414 :遠坂桜 ◆0ABGok2Fgo:2008/04/05(土) 20:30:53
閑静な住宅地。
武家屋敷立ち並ぶ街の一角、壊れた塀。周囲は無人である。
空を跳ねる白馬から、ライダーはそれを見下ろしていた。
「居ないな。結界があるが、これは元々からだ。戻っても平気だろう」
「――わかった。アイツらにも伝える」
合図を見て取った士郎とセイバーが衛宮邸の門をくぐる。
慎二とライダーは中庭に降り立ち、白馬は姿を消した。
セイバーは警戒を解かず、周囲に気を配っている。
「シンジ、念のために中を確認する」
「ん、ああ。物は壊すなよ」
ライダーの姿が霞のように消える。霊体化して屋敷の中に入ったのだろう。
「――ふぅ、やっと戻って来れたな」
玄関先で胸を撫で下ろす士郎。肩の荷が下りた、という感じだ。
「安心するのは早いよ、衛宮」
「ああ、そっか。これから……戦うんだよな」
引き絞られた弓のように士郎の表情が締まっていく。
だが見当違いである。
「戦い? その前にもっと気にすることがあるじゃん」
「……え?」
「セイバーと話す度に真っ赤になってさ、今から一緒に暮らすのに大丈夫なワケ?」
士郎が出来の悪いブリキ人形みたいに、セイバーの方へと顔を動かした。
さっきの真剣な表情はどこかに飛んでいっていた。
「む……別に、大丈夫だ。
俺は別にセイバーと……その、どうにかなりたいとか考えてる訳じゃない」
「ハッ、嘘吐くなよ。別にいいじゃないか、悪いことじゃないし。
ああ、でも。衛宮が嫌われたくないなら、アレは不味いよね」
慎二は士郎の肩を優しく叩いた。
「アレって何さ」
「押入れの本だよ、衛宮の。見られたらアウトだ」
士郎が停止する。
冬だというのに、汗がたらりと流れていた。
「待て、あれは慎二が持ってきたヤツだろ」
「んー、でも衛宮に頼まれたモノなのは変わり無いよね、実際」
「く……わかった。要求は何なんだ、慎二」
「要求? 無いさ。僕はちょっと助言してるだけだよ。
これからは大変だぜ? 衛宮もプライベートなんてなくなる。
サーヴァントは霊体になれるからね、どこだって入りたい放題さ!
アハハハハ! せいぜい頑張れよ、衛宮ぁ!」
ライダーから逃れさせるため、涙を呑んで手放した逸品たち。
更なる屈辱を避けるための消極的な措置だった。
それがこんな形で効果を発揮するとは嬉しい誤算である。
慎二は心底愉快に笑った。
対照的に、士郎は苦虫を噛み潰したように拳を握っていた。
「慎二、おまえ――」
「マスター」
ちょこんと顔を出したセイバーに、士郎は驚き飛び退いた。
ザリガニやノミのような瞬発力である。
「ライダーが安全を確認しました。
屋外は狙撃される危険もありますから、屋内に入って下さい」
「お、おう。わかった」
士郎が頷き、ポケットに手を突っ込んだ。
その顔から血の気が失せ、あちこちを慌しく捜し始める。
「……鍵、失くしたみたいだ」
士郎は沈痛な面持ちで押し黙った。
今夜の士郎は吹っ飛ばされ、引き摺られ、鍵を失くした場所は見当もつかない。
そして入り浸っているとはいえ、慎二は鍵まで持っている訳ではない。
他に鍵を持っているのは大河だけである。
「慎二、おまえの家に」
「泊まりたいならどうぞ。きっと凛が居るけど」
沈黙があった。
「よし、どうにか中に入ろう」
士郎は言って、玄関の戸に向き直った。
投票結果
最終更新:2008年08月19日 02:49