、ザイド?」
「……ラオグリムか。見ろ。あの鉱山には獣人の神殿が……」
「やはりな……。彼らはそのようなこと、知ろうともせんか」

「なんだなんだ。獣人どもが後生大事に守っているものだから、お宝でも転がってるかと思ったがな。次だ、次。さっさと作戦を終わらせちまおうぜ」
「ちょっと、ウルリッヒ!」
「……止せ、コーネリア」
「やはり、卵を守ろうとして……。彼らは、知ろうともしない」


――――――――。


「見つけましたよ、オグビィさん!」

 一人の未だ幼さを残す甲高い声が、昼時の閑静な酒場に響き渡る。
 薄暗く静まり返った室内に対し、図々しいともとれる光の侵入と闖入者の出現が、簡素な椅子に重く腰掛けた老人の目を驚愕に見開かせた。故に、俺には少女の突然の訪問がひどく場違いなものに思え、当事者ではないというのに、つい内から湧き出た申し訳なさから慄いてしまう。

「何じゃい、騒々しい。そんなに五月蝿く喚かれては、美味しく酒も飲めんではないか。それにわしゃあんたらなんぞ知らんぞ」
「私、貴方が物凄い拳法の使い手だって聞いて、それで、是非ともお話を伺いたくって。……あ、それよりも自己紹介が先でしたね。私、コーネリアと申します」
「あ、俺は衛宮士郎と申します」
「カレン・オルテンシアです」

 驚愕から胡散臭さに変わりつつあったガルカの老人は、どうしてか俺達の名前を聞いた途端、先程とは比較にならぬほど大きく、それは大きく目を見開かせた。……いや、正確に述べるのならば、その驚きに俺とカレンの存在は含まれていない。

「コー……ネリア? お、お前さんコーネリアと申したか!?」
「……はい。母が、元の名前の持ち主である彼女のような女性になって欲しいと、名付けてくれました。
 今回は、その、私じゃなくて、オグビィさんがご存知のコーネリアさんについてお聞きしたくて」

 すると老人は、それまで浮かべていた喜色の面持ちなど何処吹く風か、手の平を返すかのように無関心を装い、椅子を反転させ俺達に背を向ける。その様は、歳を経てきた面貌に違わず、頑固そのものでしかない。

「知らんな。師匠に報告もなしに行方不明になった弟子のことなど……」
「あら。コーネリアさん、貴女の言ったとおりだわ。この人が、そのコーネリアさんのお師匠さんで間違いないみたい」
「む、ぐ……」

 老人は肩をすくめ、再度椅子を反転させて俺達に向かい合う。
 知らずと漏れ出す苦笑。積み重ねられ堅牢を誇る城壁も、この聖女の前ではなす術がない。

「うるさいのう……酒を呑む余裕もないわ。
 あんたら、そんな同じ名前ってだけで過去の人間のことを知って何とするね? それともあの娘のように、わしに弟子入りでもしたいのか?」
「いえ、俺達は……」
「いいわい。こちとら引退済みの暇を持て余す身。引く手数多という訳ではないからな。同じ名前のよしみというのもあるのだろう。特別に聞かせてあげよう」

 俺の知人であり、カレンの恩人であるコーネリアさんと同一の名前をした人。
 バストゥークを守る30年前のミスリル銃士隊に在籍していた人。
 そして、三国共同で行われた北方調査の一員で、後に行方不明となった人。
 俺の知らぬコーネリアという人の話が、始まる。

『てめえ! この酔っ払い! よくも騙してくれたな! グスゲン鉱山に化け物なんていねえじゃねえか!』
『ほう! まさか本当にグスゲン鉱山まで行くとはな! しかし、わしは嘘なぞ言っておらんぞ』
『ああそうだな! ワンダリングゴーストって名前のでっけえガルカに会ってきたさ! よくも赤っ恥かかせやがって!!』


