88 :遠坂桜 ◆0ABGok2Fgo:2008/03/15(土) 21:05:42


「マスター…?」
 士郎は鸚鵡のように少女へ問い返した。
「サーヴァント・セイバー。招きに応じ、ここに参上した。
 重ねて問おう。貴方が私のマスターか」
 少女が焦りなく、迷いなく言葉を紡ぐ。
 それに応ずるかのように士郎の左腕に痛みが走った。
 手の甲に奇妙な模様が浮かび上がっていく。
「契約は確認できた。これより私は貴方の剣となり、敵を討とう」
 少女はうっすらと力強い笑みを浮かべ、頷いた。
 ここまでも異常な事ばかり起こっていた。だが、この微笑みは士郎を最も混乱させた。
 頬は紅潮し、口からは言葉にならない声が駄々漏れる。
 そんな士郎に代わって言葉を発したのは慎二だった。
「……サーヴァント、だって?」
 慎二の声はかすれていた。
「何か知っているのか、慎二」
「なんで、コイツが。そんなの聞いてない、聞いてないぞ」
 慎二は顔色を失っていた。
 ひたすら呟きを繰り返す慎二を一瞥すると、少女は士郎に向き直った。
「マスター、敵を排除します。外のサーヴァントは私が対応しますが、その男は?」
「? 慎二は俺の友達だ」
「なるほど。注意は払っていて下さい」
「いや、待てよ。外の…って、あのデカブツを相手にする気なのか?
 無理だ、アイツは普通じゃないぞ。そもそも契約とかマスターとか――」
「あれは一目で判るほどの強敵です。
 貴方たちでは何も出来ない。まず身の安全を図るように」
 それはあんまりな言い分に思えた。
 士郎は来ても役立たずだと、明らかに華奢な少女が言う。
 怪我せぬよう気をつけて、とまで付け加えられては腹が立たない訳が無い。
 だが士郎が反駁を加える時間も与えず、少女は土蔵の外へと飛び出していた。
「わ、バカ…!」
 少女が巨人へと駆けた。
 小さな背中へ巨人の斧が振り下ろされる。不吉な惨状が士郎の脳裏に浮かぶ。
 そして火花が散った。
 斧は軌道を逸らされ、無意味に地を抉る。
 あの矮躯のどこにそんな力があったのか。
 少女の一撃に、巨躯が宙を舞っていた。
「な―――」
 信じ難いことに、少女は巨人を圧倒していく。
 巨体ゆえに窮屈な動きを強いられる巨人と、自由に動ける少女。
 その差が膂力で遥かに勝る巨人を追い込んでいる。
 少女は勝つ。そうとしか思えなかった。
「驚いた。シロウが召喚したんだね、あのサーヴァント」
 イリヤ。中庭を挟んで、士郎を見据えていた。
「なあ、やめさせてくれ。
 何が何だかわからないけど、あのデカいのはイリヤの言うことを聞くんだろ?」
「どうして止めるの?」
「あのままじゃアイツが殺されるぞ。
 イリヤがアイツを止めてくれるなら、俺もあの子を止められる」
 きっとイリヤも、あの巨人を失いたくはないだろう。
 あの少女は『敵を討つ』と言った。巨人が攻撃を止めれば、少女も戦う意味が無くなる。
 そうすれば、もうこれ以上誰も傷つかずに済む筈だった。
 だが。何故かイリヤは、ひどく愉しそうに笑っていた。
「せっかく壊さないようにしてあげてたのに、そんなこと言っちゃうんだ。
 いいわ――バーサーカー、好きに戦いなさい」
 轟音がする。
 塀が次々と木っ端微塵に跳ね上げられた。
 破片とともに、少女が蹴鞠のように転がってくる。
 少女はすぐに立ち上がった。だが鎧は無残に砕け、血は青い服を紫に変えている。
 そして悠然と再び姿を現した巨人に傷はない。
 そこでようやく、士郎は己が間違いを悟った。
 巨人にはどうあっても勝てない。少女は殺される。
 それを裏付けるかのように、巨人は少女へ斧の嵐を打ち据えた。
 止めなければ。そう思った。なのに、士郎の体は凍り付いて動かない。
「……ろ」
 ぽつりと士郎は呟いた。
 当たれば必死の連撃を凌ぐ少女の姿。それを遠くで見つめ、士郎は肩を震わせる。
「逃げろ、早く――!」
 僅かな隙を縫って、少女が巨人の間合いを外す。
 だがそれは逆効果だ。巨人は前進し、更なる勢いで斧を繰り出すだろう。
 庭の奥に入り込むことで、門から遠ざかり退路も失う。
 そんな悪手を何故、少女は選んだのか。
「――あ」
 少女は士郎を見ていた。
 この期に及んで、少女は自身よりも士郎の身を案じていた。
 あの微笑み。それを見せたばかりの少女。
 士郎は走った。足枷は解けていた。


酷:門へ走る。
原:少女を助けに走る。
慎:意地。【視点変更:間桐慎二】


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最終更新:2008年08月19日 02:47