939 :ファイナル ファンタズム ◆6/PgkFs4qM:2008/03/09(日) 23:55:11


 闇が世界を包む頃。
 白日は眠りという名の下に一旦の退去を余儀なくされ。
 晴天は夜の訪れを許諾することにより、爽快な色調を灰燼と帰す。
 誰が切実に大事かと問われれば、一概には言い難い、克服し難い優柔が俺にはあった。
 救えるものならば、救いたい。
 それは喩えるのならば子供の我侭。
 断腸の思いで下す取捨選択に価値を見出せぬ、また、その価値に気付こうとしない、愚者の振る舞い。
 正しいのかと問われれば、黙さざるを得ない。
 セイバーらに出会う以前の俺ならば、己の未熟さから湧き出る勢いに乗り、
 一にもニにもなく、それこそ微かな疑問も抱かず肯定していたことだろう。

 不動の正義の崩壊。
 愛しき者を得た瞬間受けた、決定的な矛盾の束縛。
 それでも、今まで自覚し得なかった苦しみを課せられていて尚、色褪せるどころか、一層愛しい眼前の聖母。
 比喩や誇張じゃない。
 共に歩んでくれる者がいる。
 目の前の彼女は透けるように白く、黒いカソックにより映えた銀髪を含め、清らかな美しさで満ちていた。

「…………」

 ――そう。
 折角の端正な容色が、不機嫌そうな仏頂面に全てを塗り潰され、台無しになっていても、だ。

「何かしら、コレ……」

 細い指に挟まれた、お洒落なハンカチように一定の色で染められた三角形。
 キリスト教で伝えられるところの聖餅――――まあ、一言で説明するのならば、パンだ。
 ……ただし、二枚に重ねられたパンと中身は、それはそれは痛々しい“赤”に滲んでいたが。

「何って、新メニューに挑戦しようと思って。梅干サンドイッチ。
 カレンって極端な味付けが“大好き”だろ? これならお前にも通用するかなって」

 その言葉を受けた彼女の反応はというと、
 ニヤリと黒い笑みを口元に浮かべ、余裕そうに手元の物体を眺めるポーカーフェイス。
 だが俺は見逃さない。
 嫌な汗が白い頬を伝い、流れ落ちていく様を。
 さあ、食べるだろうか? それとも拒否するだろうか? 
 ああ、普段は虐められてばかりだというのに、今になって急に嗜虐心が刺激されるのはいったい何故!?
 カレンはしばらく何をするでもなく不動の姿勢を保ち続けていたのだが、
 停止する時間に伴い、色白の肌に数多の汗の珠が浮かんでいく。
 そうしてようやく覚悟を決めたのか、一息にサンドイッチへと齧り付き――――
 咽た!
 泣いた!
 梅干の種がポーンと飛んでった!
 リベンジ成功。衛宮くん、毒舌シスターに対し、初の白星獲得の瞬間である。

「あな、た――――、初っ端から、飛ばすわね――――」
「うん。実を言うと前々から準備していたんだ。
 まだ目玉のスープとブレインシチューが控えているからさ、全然遠慮しなくていいよ」

 何を隠そう、衛宮士郎の自信作である。
 これには流石に堪えたのか、真っ赤に腫らした目で、許して――――と懇願する、珍しく可愛いカレンさん。
 しょうがない、今日はこのくらいにしといてやるか。
 恐らく近日中に数倍にして仕返しされるだろうけど、この際気にするな!

「憶えていなさい……」

 はっはっは、気にするな!
 はっはっは…………はぁ。


――――――――。


 よもやロマンなど望むべくもないないが、周囲の景観だけは間違いなく一等の雰囲気を醸し出していた。
 ジュノを構成する区画の一つ、ル・ルデの庭。
 平定した地面を敢えて一部分に留め、斜面と高低を利用し不思議な芸術性を確保させた、稀有な作品。
 なんでもこの国を治めるカムラナート大公自らが設計し、自身の邸宅も最奥に構えてあるのだとか。
 実際に会ったことなどないが、
 卓越した経営手腕といい、芸術面での才能といい、彼には感嘆の念を感じざるを得ない。

「……で、貴方は立派な庭を賞賛するために、ここまで来たのかしら?」
「ん、違うぞ。お前と一緒に歩くためだよ」

 憚らずも露呈する動揺だけはどうしようもない。
 やはり、オンナノコはこういうのって楽しくないのだろうか?
 幸い周囲に霊障の元となる人はいない上に、景色も綺麗。
 藤ねえは論外として……桜やセイバーだと喜んでくれると思っていたのだが。
 思いも依らず犯してしまったミスに僅かな間慄くが、
 傍らの彼女はそんな俺の様子を不思議そうに眺め、やがて苦笑を交えながら弁解を始めた。

