154 :遠坂桜 ◆0ABGok2Fgo:2008/03/19(水) 21:58:17
寂びれた林に降り立っていた。
セイバーは幾らか警戒して、士郎との間に立っている。
守られる格好の士郎は神妙な顔で慎二を見ていた。
二人とも服が血に濡れたとはいえ、無事である。
しかし慎二の顔は浮かない。
鼻血の再発以外にも心配事があるからだ。
「ライダー、バーサーカーは追ってきて無いよな?」
「付近に我ら以外のサーヴァントはいない。追跡は諦めたようだな」
「そうか―――はぁぁ…」
深く、慎二はため息をついた。
異常な調子は消え、今になって心臓が太鼓のように拍動している。
同時に歓喜もまた、湧き上がってきていた。
逃げおおせた直後の突き抜ける爽快さとは違い、腹の底から染み入る喜びだ。
慎二の頬は自然に持ち上がった。
「よくやったぞ。ボレアスも鼻が高かろう」
ライダーが白馬の顔を撫でると、白馬は首をぶんぶん振って嬉しさを表す。
「おまえもこの仔を褒めてやれ、シンジ」
ライダーに引っ張られ、慎二は白馬の前に立たされた。
正直な話、慎二は動物が得意ではない。
唯一の例外は子犬だけだ。
見捨てられると死んでしまいそうな哀れさが堪らないのだ。
一方、この白馬は自由で従順で気高い。慎二の意中の相手とは言い難かった。
互いにここまで、良好な関係は築けていない。
とはいえ、あのバーサーカーに対して共に立ち向かったのである。
慎二も少しは白馬への親しさを感じ始めていた。
「…まあ、よく頑張ったんじゃないの、おまえ」
ぽん、と白馬の首を叩いてやった。
白馬は首を持ち上げ、軽くいなないた。喜びの表現らしい。
降り注ぐ白馬のよだれに、慎二はちょっぴり殺意を抱いた。
「おい」
顔を拭った慎二に、ライダーが拳を突き出す。
慎二は目を丸くした。
「やったな」
ライダーがにやりと笑う。慎二もつられて笑った。
拳を合わせた。多くの武器を扱っているくせに、ライダーの手は滑らかだった。
「ヤツの獲物を横からさらって行くとはな。
何のつもりか、途中までわからなかったぞ」
「はぁ? 最初にやろうとしたことじゃん」
「それ故だ。蛮勇に任せて突っ込むのでも、臆病に駆られて逃げるでもない。
戦にあって我を失わず、当初の目的を貫徹する。これは存外に難しい」
「フン。僕に言わせりゃ、出来ないヤツの方がおかしいんだよ」
慎二は両手を広げて言った。
その後ろ髪を白馬ががじがじと齧る。
「驕るな。夜毎あの仔と共に駆けたからこそ、陰に隠れずにいたからこそだ。
おまえの最初の出陣だったなら、おそらく何も考えれなかっただろうよ」
「何だと!」
「――だからこそ、ひねくれずに素直に誇れ。これまでのおまえが報われたのだぞ?」
ライダーが微笑む。
いつもの好戦的な笑みではなく、母性を感じる温かな笑みだった。
薄布に覆われただけの体は美しく、女神の如く完璧だ。
いい女だ、と慎二は思った。
初めてライダーを見たときにも思ったのに、いつの間にか忘れていた。
慎二は糸に引かれるようにライダーへ手を伸ばして。
「へぶしっ」
そしてライダーの腕で撃沈された。
「甘いわ、たわけ」
「なんでだよ! いいじゃんか、ちょっとぐらい!」
それは偽らざる魂の声だった。口に入った落ち葉よりも優先されるべきものなのである。
「…もうよいか? ライダーとそのマスターよ」
それまで沈黙を保っていたセイバーが口を開いた。
呆れたような顔はしているが、警戒は解いていない。
「危地のマスターを救い出せた。先程の助力は感謝しよう。
だが貴女たちの真意を確認しなければ、剣は収められない」
セイバーは言った。確かにその手には、視えない何かが握られている。
「待った。その前に何が起きてるのか説明してくれ。
俺は何が何だかさっぱりわからないままだ」
士郎も言う。
慎二は舌打ちした。
二人とも引き下がる様子はない。納得するまで黙らないだろう。
せっかくの戦捷気分も台無しだった。
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最終更新:2008年08月19日 02:48