「……あの、その口の悪い人がコーネリアさん、だというのですか?」
「ふふ、まあ最後まで聞くことじゃ」


『その通りだ。別に化け物が現れるとは言っておらんだろう?』
『ああわかったよ! ほら、持ってきたぜ! 約束のペンダントだ!』
『なに!? あの堅物からペンダントを……? あいつが自分の物を他人に、しかもヒュームの小娘に渡すなどと……』


「30年前も、今程ではないとはいえ、ヒュームとガルカの不仲は健在じゃった。そんな中でもワンダリングゴーストは頑固者で通っており、加えて極度のヒューム嫌い。ペンダントを譲る際、奴がコーネリアに出した条件は、自身の力だけを頼りに、百個もの鉄鉱石を掘り出すこと」
「ひゃ、百!? 無茶だっ、そんなの……」
「その通り。大方、いけ好かないヒュームの娘をからかうのが目的で、無理難題をふっかけたんだろうよ」

 そして一旦言葉を切り、誇らしげな、満面の笑みを浮かべて先を続ける。


『おかげでこっちは三日三晩鉱山に篭もりっきりだ。ったく、つるはしの握り過ぎで、手の平の皮がボロボロだよ。さ、約束通りあんたの編み出した拳とやらを教えてもらおうじゃないか』
『お主、いったい……』
『早くしてくれ。私には、力が必要なんだ』


「…………」
「…………」
「…………」

 老人が口を満足そうに閉ざせば、後に残ったものは無意識の考察から生じる、沈黙という名の思案の嵐。
 いや、男ならまだわかる。しかし、女の身で三日三晩暗い坑道に居続けるなど……果たしてその根性を讃えるべきか、素直さを褒めるべきか……。同じく女性である彼女らならば深い理解を得ることが出来るかもしれないが、頑健な男でしかない俺には、恐らく、一生掛かっても確かな認識など得られないだろう。

「その後、私の弟子になったコーネリアと共に、サンドリアへ修行に出かけた。修行と言っても、現在のダボイの地にあったサンドリアの修道院から依頼があったのだ。神殿騎士団は武器を扱う集団だが、以前は、信仰に基づく、修道僧たちの拳を使った武道も盛んであった」
「ええと、僧兵、でしたか。武器を扱わないのは、健全なる肉体への信仰に反するから……?」
「詳しくは知らんがそうじゃないかの。
 ……ダボイにあった修道院もそのひとつであった。その武道の書がジャグナーのオークに奪われての、その一部を取り戻して欲しい、という依頼を私は受けた。もちろん、その武道の極意を探るためだ。今でこそモンクという肩書きを持つものは多いが、東方から伝わった拳法と、サンドリアの修行僧の技が融合し、それは確立されたものと言える。
 それはさておき、我々が向かったのは……ダボイが奪われる以前のオークの本拠地だった」


『御師匠、本当にこの辺りなんですかねえ……』
『なかなか見つからんものだな。しかしこれではまるで盗人……ん? ラオグリム、様?』
『おお、オグビィ殿ではありませんか! 奇遇ですな。オグビィ殿のような方が、オークの居住区などに何の御用ですか?』
『いや、ちと探し物がありましてな……』
『失礼な野郎だな! うちの御師匠様をコソ泥みてえに! そうか……。お前、語り部のラオグリムだな? 御立派な銃士様が、こんな汚いとこに来てんじゃねえよ!』
『こ、こら! コーネリアっ』
『これは、面白い御弟子様を持たれた。それに、私のことを知っているヒュームの女性とはまた珍しい。語り部なんて言葉すら知らないでしょう、普通は』
『ふん、色々あってな。そんなどうでもいいこと、知りたくて知った訳じゃない』
『もう止せ! コーネリア!』


