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 とりあえず寝かせる所まで来たので、ラップを被せた後、橙子さんからもらった御握りと
御新香を頬張る。うどんのセットでついてきた御握りはどちからというとミニ御握りだったけど、
やっぱり力加減が違うんだろう。コンビニの御握りよりも格段に美味しい気がした。

 ざっと台所を見回すと、色々な所に埃や汚れが目に付き、この待ち時間を利用して掃除をする
事にした。また、橙子さんは「晩御飯を頼む」とは言ったが、仕事をしなくて良いとか
「うどん作りが今日の仕事」とは一言も言っていない。
 晩御飯の後、徹夜で仕事という自体も避けたいので、寝かす時間は2時間、そのうち1時間を
掃除に、もう1時間を通常業務にあてる事にした。


「じゃ、まずは掃除から」

 うどん粉を捏ねる前に軽く掃除はしたんだけど、捏ねるのに関係ない電熱器付近はまったく
触っていないので、そちらと水周りを中心に行う事にした。

 この事務所は建築途中で放置された廃ビルを、橙子さんが買い取って事務所にしている。
それで建築基準法が通るのか、とか、色んな疑問はあるのだけれども、ちゃんと登記簿にも
登録されたビルとなっている。
 ただ、さすがに建築途中のビルだけあり、かろうじて電線、水道管は通っていたが、
ガス管は通っていない。橙子さんが買い取った際に再度通す話は出たそうなのだが、やはり
予算がネックになり諦めたのだとか。代わりに小学校の理科室で見かけるような円形の
電熱器が置いてある。
 個人的には二世代前で良いのでクッキングヒーターにした方が良いと思うんだけど、
ほとんど料理をしないみたいだから、無用の長物なのだろう。

 トイレからバケツと雑巾を持ってきた後、まず埃防止のためにかけてあったカバーを
そのまま雑巾で拭き、埃をゴミ袋に入れた。次にカバーを外し、電熱器の電熱線を外し、
その下を拭く。
 ……しかし、電熱線がむき出しってのは怖い。吹きこぼれた汁とかがここに当たると、
こびり付いて取れない汚れになりそうなのと発火を招きそうな気がする。
 拭き終わったら再び電熱線を取り付け、カバーを被せる。あとはその周辺だが、
これは使っていないだけに、埃だけで油汚れがないのでスムーズに拭くことができた。
やっぱり雑巾は真っ黒になったけど。
 続いて換気扇。こちらも表面を拭いた後、網を外し、換気扇の羽を拭く。

 やっぱり、あんまり使っていなくても埃は溜まるなぁ。

 流し台はコーヒーカップなどを洗っている事もあり、時々掃除しているのでそれほど
酷くなかった。溜まったカップもついでに洗っておこう。



 台所の片付けが一通り終わったので、時計を見るともう3時。午後のお茶の時間と
いう事でコーヒーを入れる。コーヒーを入れ終わって事務所に持っていくと、
橙子さんは煙草を咥え、何やら難しそうな顔をして新聞を見ていた。 

「どうしました?」
「いや、何。世の中には景気の良い所もあるものだなぁと思ってね」

 そう言って橙子さんは新聞を僕に見せる。そこには
「アンツベルン第三帝国、本拠地にてのイリヤランドの建設着工」
 との記事があった。

「多目的遊園地ですか」
「どうも相当規模の遊園地にするつもりみたいだな。一口株主のような形で広く資金を
集めているし、他勢力にも寄付を求めている」
「しかし、冬木市は今、準戦時地域ですよ? 完成したとしても採算が取れるんで
しょうか?」

 今はまだ良いが、本格的に戦争が始まると遊戯どころでは無くなるのではないだろうか。

「少なくとも安全保障上、メリットになると読んだのだろう。実際、アインツベルンとの
戦いが長引いた際に、施設が利用できず嘆く子供たちの声を全面に出す事で世論に圧力を
かける事もできる。
 それに、他勢力としても投資した金が回収できないうちにアインツベルンが潰れては
困るから支援せざるをえない。実際、上手く考えてあるよ」

