899 :ファイナル ファンタズム ◆6/PgkFs4qM:2008/03/07(金) 23:51:59
「ではカヌーで漕いで行く、というのは如何でしょう?」
「――――はっ?」
ガクッ、と不意に訪れた脱力に姿勢が傾ぎ、危うく高速移動するチョコボからずり落ちそうになる。
突然の提案は何の脈絡も必要性も見出せぬ上に、“では”の意味が解らない。
「いえ、僕だったら戦車を使いますね。道を塞ぐ魔物を蹴散らしながら旅をする、なんて素敵じゃないですか。
実物を見たことはありませんが、ホバー船、というのも憧れますねぇ」
「そうでしょうか? 生憎私は女ですので機械に対するロマンはさほどではありませんが……
ああ、そうそう。空飛ぶ竜の背に乗って、というのでしたら私にも理解が及びます。人に翼など望むべくもありませんから」
「竜ときましたか。ならば僕はシンプルに列車を推しますね。
レンタカーも悪くはありませんが、快適に過ごすという面を考慮するならば、四肢を自由に解放出来る列車しかありませんよ。
しかも、その列車には自分達以外の乗客は全員幽霊で、行き先はあの世とかでしたらもう堪りませんね」
「あら、それはシスターの私に対する宛てつけのつもりかしら? でも忘れないで。これは速さを求める議論よ?
問答無用で最速を述べるならば、宇宙ステーションから発射されるロケットに敵う訳がないじゃない」
「うーむ、ここでようやく近代文明の象徴たるロケットの登場ですか。僕もうかうかしていられませんね……」
いや、いや、待て。
何だこのノリ。おかしいだろ。
カヌーは解る。いや、俺達三人がえっほらえっほら櫂を漕ぐ絵は間抜けとしか言い様がないが、まだ解る範囲内だ。
まあ空飛ぶ竜というのも解る。
こんな世界だ。何処かを探せば、伝説上でしか生息し得ない生物が見つかる可能性はあるだろう。
だが何だ戦車って。
ホバー船? レンタカーって、なんでさ? 宇宙ステーションって、あんた、いくらなんでもそれはない。
しかし……しかしだ。
このわけわからん流れに追従してこそ、クールでダンディな真の漢の道が開けるのではないかっ!?
「二足歩行兵器に乗って大地を闊歩する、という案も捨て難いですが……」
「じゃっ、じゃあさっ! でっかい城が地中に潜るとか、校舎が空を飛ぶとかどうかなっ!? かっ、カッコイイと思わない!?」
「はあ? いきなり何を言い出しますかね、この人は。建築物が動く訳ないじゃないですか。漫画やアニメじゃあるまいし」
「頭でも打ったの? 大変ね。早急に医者に診てもらうべきだわ。手遅れにならない内に」
「それはそうと……問題は、国の財産である飛空艇に乗るには多額のギルを払ってパスを購入しなければならないという話ですが……
残念ながら、僕にはお金もコネもありません。貴女はどうです?」
「ひとつだけ心当たりが。とは言っても、そうそう上手く話が運ぶとは思えませんが」
そう仲睦まじく語りながら、俺の遥か前方を先行していく二人。
――ドラえ……じゃなくて、セイバー。
いつもの倍以上ご飯食べていいから、元の世界に帰ったら、たらふく漏らすであろう益体ない愚痴を許してくれ。
……さて、この間にもチョコボは鬱状態の俺とは関係なしに枯れた山地を走り続け、幾体もの獣人を案山子の如く素通りして行く。
――チョコボに乗る以上、敵に襲われることはない――。
股下のコイツには数える程度しか騎乗していないものの、最早これは確信めいた鉄則にまで昇華されていた。
そうして、しばらく緑のない乾いた土地の全景が視界を霞め続け、やがてそれにも飽き始めてきた頃。
ようやく周囲の景観に変化が訪れ、高い丘から見下ろす形で、ひたすらに彼方へと伸び進む長大なナニカの影が目に入った。
薄ぼんやりと存在する、長い長い建造物。
微かに覆われた霧が正確な全容を惑わすも、それが醸し出す雰囲気、そしてそこから飛び発つ飛行物体は忘れよう筈がない。
橋の上に建てられた大国、ジュノ大公国。
加えて、俺達が求める飛空艇発祥の地。
毅然と佇む門番のチェックを受け入国を果たした頃には、もう空は青白く光が差し始め、辺りは既に白ずんでいた。
「わかっていたこととはいえ、こう時間の経過を目の当たりにしちまうと、焦るな。
今頃アイツは何処で何をやっているのやら……」
「それをどうにかするために、私達はここまで来たのでしょう? 一刻も惜しいと思うのなら、その感傷に浸る時間こそ余計よ。
ついてきなさい、士郎」
そう言い終えるや否や、足早に彼方へと歩き去っていくカレン。
一方、危うく置いてけぼりを食らわれそうになった俺はというと、彼女の俊敏な行動に反比例し、
見っとも無く慌てふためくばかりであった。
――このままではいけない。
今以上にしっかりしなくては。最初に彼女を探し出すと言いだしたのは、他でもない俺自身なのだから。