「本当に、お口が悪かったのですね……」
「まったくじゃ。勿論わしの弟子となるからには、それなりに時間は掛かったものの、きちんとした言葉遣いを習わせたがの」

 苦労はしたが、と付け直し、深い皺に彩られた口元を心底愉快に歪ませる。……気のせいか、自らの弟子のことを話す師の姿は、当初の悪態とは裏腹に生気が満ち溢れ、有体な言い方をすれば、嬉しそうだった。

「でも、どうして彼女は貴方に弟子入りをしたのかしら? 確か私の記憶通りなら、力が必要だとか聞きましたが?」
「そういやそうだ。話を聞いていると、彼女の並みじゃないド根性の裏には、何かしらの執着が見え隠れしている気がする。でなきゃ、打って打たれての厳しいモンクの道になんて、ましてや女性の身で、足を突っ込もうとはしない筈だ」

 老人は静かに笑みを浮かべ、言った。

「復讐、じゃよ」
「……え?」

 話は、続く。


『御師匠! もう私も力を身に付けました! 行かせてください!』
『駄目だ、まだ早い! 確かにお主の力はかの獣人を誘き出すには十分だろう。しかし、倒すまでには……』
『私が、私が力を求めたのは……奴を倒すためだけです。銃士であった兄の仇を取るため……』
『わしが知らんと思うたか! お主の兄は優れた格闘家であった。わしの耳に届かぬはずはなかろう。だからお主の拳は曇っておるのだ! 復讐にとりつかれた拳で何ができる!?』
『御師匠様……長い間お世話になりました。私の拳が曇っているならば……自らの拳で、その曇りを晴らしてみせましょう!』


「……で、どうなったんだ?」
「結論から言うと、コーネリアは無事復讐を果たし、仇である獣人を仕留めることができた。しかし、同時に胸に空いた隙間は、あ奴一人では埋めきれぬ程、大きくなってもいた。目的を失った奴は、その存在意義がなくなってしまったのよ」
「……それを埋めてくれたのが、当時ミスリル銃士隊の隊長を勤めていたラオグリムさんですね?」


『兄の敵を討ったというのに、一向に心も晴れず、逆に何かを失ったような……』
『復讐は……何も生みはしない。それは、その対象を喪失する行為だからだ』
『ラオグリム?』
『よく人は、失うものがない者は強い、などという。お前もきっとそんな気持ちだった筈だ。だが、そんなものは幻想に過ぎん。失うものがない者は、裏を返せば…………守るべきものが、ない。真に強き者とは、守るべき何かがある者だ』
『あなたには……それがあるの?』
『俺の記憶は200年以上もの時を過ぎた。重荷に感じることの方が多い記憶だが……失う訳にはいかないものだ。その記憶の中に生きる人々の笑顔を守るためなら、大統領府で役人どもの小言にも耐えることができる』
『私にも、見つかるかな? 守るべき何かが……』
『見つかるだろう。きっと、その時は来るはずだ』


「その後コーネリアはラオグリムと同じ銃士隊へと入隊し、数え切れぬ程の誰かを助けていく道を歩む……。わしは信じておるよ。あ奴は何かを守る一生を通しきったのだと。
 ……これで年寄りの長話は終了じゃ。付き合ってくれてありがとよ。参考になったかな?」


――――――――。


「…………」

 気付けば、開け放たれたから生じた冷たい風により、すっかり体が冷え切っていた。
 何の気なしにそちらを覗けば、空はすっかり黄昏時。暖かそうな、オレンジ色の暖色が世界を照らしていた。次いで、カァカァと何処かの鳥の甲高い鳴き声。体に掛かったシーツを払い、半身を起こして伸びをすれば、長く寝すぎた弊害か、節々が鈍く痛んだ。
 閑静。誰もいない。
 黄昏は帰宅の合図。疲れた人々が、安らぎを求めて家々へと帰る時間。美味しい夕食に舌を踊らせ、熱い風呂に浸かり、明日に備えて温かいベッドに潜りましょう。
 俺は……。



Ⅰ:追う
Ⅱ:夢の続きをみる


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最終更新:2008年04月05日 18:37