 ただ、こうやって広く資金提供を求めているという事からも、建設資金が足りないのは
間違いないようで、アインツベルンは完成するまではかなり厳しい財政運営を強いられる
だろう。他勢力が付け入る隙があるとしたらそこだろうか。
 同時に完成後はかなり強気の姿勢で来ることを覚悟しなければいけないだろうが。

「まあ、大規模な工事は地元に金を落とす。加えて、イリヤランドが冬木の観光の目玉に
なるのなら、商店街も積極的に支援するだろう。うまい一撃というわけだ」

 完成したら遊びに行って見ると良い。いろんな面で面白いと思うぞ。
 そんな事を言って橙子さんはこの話を打ち切り、仕事に戻った。僕も溜まっていた自分の
仕事を片付けにかかる。

「まずは電話、電話と」

 先ほど片付ける際に、優先順位をつけておいたのが良かったのだろう。思った以上に
作業は順調に進んだ。

「橙子さん、支払いですが手形にしてくれないかと言っているんですが」

 優先順位の高いのは主に電話でのやりとり、それもなるべく早くに連絡を、と言っている
ものである。

「どこの会社だ?」
「浅上建設です」
「半金半手、手形の期限は45日なら応じると答えて」

 無論、僕だけでは回答ができない時もあり、その場合は素直に橙子さんに指示を仰ぐ。

「半金半手はOKとの事ですが、期限を90日にして欲しいと」

 ちなみに、半金半手というのは、支払いの半分を現金で、残り半分を手形で払うという
方法である。手形というのは……まあ貸付書類みたいなものだろうか。いついつまでに幾らの
現金を払うという証文だと思ってくれれば良い。

「断れ。45日以上は受け付けないと」

 こうきっぱりと指示を出してくれるのが橙子さんの良い所であり、悪い所だ。

「……ええ。はい。いや、そちらの事情も分かりますが、こちらにもこちらの事情が
ありまして。
 いや、そんな事を言われても、こちらも譲歩しているわけですし。ええ、そういうわけで、
すいませんがよろしくお願いします」

 相手も粘ったが、こちらが(最低ラインから)一歩も引く姿勢をみせないのを見て、諦めて
45日で応じてくれた。
 そんな感じで仕事をこなし、無事に寝かせが終了したのである。




 さて、話が長くなったのでここからは簡単にいこう。
 寝かせた生地はここから延ばす作業に入る。麺板に打ち粉をして……となるのだが、麺板は
無いので磨き上げるくらいまで徹底的に拭いたテーブルの上にラップを厳重に敷き対応する。
まずは丸く延ばし、その後四角に。四角くなった所で希望の厚さになるようにもう一度延ばす。
今日はやや厚めにしておこう。
 そして生地に十分に打ち粉をして、100~120mm幅程度に前後に屏風折りして畳み、切る作業に
入る。
 麺切り包丁があれば、よくTVで見るようにトントントンとリズム感良く切れるのだが、無い
ので普通の包丁で一本ずつ丁寧に切る。今回は太めの5mm幅で。ある程度切れたら、麺と麺が
くっつかないように打ち粉をする。

「さて、これで完成と。思ったより早くできたな」

 時計を見るとまだ5時くらい。手際よくできた事もあるだろうけど、結構順調に出来たみたいだ。


 うどん玉を一玉ずつラップにくるんで冷蔵庫に入れると、橙子さんに完成した事を告げ、
通常業務に戻った。
 橙子さんはよほどうどんが楽しみなようで、鼻歌まで歌いながら仕事をしている。具と出しの
担当が式だから大丈夫だと思うけど、ここまで上機嫌になると逆に怖いな。
 と言いつつ、僕も楽しみだったりする。何事もそうだけど、親しい間柄の人たちと食べるご飯
というのは実に楽しいものだし、ちょっとしたうどんパーティーのようで心が弾む。
 式と二人きりで食べるのとはまた違った楽しみというのかな。

