114 名前: 衛宮士郎/ライダールート 投稿日: 2004/09/24(金) 23:45
悠然と佇む遠坂の目前。
一触即発の雰囲気で周囲を染め上げながら、武装をそのままに対峙するライダーと、銀色の甲冑を着込んだ
金髪碧眼の少女を見た。
「————————」
誰も怪我や傷を負っていなかったことに安堵する事もなく、俺はただその光景に眼を奪われる。
睨みあう二人は微動だにしない。
半身をずらし、手にした短剣を逆手に構えるライダー。
右足を後方に引き、下げた両の上で目に見えない”何か”を構える少女——セイバー。
再び雲間から御顔を覗かせた月から降り注ぐ青白い月光に照らされた二人は、美しく、同時に怖ろしい。
二人が発する、腸に鉛を流し込まれたような重圧は月光を塗りつぶしかねないほどの濃厚な殺気。
俺は何とか声を出そうとして、脚を動かそうとして、角を曲がったそのままの体勢のまま文字通り手も足も
出す事が出来ない。
声を出せば、身体を動かせばその瞬間。肌を刺し、もはや鋭利な刃物と化した緊迫に、俺なんていうちっぽ
けで無力な存在は微塵も残さず切り刻まれてしまうだろう。
故に俺は二人に眼を奪われる。
そう、
「————こんばんは衛宮君。随分と手荒いお出迎えをどうもありがとう」
何時もの学園の制服の上に赤いコートを纏い、俺と同じように二人を眺めていた遠坂が、まるで影を地面に
縫い付けられたように硬直していた俺に、何時もの優等生然とした口調で言の葉を紡ぐまでは。
「え——あ、……こ、こんばんは、遠坂」
その言葉がまるで解呪のスペルだったかのように、俺の影に縫い付けられていた恐怖と緊張という名の糸が
次々と抜糸されていく。
しかし、不気味なほど綺麗な笑顔で俺の方を向く遠坂の顔はやっぱり——なんて感傷は無い。
遠坂の目。目が尋常じゃない。
顔は確かに笑っているのに細く狭められ、俺の射抜くような鋭い目はまったく笑っていない。
そんな不気味な遠坂にこんな状況の中で律儀に挨拶を返してしまう俺は、どうしようもない莫迦なのか、と
自己嫌悪に陥る暇も無い。
遠坂は俺の間抜けな返答に目だけをそのままに、口調を先ほどの大声と同じにして声を荒げた。
「————随分と余裕じゃない。
それもそうよね、何しろ貴方はランサーを打倒するほどの力を持ったサーヴァント——ライダーのマスタ
ーで、しかも、この私と二年間同じ学園に通いながら魔術師の気配を微塵も感じさせなかった。もぐりとは
いえ凄腕の魔術師だものね……っ!」
「はぁ————!?」
理由は不明だが、どうやら怒髪天を突く勢いで俺に対し激憤してい遠坂。
だが当の俺は遠坂の言っていることがまったく理解出来ず素っ頓狂な声を上げるだけ。
……それよりも今遠坂は何て言った? 俺が凄腕の魔術師!? なんだそりゃ、そんな訳あるか。
俺なんて自分の工房も持たない上にまともに使える魔術は一つだけの、魔術師、じゃなくて、未熟な魔術使
い、が良い所の半人前だ。
「おまけに正面から乗り込んだ相手にトラップも何も使わない上に、こんば状況なのにまだ魔力の漏洩を秘
匿してるなんて、アンタ私の事嘗めて————」
「ちょ、ちょっと待て、待ってくれ……っ!!!」
なにやら激しい誤解をしているらしい遠坂は、般若の形相の見本みたいな鬼気迫る表情でセイバーを押しの
けて前に進み出た。
それを押し留めるように、下手すれば腰を抜かしてしまいそうな精神に鞭打って俺もライダーの横を通り抜
けて一歩前に出る。
セイバーが「凛」ライダーが「シロウ」と制止の声を出すが俺も遠坂も今はそれどころじゃない。
115 名前: 衛宮士郎/ライダールート 投稿日: 2004/09/24(金) 23:47
「何よ、今更しらばっくれるって言うの? ライダーに先制させといて————」
「だからちょっと待ってくれって!
