429 :遠坂桜 ◆0ABGok2Fgo:2008/04/06(日) 21:35:46
かつて切嗣に言われたことがあった。
なんて無駄な才能だ、と。
しかし、士郎のそれは本当に無駄な才だったのだろうか。
「――衛宮」
慎二がにやりと笑っていた。手には、ヘアピン。
「ここにヘアピンがあります。そこに開かない鍵があります」
「おい……まさかピッキングしろって言うのか」
「どうせおまえの家だろ。
さあ、やれ。やるんだ、衛宮」
拳を握って力説する慎二。どうあっても自分の家には帰りたくないらしい。
士郎はため息一つ、ヘアピンを手に取った。
開かぬ戸を前に目を瞑る。
失くした鍵はどんな形で、どう回したか。
それを念頭に扉の鍵の設計図を想起した。
脳裏に自然と線が引かれ、図面は程なく完成する。
鍵の設計図を想定するのは初めてだったが、存外に上手くいっていた。
後は実行するのみ。
士郎はイメージと摺り合わせるように、ヘアピンを折り曲げ、こねくり回す。
時間にして三分足らず。鍵は音を鳴らし、その錠を解いた。
「……うわ。なに、衛宮ってそういう商売もしてたワケ?」
「俺もびっくりした。こんなに上手くいくなんて」
いくら旧式のものとはいえ、心配になるほど容易に開いた。
新しいものに代えるべきなのかもしれない。
「でも偶然って感じじゃないじゃん。もしかして魔術でも使ったのかよ」
「いや。昔から設計図をイメージするのが得意で、頭の中に自然に湧いてくるんだ。
一応は関係あるけど、あんまり魔術の役には立たない」
「ふーん。ガラクタばっか弄ってるから、そんなのが得意になったのか?
いや、逆か。どうでもいい事だけど」
本気でどうでもいいのか、慎二はすたこらと靴を散らかし、家に上がりこんだ。
もちろん『お邪魔します』の一言もない。
「居間に行ってるよ。僕、珈琲ね」
「……おう」
慎二の靴を揃えながら、士郎は答えた。
勝手知ったる他人の家。慎二は迷うことなく廊下を進んでいく。
「セイバーも居間に行っててくれ」
返事が無かった。
セイバーは玄関の辺りを、どこか深刻そうに見つめている。
「セイバー、どうした?」
「此処の変わり様を、少し考えていました」
「む。バーサーカーに壊されたのもそれほどじゃないし、大丈夫だろ。
玄関は表札も戸も無事だ。塀と門は修理を呼ばないといけないけど」
「そうですね。確かに、表札も無事だ」
靴を脱ぐ代わりに具足の姿を消し、セイバーが廊下に上がる。
どうやら日本の常識は備わっているらしい。
「ではマスター、私も居間に行っています。廊下を左に曲がればよいのですね?」
「ああ。俺もすぐに行く」
セイバーの背が角に消える。
士郎は玄関から頭だけをひょいと覗かせた。
「……なんだよ。変な言い方してたけど、何も変わり無いじゃないか」
表札に変化は無く、『衛宮』の文字が確かに刻まれていた。
「さあ、お茶だぞー」
香り立つ珈琲、あるいは日本茶。
士郎は四人分の飲み物を用意し、居間へ向かった。
慎二はコタツに、セイバーはやや離れた位置に座っていた。
「衛宮も来たし、まずは確認しようか」
士郎が座ると、慎二が口を開いた。
「僕らの共通の敵はバーサーカーと魂狩りのマスター。
で、衛宮はバーサーカーに狙われてる。一番ヤバイのに襲われる訳だ。
でも魂狩りを止めるのが衛宮には最優先。そうだろ?」
慎二は珈琲を口に含む。
その顔には確信に満ちた、皮肉げな笑みが浮かんでいた。
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最終更新:2008年08月19日 02:49