 そうこうしているうちに7時となり、事務所のドアがノックされた。


【選択肢】開けた先にいたのは
A:不機嫌な鮮花
B:妙に機嫌の良い式




「よ、黒桐。待たせたな」

 ドアを開けた先にいたのは、両手に手提げ袋、背中に大きなリュックを背負った式であった。
 昼間のあの気だるそうな声とはうって変わって上機嫌であり、これも不思議と言えば不思議だ。
 まあ、機嫌が良いに越したことはないんだけど。

「ご機嫌だな。式」
「ああ。久しぶりに良い一品を見つけたんだ」

 そう言って式は荷物を下ろすと、手提げ袋の中から新聞紙にくるまれたものを取り出す。
これは……どんぶり鉢かな?
 そう思って見ていると式は新聞紙を剥がし、中のどんぶり鉢を見せた。

「ほう、砥部焼。それも絵付けを最小限に白磁の美しさを強調した一品か。位置だし用の
水玉が2つのみとは実にシンプルな」
「ああ。無名の作だが、この器の面構えが実に良いだろ」

 ここに来る途中、何気なく立ち寄った瀬戸物屋で見つけたらしい。しかし、式。衝動買いに
しては渋すぎやしないか。

「するとそのリュックも」
「いや、こっちは寸胴が入っている。ここの鍋じゃ小さくて茹でれないからな」

 うどんに限らず、麺類を茹でる時はたっぷりのお湯で茹でるのが大切だったりする。理由は
色々あるのだけれど、うどんの場合は茹でる時に麺の塩分を逃がすので、湯が少ないと
逃がしきれず、しょっぱいうどんになってしまうというのもある。もちろん、茹りが悪くなって
味が落ちるというのもあるけど

「寸胴まで持ってくるとは本格的だな。まあ、こちらは食わせてもらう身だ。期待している」

 そういう橙子さんに式は、楽しみにしていろと挑発的に返すと台所に行く。



「しかし、待つとなると実際、手持ち無沙汰だな」
「そうですね」

 先ほど、式に手伝おうかと言った所、お前も橙子と一緒に待ってろと言われて大人しく
ここで待っている。
 確かに式一人の方がやりやすいかもしれないけれど、その言い方は無いと思うんだけどなぁ。

「TVでも見ながら待つか? 幸い、黒桐が電気代を払ってくれたおかげで、当分電気には
困らないからな」
「橙子さん、立て替えただけですからね。未払いの給料と一緒にちゃんと電気代も電話代も
払ってくださいよ」

 橙子さんは善処する、とまるで政治家の答弁のような事を言ってくれた。


【選択肢】その頃台所では
A:式が調理中です

下一桁の合計が9の場合、焦げ臭いにおいがします(調理の失敗ではありません)。




『結婚しないか?』
『え?』

 彼の突然の言葉に、私は持っていた本を床に落とした。

『そんな事、電話で言うかな』
『まあ、そうなんだけどさぁ』

 彼の戸惑う様子が容易に想像できる。

『普通はさぁ、プロポーズする場所をちゃんと考えたりして』
『夜景が綺麗な所とかね』

 彼を公園に呼び出した日の事を思い出す。本に挟んだメッセージ。気付いてくれるか不安に
思いながら見上げた空は、都会なのに妙に綺麗に見えた。

『ちょっと高いレストラン予約したりして』

 彼と一緒に行った別荘。二人きりではなかったけれど、料理人さんの作ってくれた料理は
美味しく、私はかなり食べていたと思う。

『電話でするか』

 そんな大事な事を。


 ピンポーン


『誰か来た』

 私がドアに向かうと、そこにはいつもどおりの彼がいた。

『結婚しよう』

 もっと話していたいから。




「何ですか? これ」
「何って、CMだろう」

 結局、何もする事もない僕と橙子さんはTVを見ていた。携帯電話の料金プランのCM(もっと言えば、
買い替えを促すCMだが)なんだが、インパクトがありすぎて携帯電話のCMとは思えないのが問題だ。