遠坂、お前が何を勘違いしているか知らないけれど、俺は凄腕の魔術師なんかじゃ無い。まともに使える
魔術はと——強化だけだし、それに俺は遠坂が魔術師だったってこと自体今まで知らなかった。ライダーを
召喚したのだって殆ど偶然みたいなもんだし、ランサーを倒したのだって全部ライダーの力のおかげで俺は
見てただけだ。それにこの家は親父が残してくれた簡単な結界が張ってあるだけでトラップも何も無いんだ。
遠坂の事を嘗めてるとかそんな事は絶対無い」
今にも飛び掛ってきそうな遠坂を宥めるために、取り合えず今の俺の状態を矢継ぎ早に説明する。
焦っていたせいで何やら言わなくてもいい事まで言ってしまった気がするがこの際仕方ない。
その証拠に遠坂は茫然自失。珍獣を見たような表情で固まって、セイバーもライダーも同じような様子……
ってなんでさ。
「————————リン」
俺以外の固まっていた三人の内、一番初めに活動を再開したのはセイバーだった。
それにつられるように、ライダー、遠坂の順番で活動を再開する。
遠坂は”て”の字の発音の形のまま開いていた口を慌てて閉じ、俺の言葉の意味を理解しようとしているの
だろう。口元に手を当てて何やら神妙な顔つきをしている。
サーヴァント二人は武装こそしているが、さっきまでのようなその場にいるだけで心臓が締め付けられるよ
うな殺気は霧散していた。
やがて考えが纏まったのか、遠坂は再び何かを構えようとしたセイバー手で制し、俺を見据えて落ち着いた
口調で問うた。
「————衛宮君、一応聞くけれど貴方聖杯戦争って知ってる?」
「ああ。さっきライダーに聞いたから名前や目的くらいなら知ってる
けど詳しいところがさっぱり判らないから今から監督役ってヤツに会いに行こうとしてた所だ」
俺は本当に言わなくてもいいことを言っているのだろう。
どういう仕組みなのか、「シロウ、敵マスターになにを……」とライダーの抗議が脳内に直接響く。
けれど今は遠坂の誤解を解く方が先決だ。先ほどライダーは学友を失うとか何とか言ってたけれど、そんな
ふざけた事は真っ平ごめんだ。
遠坂は「そう」と小さく呟くと、口の中でもう一言二言呟き、やがて盛大な溜息を一つ吐き出した。
「……つまり、衛宮君は自分の意思でマスターになった訳でもランサーを倒した訳でもない。
それに偶然ライダーを呼び出した、っていうくらいだから聖杯戦争の事も今日までこれっぽっちも知らな
いうえに、魔術師としても強化の魔術しか使えない半人前ってこと?」
「ああ」
遠坂の問いに大きく首肯する。
すると遠坂はもう一度口元に手をあてて何かを考え込み、もう一つ盛大な溜息を吐き出した。
溜息が空気に溶けきると、流れる動作でツインテールの髪の右の方の房をかき上げ、先ほどから俺たちの会
話とライダーの双方に警戒を向けていたセイバーに向き直り、歩み寄り、小声で密談を始める。
「……よ、……バー」
「……リン、どう…………ですか、まさか…………限って…………————」
「違うわよ……聖杯戦争…………は誰よりも…………自信が……」
「ならば、…………」
「簡単……よ。…………ない。そう…………だけ。でも…………それなら…………でしょ。
————衛宮君」
と、遠坂が突然声を大きくして俺の名を呼んだ。
振り向いた顔も、声も真剣。
俺は名を呼んで咎めるライダーに小さく「ごめん」と謝ってもう一歩前に出た。
116 名前: 衛宮士郎/ライダールート 投稿日: 2004/09/24(金) 23:48
「……何だ」
「率直に聞くけど、貴方、聖杯戦争を戦う気はあるの」
「——勿論だ」
間を置かず即答する。
形はどうあれ俺がライダーに助けてもらったのも、契約したの事にも、ランサーを倒した事にも変わりは無
い。聖杯戦争に参加——ライダーと共に戦うと、力を貸してくれと握手を交わしたのは俺の意思だ。
今更逃げる気は無い。けれど同時に、だからと言ってここで密かに憧れたいた遠坂——何だか今の遠坂は学
校で見る姿とは似ても似つかないが——とも戦う、という気も無い。
しかし、それを声に出して伝えようと口を開いた瞬間当の遠坂自身がそれを遮った。
「……そう。
————貴方の言う監督役は郊外にある言峰教会に居るわ。ソイツに会って話を聞いて、尚戦う気がある
のなら貴方と私は完全に敵同士。けれど、もし戦う気が無くなったのならそのまま教会に匿ってもらいなさ
い」
遠坂は諭すように俺に語りかける。
それを聞いた俺もライダーもセイバーも瞬間唖然となって、今度は俺が一番初めに活動を再開した。
「ちょ……遠坂、お前いったい何言って——」
「だから、今夜は見逃してあげるからその間に監督役に会って詳しい話を聞いて来いって言ってるの」
「———————」
……えーと、それはつまり。
「此処で俺たちと戦う気は無い、ってことか?」
それだったら何て嬉しいし助かる————のだけれど、その意を口にしようとした瞬間、また当の遠坂に遮
られて——その、上手く行けば遠坂と戦わなくてもいい、という甘い考えを打ち砕いた。
「端的に言えばそうだけど誤解しないで。
綺礼——監督役の名前なんだけれど、ソイツの話を聞いて尚貴方が戦うと言うのなら明日——今日の朝か
ら私たちは完全に敵同士。勿論そのときは半人前の貴方だろうと容赦はしない。いの一番に全力で潰させて
もらうから覚悟しておきなさい」
遠坂はさらりと言い終えると、俺が密かに憧れていたあの笑顔を刹那だけ浮かべ。
俺が思わずそれに見惚れている間に、「そういうわけだから行くわよ、セイバー」とセイバーに声を掛け、
不満抗議をあげる彼女を、あの細身の何処にそんな力があるのか、半ば引きずるようにして律儀に門から外
に出た。
ひゅう、と一陣の風が吹く。
その風は凍える冬の女神の御手となって、遠坂を見送ったその格好のまま呆然と佇む俺の頬をなぞり、背筋
を這い、わき腹を下り、俺の身を氷らせる。
それは錯覚だけれど、錯覚にしては現実味がありすぎた。
——だって、その冬の女神ってのは、今、俺のすぐ後ろに居るんだから。
「————シロウ」
その女神はその氷の御手を俺の肩に置き、唇を俺の耳に寄せ、ぞっとするような冷たい声で囁いた。
「……な、何、でしょうか、ライダー……さん」
振り向きたくない。振り向きたくないけれど振り向かない訳にはいかない。
俺は蚊の鳴いたような掠れた声を情けなく零しながら、ぎぎぎ、と古びた蝶番を携えた扉が開閉するような
音と共に首だけを捻り、そこで————
1 がぁー、というよく判らない擬音を発しながら怒るライダーさんを見た
2 にたり、なんて擬音が似合いそうな邪悪な笑みを浮かべるライダーさんを見た
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最終更新:2006年09月03日 19:33