605 名前: 難易度の高い月姫 投稿日: 2005/07/28(木) 23:13:51

 夢を見ていた。
 悪い夢だった。
 内容は、詳しく覚えていない。人が居て、僕が居て、……多分、殺し合ったりしていた。苦しそうだったり、痛そうだったりした。赤くて、黒くて、暗くて、とにかく嫌な夢だった。
 ただ、そんな夢でもたった一つだけ、良いことがあった。目を閉じて浮かび上がるのは、まん丸で真っ白な月だ。夢の中で、そこだけ場違いなほどに綺麗な月があった。夢の終わりに、僕の頭上にはそんな月があった。本当に綺麗な月だった。
 夢の中で僕は、月に手を伸ばして、つかみ取ろうとした。次の瞬間には、僕はこの見慣れないベッドに居た。じっとりと汗をかいて、手をぎゅっと握りしめて、目を開けると同時に、僕はぷはっと息を吐き出していた。
 そこは天井の低い、真っ白な部屋だった。ベッドの上に体を起こして見回すと、どこもかしこも真っ白で、乾いた土の地面みたいにひび割れていた。今にも剥がれ落ちてきそうな、真っ白な天井、真っ白な壁、ベッドのパイプ、小さなテーブル、隅に纏められたカーテン。窓の外の光も白かった。けれど、そこにだけはひびが走っていなかった。
 僕は青の薄い空を見ていた。ひび割れた室内は、見ているのが気持ち悪かった。
 トントンとドアが鳴った。僕はドアの方を見た。相変わらず、ひびが一面に走っていた。ノブが回って、眼鏡をかけたおじさんが入ってきた。
「はじめまして遠野志貴くん。回復おめでとう」
 おじさんはそういって、僕の方へ手をつきだした。僕はその手を握り返した。おじさんはにっと笑った。その顔にも、白衣の袖からこぼれた腕にも、やっぱりひびが入っていた。
「志貴くん。先生の言っている事がわかるかい?」
「……いえ。僕はどうして病院なんかにいるんですか?」
「覚えていないんだね。君は道を歩いている時、自動車の交通事故に巻き込まれたんだ。胸にガラスの破片が刺さってね、とても助かるような傷じゃなかったんだよ」
 おじさんは噛んで含めるような口調でそう言った。
 僕はさっぱり覚えていなかった。交通事故にあった記憶はさらさら無い。
 何とか思い出そうと、必死に頭を動かしていたら、吐き気のようなものが襲ってきた。頭の中がぐわんぐわんと鳴る。
 僕は目を閉じた。それだけで、少し気分が楽になった。
「……眠いです。眠っていいですか」
「ああ、そうしなさい。今は無理をせず、体の回復につとめるのがいい」
 おじさんは言って、僕に背を向けたようだった。
「そうだ、先生、一つ聞いていいですか?」
「何かな、志貴くん」
「どうして、そんなに体じゅうラクガキなんかしているんですか。この部屋もところどころヒビだらけで、いまにも崩れちゃいそうですけど」

606 名前: 難易度の高い月姫 投稿日: 2005/07/28(木) 23:15:29

 ひび割れは至る所にあった。
 やってきた看護婦さんも、お医者さんも、食器にも、食べ物にも、黒い線がびっしりと走っていた。僕の服にも、そして、体にもあった。
 僕はベッドの線に手を触れてみた。周りをなぞるように指を動かしてから、そっと黒い線に近づける。
 つぷりと、指先が沈みこんだ。
「あ……」
 僕は慌てて指を引き抜いた。ぞっとする、嫌な感触だった。
 手を翳して見た。指はどうにもなっていなかった。黒くなってもいないし、痛くもない。
 あのまま、指を押し込んだらどうなっていたのだろう?
 少し試して見たかったけれど、僕はあのぞっとする感触を思い出して止めた。代わりに、棚に置いてあった果物ナイフを取ってきた。
 これなら、綺麗に、そして指で直接触れずに、ひびをなぞることが出来る……。


A ベッドの線をなぞる
B 壁の線をなぞる
C 自分の体の線をなぞる
D 誰か他の人を捜して、線をなぞってみよう!

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最終更新:2006年09月13日 10:05