「ホットペッパーのCMもそうだが、こういうCMは神がかっているな」
「あの『スパゲティ食べたやろ』ですか」

 ホットペッパーのCMは映像とまったく関係ないアテレコをあてる事で有名だが、時々笑いのツボに
はまる事があるので困る。元は女の子二人が放課後の教室で戦うシーンを、「スパゲティ食べたやろ」に
変えられては、何と言うか笑いをこらえるのが大変だ。

「しかし、電気代を気にせず見られるTVと言うのは実に良い」
「……橙子さん、踏み倒す気ならこっちも労働基準監督署に行きますからね」

 立て替えたの失敗だったかなぁ。



「おーい、黒桐。出来たから運ぶの手伝ってくれ」
「うん、ちょっと待ってね」

 そんなこんなで時間を潰していたら、台所から僕を呼ぶ式の声が聞こえたので、大急ぎで台所に向かう。

「お盆用意してあるから、ここに一つずつ乗せて運んでくれ」
「了解」

 これまた式が家から持ってきたという四角いにお盆に、僕はうどんが入ったどんぶり鉢を乗せる。
続いて、もう一つどんぶり鉢を乗せようとすると、式から待ったがかかった。

「そうじゃない。乗せるのはこっちだ」

 そう言って式は蒸篭(せいろ)を指差す。……蒸篭?

「蒸篭を乗せるの?」
「ああ。まだ開けるなよ。向こうでのお楽しみだ」

 そう言って式はうどんと蒸篭、何も入れていない小皿に箸置きと箸をお盆に乗せ、向こうに運ぶ。
それを見て、僕も慌てて同じようにして向こうに運んだ。

「それと、黒桐。もうちょっと丁寧に掃除した方がいいぞ」

 そう言って式は僕に埃の塊を見せる。

「電熱器の所に挟まっていたぞ。見ないでそのまま調理していたら、発火して、最悪の場合、火事に
なっていたかもしれない」
「ごめん、式」

 丁寧に掃除したつもりだったけど、見逃していた埃があったのか。




「ほぅ、これは。流石は黒桐が褒めるだけの事はあるな」

 そんな事があったものの、向こうに行った式にはそんな素振りは一切見せず、橙子さんは
目の前に並べられた料理を見て、やけに嬉しそうだ。

「食べないで分かるんですか?」

 そういう僕に橙子さんは呆れた顔を見せる。

「おいおい、日本料理の真髄は味そのものもさる事ながら、配膳の妙、単純に言えば『彩り』に
ある。
 見てみろ、この色彩を。これだけで、式がどれだけセンスがあるか分かるだろう」

 式の許可をとって開けた蒸篭には混ぜご飯(厳密にはおこわかな?)が入っており、うっすらと
色づいたご飯の上に乗る竹の子、ぜんまい、油揚げ、木の芽は見るからに食欲をそそる。
 うどんも白磁の砥部焼きに関西風の淡口醤油の淡い黄色、そこにうどんの白が加わり、上に
油揚げが乗っている。手前の箸置きは兎が跳ねている柄であり、何となく良い感じがする。

「しかもだ。普通、狐うどんとくれば稲荷寿司にしたくなるじゃないか。そこをあえておこわにし、
にも関わらず油揚げを入れて統一感を出す。王道をずらしながらも王道を守る。これをセンスと
言わず何と言うんだ」
「御託は良い。食うぞ」

