777 :ファイナル ファンタズム ◆6/PgkFs4qM:2008/03/03(月) 23:44:19
一旦決意した以上、それまでの不明は嘘のように晴れ、後の立ち上がりは自身でも意外なほど、こざっぱりとしたものであった。
事前に買い置きしておいた薬品類、そしてクリスタルを使い古された鞄に詰め込み、寝間着からカレンに縫って貰った旅装へと着替える。続いて丹精込めて削っておいた鏃のチェックをし、厨房にてコックの目を盗んでコップ一杯分の水を飲み込めば、もう旅の準備は完了していた。
「――さて、と」
ふっと息を吐き出して小さく纏めた荷物を右肩に背負いこみ、既に薄暗い廊下を抜き足差し足で極力音をたてぬように歩く。傍目からコソ泥と見間違われる可能性は無視できないが、何故だか周囲の気配は皆無に等しく、未だヒトが起きている時間帯だというのに、とりわけ理由のない静けさは、一種の不気味さすら感じさせた。……まるで、これからの旅路を暗喩しているかのように。
行くのは俺一人のみ。
俺が行きたいのだから行く。たったそれだけのコト。故にカレンらの許可など請う必要もなく――――ましてや、仰々しい挨拶など必要あろう筈がない。ほんの、近隣を散歩する程度の気分。
何度でも言おう。『俺は一人で行くつもりだった』。なのに――――
「……まるで他所へ泥棒にでも行くみたいよ、貴方……」
振り向けば、呆れ顔に加えて微かな蔑みを混ぜた、冷たい金色の瞳。
一番厄介な奴に見つかったことで稚拙な計画は一瞬でご破算となり、同時に寝起きの荒れた胃壁をジクジクと痛めつける。
「一応聞いとくけど、みんな揃ってる?」
「ええ、揃っているわ。所在も私も。たった一人を除いては、ね」
やはり……。
不思議と身体が驚愕に包まれることなど皆無であった。だが、今更後悔したところで何がどうなるという訳ではないものの、それでもあの夢を見た今朝方にすぐ行動を起こさなかった自身の愚鈍が、ただひたすらに苛立たしいのは事実である。
「……ま、そういうことだから。探しに行ってくる。もう暗いし、多分今日中に帰るのは無理かもしれない。悪いけど、しばらく巻菜と一緒に待っててくれ」
「…………」
「? じゃ、行ってくる」
俯きながら何も語らぬ彼女を不審に思う傍ら、一方で一秒たりとも惜しい俺にとっては些細事に過ぎず、取るに足らぬ差異と断じ、通り過ぎようとしたその時――――。
……重ねて言うが、俺は一人で行くのだと決め込んでいた。危ない目に遭うのも、そのせいで深い傷を負うのも、俺一人で良い。それが誰かの肩代わりになるというのなら、むしろ喜色すら感じる。
そう、思っていた。
弱々しい握力で服の裾を掴む、白い指を目にする瞬間までは。
「お、おいおい。離してくれ。歩けないってば」
「……イヤ」
震える指は、果たして古傷のせいなのか。
白い頬を赤く染め下唇を噛むその仕草は、痛みを堪えているせいなのか。
「私も――――」
止せ、聞くな。聞いてはいけない。衛宮士郎に彼女を受け止める手段なぞ持ち得ない。
漠然と渦巻く危機感焦燥感。聞くな、聞くな、聞くな。聞いてはいけない。聞いてしまえば最後、俺はもう、見知らぬ誰かを救い続ける正義の味方でなくなってしまう。
必死で理性の面持ちを取り繕うも、それは外面だけの紛い物。脳裏をジューサーの如く掻き混ぜる苦悩と混乱は、衛宮士郎の短い生涯に於いて、解決策が浮かばないくらいに、信じられないくらいに、激しいものだった。
「――――連れて行きなさい、士郎」
「はあ、っ……」
ああ……聞いてしまった。俺はもう、戻れない。
「貴方は貴方の成すべきことを。貴方が力無き誰かを守るというのなら、私は捨て身の貴方を守ってみせる。手が空いていなければ手の代わりを、足が空いていなければ足の代わりとなって、共に地獄の橋を渡ってあげる」
「カレン……。すま、ない」
「謝らないで。……『負い目を持つな』。あの娘にも、言われたことでしょう? それに、最初に離さないって言い出したのは、貴方よ?」
そう言い、滅多に見せない微笑でトドメを刺す聖女の庇護。
ああ、ああ、終わった。今、誰かを平等に救い続ける正義の味方は彼方へと霧散した。もう俺には、公平な救いなど、期待出来ない。
ごめんなさい、切嗣。ごめんなさい、■■に残された皆。ごめんなさい、セイバー。
だがせめて――――せめて、神様。この醜く歪んだ俺達に、祝福を。
「…………」
「ん……」
それは身に備えられた本来の用途とは、遠くかけ離れた行為。しかし俺達が人である何よりの証拠で、人として在る以上、恒常的に存在する愛情表現。
そして、雑多な御託をいくら並べようとも、カレンは際限なく――――この上なく、熱かった。
やがて互いに短く息を吐き出し僅かな隙間を空けた直後、まるでグラウンドを十周したが如くの疲労感が全身を襲う。初めて知った。人を愛するって、こんなにもエネルギーを使うものなのか。
見れば彼女も肩で息をしている有様で、まるで風邪にでもかかったかのように、細い震えがカレンを握り締める手を伝って俺に流れ込んでくる。
「……ひどい、男」
「ダメな、女……」
腕の中の女はひたすらに小さく、聖杯戦争やこの世界で目にしてきた強者達と比べれば、問題にならないくらい繊細で弱々しくて――――反面、炎を抱いているのかと錯覚してしまうくらいに、熱い。
俺は……。
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最終更新:2008年04月05日 18:38