60 :遠坂桜 ◆0ABGok2Fgo:2008/03/13(木) 20:13:19
士郎は土蔵へ引き返した。
巨人も女も異常な存在だ。そして慎二は女と共に現れたのである。
ならば、慎二は士郎よりも現状を理解出来ている筈だ。
まずは気を失った慎二を起こして、話を聞くべきだった。
「慎二、起きろ!」
「ん…ぁ?」
左腕で慎二を揺さぶる。
うつらうつらとした慎二の目は、開いたものの焦点が合っていない。
「衛宮ぁ、何で扇風機なんて付けてんだよぉ? 寒いじゃんかぁ」
「扇風機なんて無い。しっかりしてくれ」
「僕ぁ疲れてるんだよ。
必死で戦略練ってるのに、ライダーはプリン食って好き勝手に走り回るし」
「慎二、今はゲームの話をしてる場合じゃない。
何が起きてるんだ? あいつら何なんだ?」
「でも、こんなチャンスはないんだよぉ。アイツらを見返すには勝つしかさぁ」
埒が明かなかった。事態は一刻を争う。もはや手段は選んでいられない。
士郎は咄嗟に木刀を慎二の尻に突き立てた。
ちなみに肛門ではなく尻たぶに刺したことを、互いの名誉のために記しておく。
「うィーーッ!」
「よし、起きたな」
「な…ちょっと、オマエ、何すんだよッ!」
慎二は覚醒し、士郎に掴みかかった。みっともないぐらいに慎二は取り乱していた。
どうやら無事そうだ、と士郎は思った。
「やめろ、慎二。血が付くぞ」
「え?」
慎二の顔から血の気が引いていく。
無理もなかった。士郎の右腕はグチャグチャになっているのだ。
「なあ、慎二。何が起こってるんだ?
あの女の人とか馬とか、慎二の仲間なのか?」
「……え、衛宮には関係ないだろ」
「大有りだ。中庭で殺し合ってるんだぞ、あいつら」
「知るかよ! 大体、こうなったのもオマエのせいなんだぞ!
ヤバイことに関わるなって言ったのに、あんなのに殺されかかってるから!」
「無茶言うな。俺は普通に家に帰っただけだぞ?」
「なら、何であんな化け物が襲って来てるんだよ!?」
「それは俺も知りたい。けど、今はそれどころじゃない。
あの女の人、このままじゃ殺されるぞ」
「ライダーが」
土蔵の中からは外の様子は窺い知れない。
だが間断のない破壊音が、事態を如実に表している。
「慎二。何か方法はないのか? 止めるにしろ、普通じゃ無理だ」
「そんなの、無い。
…く、クソ…アイツ。こんなの、詐欺じゃないか…!」
慎二が歯をガチガチと打ち鳴らした。
何故か、その姿は月明かりに照らされるよりもはっきりと浮かび上がっている。
慎二に方策がないことは明らかだった。
ならば、駄目で元々だ。士郎が思いつく限り、やるしかない。
怖くないわけがない。あの巨人に対峙すると思うと、腕の震えが止まらない。
だが放っておけば、あの女は死ぬだろう。
それは自分が死ぬよりも恐ろしかった。
「…わかった。俺が目を逸らすから、慎二は」
そこで士郎の口は止まった。
明る過ぎた。月明かりや電灯の比ではない。
ヒカリゴケの放つ光が何倍にも増したような、不可思議な明かり。
妙だと気付いた瞬間、魔力が爆風の如く土蔵に満ち溢れた。
士郎は思わず尻餅をついた。
閃光が視界を白く染める。輝きに目が眩んだ。
光は一瞬。機能を取り戻した士郎の目に映るは、静かな月光だけに濡れる土蔵。
そして、一人の少女。
美しかった。少女は、綺麗だった。
驚愕や恐怖ではなく、何よりその美しさが士郎の言葉を奪っていた。
「――問おう。貴方が私のマスターか」
空気も澄み渡るような声。
麗しき騎士は眼前に立ち、士郎を真っ直ぐな光で見つめていた。
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最終更新:2008年08月19日 02:47