 褒められて恥ずかしかったのだろうか? 式がそうぶっきらぼうに言うと乱暴に箸を取った。
僕も慌てて箸を取る。
 いただきます。その合図と共に夕食は始まった。

 晩御飯は最高の味だった。橙子さんの言う「彩り」という面での理解は十分ではなかったと
思うけど、美味しいかどうかははっきり分かった。文句なしに美味しい。
 うどんの出しは関西の淡口醤油、昆布、鰹節だが、色からは想像できないほど濃厚で、にも
関わらず後味を残さないさわやかな味。柔らかめのうどん、甘い油揚げとの組み合わせも最高で、
口に含んだ瞬間に広がる御揚げの美味さというのは、格別のものがある。
 おこわも、竹の子のさっくりとした食感、ぜんまいの柔らかな味、御揚げの芳醇な味。
……これ以上、僕の貧弱な表現力で式の料理を評価するのはやめよう。一気にガツガツと食って
しまい、橙子さんから「欠食児童かね、君は」と呆れられたとだけ言っておけば良いか。


「そう言えば、何で関西と関東ではダシが違うんですかね?」

 式が入れてくれたほうじ茶を飲みながら、漠然と抱いていた疑問を聞いてみる。

「諸説あるが、昆布の登場が関西に比べて大幅に遅れたからだろう。昆布は日本海ルートから
関門海峡を通って大阪に行くルートが主流だったからな。その一方で鰹節や醤油は割合早い
時期に登場し、関東の水は硬水で昆布のダシが出にくいという事情もあった。
 また、関東は蕎麦が主流で、蕎麦の食い方は『かけ』よりも『もり』や『ざる』が基本と
言われている。もり蕎麦やざる蕎麦ならば、つけ汁だから関東風の濃い方が良い」

 まあ、食文化としての違いだな。そう橙子さんは続ける。

「このおこわもその差ですか?」
「まあ、そうだ。
 関西のうどんは柔らかめで、これは麺と具とだし汁とで丁度良い具合になるようになっている。
これを一歩進めると、『うどん』という汁物にご飯を加えて、一つの食事として完成させようと
いう話になる。しかし、蕎麦は『粋』という別の概念で進化を遂げた。
 単品、ファーストフードの関東と総合料理の関西。どっちが良いという話じゃないと思うがね」

 まあ、関西も関東も名古屋の味噌が理解できない、という点では一致するんじゃないのか。

 橙子さんも式の入れてくれたほうじ茶を飲みながら、そんな事を言った。


「黒桐、口にご飯粒がついてるぞ」
「え?」


【選択肢】式のとった行動は?
A:ハンカチを出し、黒桐の口元をぬぐう
B:ご飯粒を指で取り、そのまま食べる
C:ご飯粒を指で取り、そのまま黒桐の口に押し込む

なお、全て奇数なら成功、偶数なら失敗(黒桐が自分で取る)となります。




「黒桐、口元にご飯粒がついているぞ」
「え?」

 式にそう言われ、僕が口元を確かめようとするよりも早く、式は僕の口元に指を伸ばす。

「ほら」

 そう言って、僕にご飯粒を見せた後、式はぱくっとそのご飯粒を食べてしまう。

「まったく。米は八十八の手がかかっているんだぜ。米を一粒無駄にすると」
「ああ、目が一つ潰れるんだったね。うん、気をつけるよ」

 米俵一俵には六人の神様が乗っている

 そんな言葉もある。お米は大切に扱おう。

「いや、そうじゃなくて!」
「おい、米を粗末に扱うと罰が当たるぞ」
「粗末に扱うと罰が当たるのには同意するけど、式。君、今、何をした?」

 今、ちょっと信じられない事をされた気がする。

「なんだ。最後の一粒を食ったのがそんなに嫌だったか。けち臭いやつだな」

 いや、そういう話じゃなく。

「『この町の食料は米粒ひとつ、ポッキー一本に至るまで全員の共有財産だ』」
「『お前はその共有財産に』っていや、だからそうじゃなく」

 お願いだから橙子さん。余計な茶々を入れないで下さい。

「黒桐といると、本当に退屈しないな。
 まあ、気にするな黒桐。式がとぼけているにしても、本気にしても『同じ釜の飯を食う』
という行為は同属、身内意識のなせる業だ」

