493 :遠坂桜 ◆0ABGok2Fgo:2008/04/11(金) 20:43:24
手の内の湯呑みの中。
沸き立つ湯気が蜃気楼のように見える。
同じものの筈なのに、熱次第で移ろいゆく景色。
その向こうに、慎二が映っていた。
「いや、それだけじゃ駄目だ」
ぽつりと、士郎は言葉を漏らした。
「魂狩りは止めたい。けど、止めたって聖杯戦争は続く。
セイバーが居なかったら、慎二が来てくれなかったら、俺はどうなったか判らない。
儀式が続けば、そんな目に遭うのは俺だけじゃなくなる」
手に持った湯呑みが、ひどく熱く感じられる。
けれど、十年前はもっと熱かったのだろう。きっと、もっと苦しかった。
「だから、魂狩りだけじゃない。
無関係な人たちを巻き込もうってヤツは、力づくでも止める」
誓いにも等しい言葉を口にした。
否応無く巻き込まれたことは、もう関係ない。
誰にも死んで欲しくなかった。誰もが悲しまないで居て欲しかった。
それが、衛宮士郎が抱き続けた想いだ。
「…ふーん。無関係、ね。
なら、マスターやサーヴァントは幾ら死なせても構わないワケだね?」
慎二は冷笑を浮かべ、士郎を見つめた。
その冷えた声に抗するように、士郎は真っ直ぐに慎二を見た。
「いや、ダメだ」
「…………ハア? 僕らを殺しに来るヤツらまで助けろっての?」
「そうは言ってない。俺もそこまでお人好しじゃない」
「言ったじゃんか、さっき。マスターもサーヴァントも死なせないんだろ?」
「そうじゃなくて、死なせて構わないとは思えないって話だ。
大体、慎二もセイバーもライダーも、死なせて堪るもんか」
戦う理由はどうあれ、セイバーも慎二も殺し合いの一員だ。
無論、士郎もそうだ。その現実は変わらない。
だからと言って、セイバーや慎二の死なせていいのか。
それは、違う。まるで違う話だ。
「慎二だって俺を助けてくれただろ。それと一緒だ。
俺は慎二が死ぬのは嫌だ。だから助ける」
士郎は迷い無く断言した。
何処にも嘘は無い。だから、胸を張って言い切れた。
「―――フン」
慎二が珈琲を呷り、乾す。
じとりと湿った視線。それを逸らし、慎二は頬杖を付いた。
「わかってないね、おまえ。
僕は聖杯を取るつもりで戦ってる。
今はそうじゃないだけで、僕らはいつ敵同士になるか判らないんだぜ?」
「敵になったからって、必ずどっちかが死ぬ訳じゃないだろ」
「そうかもね。けど、聖杯は六体のサーヴァントが消えるまで現れない。
これ以上は言わなくても判るな?」
慎二の目。息苦しそうに、少しずつ締められていく。
「だからセイバーだっておまえから離れないんだ。
常に警戒してるのさ。衛宮以外はね」
「確かに、警戒していない訳ではない。
だが同盟を結んだ以上、私は貴方たちを信頼してもいる」
セイバーが言った。
その口調には間違いを正すかのような強い響きがある。
「ハッ、信頼かよ」
「そうだ。貴方たちが信頼を示すなら、私も信頼で応じるのが当然だ」
「へえ。僕らがおまえを信頼してるって、どうしてそう思うのさ?」
「貴方はライダーを伴わず、私たちと話している。それは十分な信頼だ」
がちゃん、と音がした。
慎二が珈琲カップを落としていた。幸いにも、カップは割れなかった。
「ライダーは霊体になってるだけじゃないのか?」
「いいえ、マスター。
彼女は先ほど私に安全の確認を伝えた後、どこかへと去り、まだ戻って居ません」
セイバーは淡々と事実を述べた。
慎二は頭を抱えていた。
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最終更新:2008年08月19日 02:50