686 :遠坂桜 ◆0ABGok2Fgo:2008/04/27(日) 20:40:56
慎二が箱の中に隠れたのは、涙を見られないためだった。
そして今、正にその目的に適った状況になっている。
相手が士郎たちからライダーに変わっただけ。
涙は慎二の瞳から止め処なく溢れ出していた。
「は、はは。なんで、だよ」
口から出た言葉は自身の涙への問い。
顔を覆っても、水滴は次々に頬を滑っていく。
安らかで心地が良いのに、涙は止まらない。
こんな感情は初めてだった。
ライダーが『慎二を気に掛けて』戻ってきてくれたこと。
それに途方も無い喜びを感じている。
だが、慎二はその事実を受け入れることが出来なかった。
「なんで……なんだって、戻ってきてんだよ!」
慎二は怒りをライダーにぶつけた。まるで子供のように。
ライダーも怒りを以って、慎二に答える。
「何故も何も、あんな命など聞けるか!」
それを聞き、慎二は口だけで笑った。
やはりライダーは意に沿わぬ命令に逆らったに過ぎない。
もとより偽りの主従。互いの事など慮らない。
これで正常に戻った、筈なのに、涙は流れる血のように止まらなかった。
「そりゃあ、おまえには屈辱だろうさ。だって――」
慎二は続きを喉で押し止めた。
従うに足らない存在。たとえ事実でも、それを肯定することは出来なかった。
「……そうだ。屈辱だった」
慎二に代わって、言葉を漏らしたのはライダー。
怒りの色は薄らいでいる。
「ハッ。けどさ、おまえは僕のサーヴァントなんだぜ?」
「だからこそだ!」
冷笑を伴った慎二の声を、ライダーの切迫した声が掻き消す。
「なぜ、隠れる! どうして理由を言わない!」
懸命な叫び。慎二はそれをせせら笑った。
自らを傷つけたライダーを嘲笑するため、隙間から彼女の姿を探す。
慎二が想像していたのは、激怒と苦痛に歪んだ表情。
だがそこに居たのは、今にも泣き出しそうな女だった。
「なぜ、言ってくれないのだ……。
我らは戦友だろう? 今宵、共に駆け、戦い、私はおまえを肌で感じた。
それは私の勘違いだったのか? おまえは、私を信じてはくれないのか?」
そう。慎二も感じたことだ。
共に戦った。逃げるだけの戦いだったが、それでも力を合わせたのだ。
「最初は駄々を捏ねる子供にしか見えなかった。
だが、おまえは戦いを諦めず、考え続け、戦場へ赴き、強敵へ挑んだ。
私はおまえをもっと知りたいと思っている。互いに理解したいと思う。
だから――耐えられないなら、隠さないでくれ。私も、それに応えてみせるから」
ライダーの声には懇願に似た響きが篭っていた。
慎二は理解した。ライダーが『傷ついた』と言った、その理由。
だが、傷つけたのは彼女が先だ。
ライダーが居ないと判って、最初は愕然とし、次に勝手な行動に怒りを覚えた。
そして恐怖に襲われた。
彼女にとっても、間桐慎二はどうだっていい存在だったのか、と。
“素直に誇れ。これまでのおまえが報われたのだぞ?”
あのとき、あるがままを肯定された気がした。
信じたから、心を許したから。置き去りにされた事が耐えられなかった。
一度裏切られても、再び信じることが出来るのか。
士郎、ライダー、そして慎二自身。
信じた末にあったのは、いつも滑稽な自分の姿だった。
またも、そうなることへの恐怖がある。
「……っ」
僅かに漏れた呻き声。
未だ白光に苦痛を与えられながら、ライダーは目を逸らさない。
ここは分水嶺。
どちらに進むのかは、慎二次第だった。
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最終更新:2008年08月19日 02:51