「ああ……ごめんなさい。楽しいわよ、貴方と一緒に歩くのは。でも……」

 静かに俯きながら、微かな躊躇いの後、少女は答える。

「でも…………その、どうせ見るというのなら、景色ではなく、私を見て欲しいと……」
「――――ッ」

 本当に、今日の彼女は珍しい。
 いかん。上目遣いで頬を赤らめるカレンを見ていると、
 思う存分、滅茶苦茶にしてやりたい気分に満ち溢れてくる。
 そう。まるで、泣き叫ぶ聖女を蹂躙する狂犬のように――――。
 数えて二度目、である。
 気付けば力無く佇むカレンを抱き寄せ、柔らかな唇を奪っていた。
 今度は少し大胆に。深く。
 ……流れる銀色の髪が、芳しい匂いと共に、鼻孔をくすぐる。

「――――ふ、ぅ。……フフ、まるで盛った犬のよう……。
 心配する必要もありませんでしたね。だって、貴方は――――」

“とっくの昔に、私に溺れていたのですもの”

「は――――っ。カレンっ! 俺はお前を……」
「待ちなさい。その前に、貴方にはやることがある筈でしょう?」

 言われるまでもない。
 そのために、ここまで来たのだから。

「莫耶を助ける」
「そして、闇の王も助ける」
「カレン? お前……」

 唐突に彼女の口から紡がれる、渦中の人物の名。
 予想だにしなかった展開にたたらを踏むも、それも一瞬のこと。
 よくよく考えてみれば、何ら不思議なことではないのだ。
 何故なら、俺の掲げる正義とは方向性が違うとはいえ、
 彼女もまた、『誰かを救う』という使命を帯びた聖職者なのだから。

「貴方と再会するまで、断片的にだけどバストゥークで彼のことを調べていたの。
 ……間違いなく、闇の王は悩み、苦しんでいる……。
 神を崇めるシスターとして、一人の人間として、私は彼を救いたい。
 本音を言うと、いなくなった彼女よりも一層、ね」
「傷は切開しないのか? ……っと、冗談。睨むなよ」
「それは後のお楽しみ。どれだけ大きな傷跡があるか、楽しみだわ」
「…………」

 生き生きとした表情で語るカレンさん。
 案の定、というかやはり、カレンはシスターである以前に、
 悪趣味で、穿いてなくて、毒舌吐きで切開好きの性悪なのであった。

「改めて振り返ってみると、終わってるよな、お前。人として」
「脳みそトロトロの情けない駄犬よりかは幾分マシなつもりよ?」

 両者とも、予め打ち合わせをしていたが如く滑らかに悪態をつき、同時に顔を反らして背中を向け合う。
 それでもやっぱり好きなものは好きなワケで……。
 惚れた弱みというか、詰まるところ、俺達は揃って歪だった。

「……好きよ」
「……好きだ」

 暗闇に浮かぶ青い月は異世界の証。
 遥か遠き幻想世界の果てに、二人は互いに寄り添い、同時に、互いに支え合う。
 これから向かう地には、いったい何があるのか。
 20年前、世界を震撼させた水晶大戦の首謀者を前にして、
 実力もない、知恵もない自分が果たして生き残れるのだろうか。
 だがせめて、この腕の中の彼女だけは……。
 この日二度目の接吻を最後の締めとし――――俺達は、運命の三日目を迎えた。


――――――――。


「少し相談があるのだけれど……」
「うん? どうした? 巻菜」

 カレンが飛空艇に積まれる予定の荷物に潜り込み、今度は俺の番だと覚悟を決めたとき。
 まさに言葉通り、寸前になって、巻菜から待ったの声が掛かる。
 そして、その彼女は、いつか目にした“本当の”久織巻菜に相違なかった。

「私は別にどっちでもいいから、士郎に決めて欲しいのだけど。
 ……あ、あのさ。知っての通り、私って身体能力一般人並じゃない? ついでに言うと、隻腕だし。
 だからさ、貴方達について行っても確実に足手纏いになるだけだと思うんだ。
 どうしよう? 行くべきなのかな? 行かないべきなのかな?
 いくら考えても解らない……。教えてよ、士郎……」



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最終更新:2008年04月05日 18:40