 何だかはぐらかされたような事を言った後、橙子さんはお腹が一杯になった事だし、
寝させてもらうぞ、と一方的に言うと自分の部屋に向かった。その直前に、明日来なくても
良いが、来るか来ないかは書置きにでもして残しておいてくれ、とも言ったけど。


 式がその後、何も言わなかったので、この話はこれでお仕舞い。現実に戻り、料理の
後片付けを行う事になった。
 と言っても、式が「良い。俺一人で出来る」と言ったため、僕は流しに食器を運んだ後は、
何をするでもなく、ぼーっとしているだけなんだけど。

 不思議なことに橙子さんは触れなかったが、式の首元には絆創膏が貼ってあって、僕も
同じところに絆創膏を貼っている。
 何となく、絆創膏を触る。式の絆創膏の下には僕が朝付けたキスマークが隠れていた(流石に
もう消えているだろう)わけだが、僕の下には何も無い。何も無いけど剥がせないのは、
式が言った「印」という言葉の影響だ。

 式は「俺の首元にお前の印がある」と言った後、俺の印が無いと不公平だ、と言って絆創膏を
つけた。自惚れて良いのなら、この絆創膏は婚約指輪とか結婚指輪と同じ、「二人の印」という
事になる。
 指輪よりも剥がしやすい、だけど何物にも変えがたい印。

 まあ、式ならあっさりと「もう消えたから良いだろ」と言って剥がしそうだけど。


「黒桐。洗い終わったけど、お前はどうする?」
「どうするって?」

 ぼんやりと考え事をしていたが、台所からの式の言葉に直ぐに反応できたのは、式のことを
考えていたからなのかな。

「橙子は寝たし、お前ももう上がって良いんだろ?」
「そうだね。今日はもう上がろうかな」

 式のことで頭が一杯で、なんか仕事が出来る状態じゃなさそうだし。それに、もう電話を
かけるのは非常識な時間だ。料理の間と式を待っている間にそこそこ進んだ事だし、今日は
上がる事にする。

「じゃ、荷物頼む」

 重くは無いんだけど、両手が塞がるとやりにくいんだ。
 そんな事を言う式に、僕はもちろん了解、と答えると、手提げ袋を二つ持った。


「そうだ、黒桐。お前、今日も泊まるのか?」

 式は今朝のことを何とも思ってないような口ぶりで言ってくれました。



【選択肢1】式からの質問
A:今日は自分の家に帰るよ

下一桁の合計を4で割り、余りが0~1なら成功、2なら失敗、
3なら式を自分の家に誘います


【選択肢2】明日(木曜日)の事
B:伽藍の堂に来る
C:柳洞寺に行く




「今日は自分の家に帰るよ」

 式の言葉がお誘いなのか、単純な質問なのか分からなかったけど、僕はそう答えた。
 式が今朝言ったように僕も男性なわけで、狼……ではないと言いたいんだけど、
今朝の事を考えると否定しきれないわけで。
 昨日はなんとか耐えたけど、同じ状態になって耐えれる自信はまったくない。やはり
ここは遠慮しておくのが良いと思う。

「そうか」

 式はそれっきり。
 何だ泊まらないのか、とも、また襲われたら困るからな、とも言わない。やっぱり、
ただの確認だったのだろう。

「ちょっと待ってね。橙子さんに書置きを残しておくから」

 どうするか悩んだが、明日は柳洞寺に顔を出す事にしよう。クーラーとシュレッダーが
どうなったか、確認する必要があるし、謎の獣についても規模や種類をもう少し詳しく
調べられるかもしれない。
 それに今日一日、僕が居なかったわけだが、その間に何をしていたのかも気になる。
 僕はあくまで「顧問」であり、主役は諜報部の面々だ。僕が居なくなった時に、彼ら、
彼女らが主体で動けるかどうかは今後の鍵を握ると思う。

