630 :遠坂桜 ◆0ABGok2Fgo:2008/04/22(火) 20:35:28


 士郎の声が聞こえた。
 セイバーと二人、連れ立って居間から出て行く。
 慎二はダンボールの隙間から、それを見ていた。
 二人が居なくなったことには少しだけ安堵を覚える。
 だが、まだ箱から出る訳にはいかなかった。
 コタツの上に鎮座するライダー。
 彼女が居る間は、慎二は絶対に出て行くつもりがなかった。
「それで、だ。貴様、一体何をしている」
 ライダーが言う。
 呆れたような、怒っているような、それぞれが相半ばしている口振りだった。
「こら、黙っていないで答えろ」
 沈黙を保つ慎二に苛立ち、ライダーが長い足で箱を突っついた。
 何の固定もしていないダンボールが揺らぐ。
「…止めろよ」
「ならば、早く出て来い。せめて理由を話さんか」
 ライダーは一向に止める気配はなく、げしげしと蹴りを放ち続ける。
 慎二は拳を握り締めた。
「止めろって言ってんだよ! いい加減にしろよ、おまえ!」
「それはこちらの台詞だ! 何をぐずぐずと引き篭もっている!」
 ライダーが声を荒げる。
 それと同時に放たれた蹴りが、ダンボールごと慎二を転がした。
 箱から転げ出た慎二は居間の床に俯き、肩を震わせた。
 床に水滴が零れていた。
 何故こんなものが頬を流れているのか、慎二自身も不思議でならなかった。
「…シンジ。おまえ、泣いているのか?」
「そんなことあるか。僕が、泣くかよ」
 慎二は顔を背けたまま、ダンボールの中に再び収まった。
 右手に持った本を、強く握り締める。
「何処へでも行けよ。好きにしろ。もう何も言わない」
「待て、シンジ。何があった」
「うるさい! いつもみたいに勝手に走り回ってろよ!」
 慎二の言葉に呼応して、ライダーの体に紫電が走った。
 偽りの令呪が、主に従わぬ隷僕を苛む。
「貴様……っ」
 ライダーは憎々しげに慎二を睨み、居間から姿を消した。
 そして、ようやく慎二は一人になれた。
 居間は寒々しいほどに静かで、秒針の音がやけに大きく聞こえていた。
「ふん、ちょっと意外だね。掴み掛かってくるかと思ったけど」
 そうなることを、どこかで期待していた。
 しかし、どうせライダーも慎二のことなど、どうだっていいのだろう。
 それも判っていたことだ。
 食事さえ与えておけば死にはしない。慎二は誰にとっても、その程度の存在。
 だからこそ、慎二は特別さを求めてきた。
 いっそ魔術の存在を知らなければ、何か他のものに価値を見出せたのか。
 けれど慎二は魔道の家という誇りを持った。
 その『特別』さは、決して慎二が持ち得ないものだったのに。
「……ハッ、わかってたさ。
 マスターの真似事なんかしたって、僕はこんなもんだよな」
 ライダーと居れば、魔術師で居られると思った。劣った存在ではないと思えた。
 士郎が魔術師だと知っても耐えられた。
 だが結局は砂上の楼閣。
 無理に従えたサーヴァントは、慎二を敵の面前に置き去りにした。
 いつ士郎に殺されてもおかしくなかった。運だけで生き延びた。
 聖杯に一縷の望みを託しても、届くことなどないのだろう。
 それが疑いようの無い現実だと。
 その諦観を容れようとした慎二を、不意の打撃が襲った。
「話せ。話さぬなら、どうなるかわからんぞ」
 ライダー。いつの間に居間に戻ったのか。
 命令違反の罰たる痛みを物ともせず、憤怒の形相で仁王立ちしていた。
「何で――」
「やかましい、私は傷ついたぞッ! 理由を話せ!」
 ライダーが臆面も無く叫ぶ。
 慎二はライダーの正気を疑ったが、彼女の瞳は本気にしか見えなかった。


解:慎二はもっと泣いた。
壊:ライダーを非難する。
灰:だんまりを決め込む。


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最終更新:2008年08月19日 02:50