「おはようございます。こちらの店主……アルドに面会願えませんかしら」
街角の一角に据えられた何の変哲もない扉に手を掛け、まるで旧友の元を訪ねるかのような気軽さで中へと入って行く。
扉を潜った先に存在したのは、様々な店で設置されているカウンターの様相。
だが、店を構えているというのに、表に看板すら掲げていなかったのは、一体どういうことなのか。
「…………」
やがて彼女が指名したアルドという男が店の奥から現れ、何やら嬉しそうにカレンと口を交わし始めた。
曰く、久しぶりだ、とか。あの節はどうも、とか。
黒い口紅に怪しげな色彩をした服装など、眼前の男は正直不審者そのものの風体でしかない。
交渉の邪魔をしてはいけないと思い距離を置いていたから話の内容までは聞こえなかったが、
それでも二人の親密な様を目にしていると、何故だか理由のない苛立たしさが腹の底に募ってくる。
あのアルドとかいう男とは初対面だというのに……訳がわからない。
だから意味も知らずに不貞腐れ、早く会話が終わらないものかと呆としていたのだが、不意に大きな手がこちらの肩を叩いた。
予想だにしなかった感覚にぎょっとし、反射的に前を仰ぎ見れば、眼前に据えられていたのは複雑そうに苦笑するアルドの鼻面。
「心配するな。俺とカレンはそういった間柄じゃねえ」
思わずギクリとなる自分に愕然となり慌ててカレンに視線を移せば、
ほんのり頬を紅潮させ、困惑と呆れを綯い交ぜにした珍しい表情が在った。
「馬鹿ね……本当に……」
「す、すまない」
やや気まずい空気が俺達の間に漂うが、それを察してかアルドは大っぴらに、なるたけ景気良く言い放つ。
「――――よし! それじゃあ交渉は成立ということでいいかい、カレン?」
「え、ええ。頼みます、アルド」
「仏頂面のアンタ。詳しい説明は彼女から聞いてくれ。生憎と俺は準備で忙しいんだ」
「う、あ、ありがとう……」
礼には応えず、そのまま背を向けて再度奥へと向かうアルド。
そんな彼の背中に向け、内心で再度礼を述べる。
結局は、彼に胸を借りる形となってしまった……。やはり、もっとしっかりしなくては。
「妬けますね」
「黙りなさい、所在」
店を出た足そのままに宿を取り、徹夜明けの眠い体――――尤も、昨日の大半を寝て過ごした俺にとっては屁でもないのだが。
申し訳なく思う反面、バラすと却って怖いので黙っていることにする――――を抑えてカレンの説明が始まった。
「一言で要約すると、密航ね」
「みっ……!?」
「五月蝿いわ」
直後、軽く力を込めたデコピンが、有無を言わさずこちらの額を撃ち抜く。
「説明を聞いた所でどうするということもないのだけれど。指定の日に指定の場所へ行き、誰かにバレないよう船蔵で静かにしているだけ。
目的地の上空に着いたら、タイミングを見計らってパラシュートで降りる。簡単でしょう?」
「簡単、つったって……。俺、パラシュートの経験も、ましてや飛行機に乗ったことすらないぞ」
痛みに疼く額をさすりながら反論する。というか、流石に反論せざるを得ない。
うろ覚えの知識ではあるが、確かパラシュートを行うには免許が必要だった筈だ。
加えて、バラエティー番組でタレントが落下する際には、補助を担当する人が付き添う程の慎重さ。
当然と言えば当然か。
いくら安全性が確保された行為とはいえ、自らの命を握る紐を引き損なえば、地面に叩きつけられ死んでしまうのだから。
これらを踏まえて、俺、もしくは彼女らはズブの素人。如何程の超人であろうと、正直躊躇ってしまうのが現実だ。
しかし――――。
「出来る出来ないじゃなくて、やるかやらないかでしょう? 士郎、貴方はどう思っているの?」
――――彼女の一言一句が、衛宮士郎の本質を刺激する。
そうだ。こうして目的と道程が示されている以上、何を迷う必要がある?
この身はとうに壊れ、幾多ものネジが欠けた故障品。
壊れた機械に出来ることは、ただひたすら馬鹿正直に、前へ前へと突き進むだけ――――。
「……サンキュ、カレン。らしくなかった。で、予定はいつになるんだ?」
「今日から三日後の夜。ギリギリ、あの娘とかち合う日程になるわ」
それを最後に、カレンの説明は全て終わった。
後は残された三日間をどのように消費するかが課題であったが、殊更特筆すべきことがある筈もなく。
三者三様の過ごし方をしていた。
巻菜は何を考えているのか一日中本を読んで過ごし、カレンは軽々しく外へ出歩けない体質もあってか部屋に引きこもる日々。
一方の俺はというと、別段何が変わるという訳でもなく、日課の鍛錬に勤しむのみ。
――――だからこれはほんの気紛れ。
ふと気付けば二日目の夜/前夜。
ただ漠然と、何か行動を起こしたい衝動に駆られただけのこと。
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最終更新:2008年04月05日 18:40