「と、書けた。じゃ、帰ろうか」

 一応、戸締りと火の始末の確認をして、僕たちは伽藍の堂を後にした。
 伽藍の堂はまるで廃墟のような建物で、その周辺も街の再開発から取り残されているのか、
昼間でも薄暗い印象がある。そこを夜に通るのだから、並の肝試し以上の恐怖がある。
そこの角から突然幽霊が出てきても、まったく不思議じゃない。
 式が両手が塞がっていると困ると言ったのはそういう事なのかもしれない。

「生きているなら神様だって殺してみせる」

 それが式の口癖だから、襲い掛かる幽霊くらい本当に存在するなら瞬時に撃退してみせる
のだろう。そう考えると頼もしいけど、男としてその感想はやっぱり駄目だよな。




 帰りの会話は主に今日の午後の話が中心となった。どうやってうどんを作ったのか聞かれた
ので、今日作った手順をそのまま言うと「正解だ」とお褒めの言葉を頂いた。こちらは
こちらで、あの出し汁や油揚げ、おこわについて聞いた所、主だったものはすべて秋隆さんが
用意してくれたそうだ。

 式はそこから先の詳しい事を言わなかったけど、きっと秋隆さんが用意してくれたのは材料
だけで、そこから先は式が両儀の家に戻って作ってくれたんだと思う。
 寸胴にしても蒸篭にしても、僕は式のアパートで見たことがないし、結構使い込まれていた。
それに、アパートはちょっとした料理を作るくらいなら十分だけど、あれだけの料理を作る
のは流石に困難だと思う。
 昨日のお重といい、式に迷惑をかける一方だけど、少しでも式が実家との距離を縮めて
くれるのなら、僕がかける迷惑もそう悪いことじゃない、という事になる。勿論、どこかで
お返しをしなければいけないんだろうけどね。

 そんな会話をしながらゆったりと歩いて式のアパートにたどり着いた。荷物は思っていた
よりも重くて、紐が手に喰い込んだけれども、なんとか途中休まずたどり着けた。
 式の部屋の前まで来て慎重に荷物を置き、ドアノブを回して引くと案の定ドアが開く。

「式、鍵くらいかけないと無用心だよ」

 式には何度もお願いしているのだけれども、式は一向にいう事を聞いてくれそうに無い。

「泥棒が入ったところで捕られるものは何も無い。泥棒だって見た瞬間に別の部屋に行く」
「でも、お気に入りの着物とか革ジャンとか、盗られたら嫌だろ。やっぱり鍵くらい
掛けないと」

 もっとはっきり言えば、若い女性が住んでいるというだけで、泥棒が盗むものはあるん
だけど、それを式に言うのはちょっと憚(はばか)られるし。

 式はちょっと考えた後、分かった、と言ってくれた。この分かったが、「盗られたら
嫌だから鍵をかける」のか「盗られても良いから鍵をかけない」のかは、次に来た時に
分かるだろう。
 どんなに強くて、変わっていても、式は女の子なんだから、こういう所に気を使って
欲しい。まあ、そう言えば、余計反発して掛けなくなりそうなので、何も言わない事にする。


 式の部屋に荷物を運んだ後、僕はそのまま自分のアパートに戻る事にした。コーヒーくらい
入れてくれるだろうけど、腰を下ろしてしまうときっとここに泊まりたくなると思ったから。

「それじゃ、おやすみ。式」
「何だ、もう帰るのか」
「うん。明日も早いからね」

 厳密に言うと早いわけではなく、電車の乗り換えや待ち時間、駅から柳洞寺までの距離を
考えると、1時間半から2時間は見ておかないと危険だからである。
 まあ、駅から遠い仕事場に駅から歩いて行っているので当然といえば、当然なんだけど。

