124 :遠坂桜 ◆0ABGok2Fgo:2008/03/17(月) 21:31:39
慎二はセイバーの言葉には頷けない。
『貴方たちには何も出来ない』なんて言葉を肯んずるのは不可能だ。
意地があった。復讐心と並び、今の間桐慎二を支えるものが。
昔。
誰もその子を認めてくれなかった。
一度だって、愛されたという実感がないままに育ってきた。
だから『特別さ』を杖に、どうにかここまで歩いてきた。
見返さねばならないのだ。始末をつけなくてはいけないのだ。
間桐慎二が『特別』になるために。それが間違いだったとしても。
「ライダー」
バーサーカーとセイバーの戦いを見つめ、慎二は言った。
「あの娘、どうやら味方のようだな」
白馬は慎二の側へと降り立つ。
ライダーが、戦の猛威に怯える白馬を手綱で抑える。
いざ走っていればともかく、眼前でじっと堪えるには濃密で巨大過ぎる。
それほどの敵なのだ。バーサーカーも、セイバーも。
それでも慎二は引き下がるつもりがなかった。
今は逃げるのが一番賢い方法だと、理解はしている。
セイバーの言葉など些細な問題に過ぎない。
最終的に勝てばいい。そう思ってここまで我慢したのだ。
しかし、ここで引き下がれば壊れてしまう。
衛宮士郎が魔術師であること、マスターに選ばれたこと。
またも慎二の知らなかった真実が、道化である自分を暴き出している。
その屈辱を心の底に秘め、意志の基とする強さを慎二は持たない。
「ライダー、早く――」
どうするのか。
ただ戦えばライダーに勝ち目は無い。だからこそ戦略を練っていたのだ。
「早、く…」
言葉に詰まる慎二の耳に、破壊音が突き刺さる。
セイバーが別の何かのように転がっていた。
「……うぁ」
慎二は一歩、退いた。
恐怖は当然。人外の怪物たちの戦いに怯懦するのは恥ではない。
だから異常なのは慎二ではなく、駆け出した士郎の方だ。
そう。士郎は走っていた。逃げることなく、戦場に向かって。
慎二の目には、士郎の背が映っていた。
怒りか、対抗心か、それとも別のものなのか。慎二の頭にかっと血がこみ上げる。
今まで無かったもの。
それが故に、越えることの無かった一線を容易く踏破した。
「ライダーッ!」
三度目の呼びかけ。
だが今度は違う。先ほどの、意味の無い慰めではない。
ライダーも肌で感じたのだろう。続きを待たず、慎二を白馬へと引き上げた。
手綱は慎二が握った。ライダーは慎二の後ろに。
何も言わず、通じ合っていた。きっと初めてのことだ。
ライダーが脚を入れ、白馬は走った。
士郎の背がすぐそこにあった。ライダーが引き抜くように士郎を捕まえる。
駆けゆく最中のために、士郎は地に踏み止まれずに呆気なく持ち上げられた。
「暴れるな、座っていろ」
事態を呑み込めない士郎をよそに、手綱は引かぬまま、慎二は白馬を押した。
向かう先には、セイバーとバーサーカー。
「退くぞッ!」
ライダーが叫ぶ。
バーサーカーはセイバーという敵を注視している。故に反応は一つ遅れる。
僅かに生まれた間隙。そこを縫うようにしてすり抜ける。
バーサーカーの斧が耳の横で風を鳴らした。肌がちりつく。
怖い、という気持ちはあった。何故かそれが気にならない。
セイバーはライダーの意図を理解していた。
飛び上がったセイバーを、ひったくるようにしてライダーが抱え込む。
慎二とバーサーカーの目が合う。全身の毛が逆立った。
塀を飛び越える白馬にバーサーカーが吼える。
そして白馬は夜空へと舞い上がった。
「―――やった」
風に乗ると巨人の姿は小さくなり、視界は空高く上るにつれ広がっていく。
空に雲は少ない。
月と散らばる星の夜空は、爽やかで美しかった。
「やってやったぞ! ざまあみろ!」
慎二は手綱を握り締めた。
寄る辺無く翔る白馬の上。
下を見れば恐ろしいほどの浮遊感の中、月へと快哉の叫びを上げていた。
「地べたを舐めるがいいさ! うひょーひょひょひょー!」
興奮の余り、慎二は上体を屈め、手綱を手にしたまま両手を突き上げた。
縦に振った白馬の首が慎二の顔を直撃する。
慎二は鼻から出血した。白馬はやけに嬉しそうだった。
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最終更新:2008年08月19日 02:47