「そっか。黒桐、風邪引くなよ」
「子供じゃないんだから」

 そう苦笑する僕に、お前は大きな子供だ、と式は返した。
 僕が大きな子供なら式はもっと大きな子供だと思うんだけど、あえて言わない。言ったら
きっと式の膨れっ面という珍しいものが見える気はするんだけどね。


「そうだ、黒桐。今度、お前の所に泊まらせろよな」

 ……式の膨れっ面を想像した僕に対する罰ですかね。これは。


【選択肢】式を説得する。
A:だから色々と問題があるんだって。


下一桁の合計が奇数の場合、説得に成功、偶数なら失敗です。



「あのね、式。男性の部屋に泊まるってのは……」
「黒桐。俺、お前の一般論は嫌いだ」

 式はそう言って、さっき僕が想像した通りの膨れ面を見せてくれる。
 しかし、そうは言っても、僕が式に言えるのは一般論しかないわけで。

「俺の部屋にお前が泊まったんだから、俺がお前の部屋に泊まっても可笑しくないだろ」
「何のために泊まるのさ。僕のアパートから伽藍の堂は遠いし、両儀の家からも遠いよ」

 こう言った所で式が納得してくれるとは思わないが、何か言わないと納得してくれないのも
事実だ。

「……朝食」
「え?」
「今朝の朝食の件がまだだ。黒桐のアパートでちゃんとした朝食を食わせろ」

 そう言うと式は上目遣いで僕を睨んでくる。ちっとも怖くないのだが、怖くないからと
言って断れるわけでもないのであって。
 朝食の件は確かに早いうちに返さないといけない話だし。

「了解。今度で良かったら泊まりに来ても良いよ」

 そう言って僕は式が泊まりに来るのを認める。とは言え、今日来られても、朝食なんて
作れないし、別の日にしてもらわないと。

「今度って何時だ?」
「ど、土日のどっちか、かな?」

 式の剣幕に思わずどもる。そんなに顔を近づけないで欲しい。その、距離が近すぎる。

「じゃ、土曜だな。日曜だと朝飯は月曜の朝で時間が無いだろうし」

 一方的に決める式だけど、僕に反対する権利などなく、そのまま土曜日に式が泊まりに
来る事が決定した。……金曜の夜と土曜は大掃除だな。
 小まめに綺麗にしてはいるんだけど、フローリングの床はどうも埃が目立つし。



「それにしても、どうして君のご主人様はああも自由人なのかね」

 家に帰り、ゆったりと風呂に浸かった後、僕はデフォルメされた黒い猫のぬいぐるみに
話しかけていた。
 こう書くと、何だか少女趣味をもつ男性みたいだけど、このぬいぐるみは織と初めて
デートした時にUFOキャッチャーで捕ったぬいぐるみであり、思い入れのあるものなので、
ご配慮願いたい。
 織から両儀式が二重人格だという事をこの子ともう一体の白い猫は聞いていて、手放せない
のはそういう理由もある。

 始めは二体あるので一体ずつと思っていたら、織が一方的にお金を置いてファースト
フードから帰ってしまったので渡し損ねた。後で式に言ったら

「黒桐君が預かってくれれば良いわ」

と言われたもんだから、未だに預かりぱなしなんだけど。

 ちなみに、このぬいぐるみ。僕が黒い服を好んでいたという事もあり、式が入院して
いた間はずっと式の病室に飾っていて、白い猫の方が僕の話し相手だった。今は式を
思わせる白い猫の方を式の部屋に置いているんだけど、式は何か癪に障るのか、時々
冷蔵庫や冷凍庫に監禁していたりする。
 ずっと後で、簀巻きにされているのも見たけど、何があったんだろうか。いや、あれは
本物の猫だったのかな。


 そんな事を考えていると急に眠くなってきた。明日は柳洞寺に行くので、早く起きないと
いけない。
 無理をする気もないので、そのままベッドに横になると、僕はそのまま睡魔に身を任せた。


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最終更新:2008年07月29日 20:25