731 :遠坂桜 ◆0ABGok2Fgo:2008/05/01(木) 20:56:06


「いいさ。さっきの命令は忘れていいよ」
 慎二の言葉に従い、ライダーを苛む茨が消え去った。
 ライダーが深く、息を吐く。
 やはり、かなりの苦痛を堪え、慎二と話していたのだろう。
「……ふん。そんなになっても戻ってきたことは、まあ、嬉しいよ」
 慎二は初めて胸襟を開いた。
 何故なら、信じたかったから。慎二は自分を信じることが出来なかったから。
 それはもはや渇望だ。
 だが自身の脆さを知る慎二には、信じる理由が必要だった。
「けど、まず聞かせろよ。なんで僕に何も言わずに居なくなった?」
 戦友だと言うのなら、何故、衛宮邸で、敵の本拠で慎二を置き去りにしたのか。
 それが知りたかった。
「いつのことだ?」
「…ついさっきだよ。僕を放って、どっかに行ってたじゃないか」
「何か問題があったのか?
 おまえの安全はセイバーに頼んでおいたが」
 慎二は愕然とした。
 大した理由もなく置き去りに、いや、それ以前の問題だったのだ。
「なっ、バカか! 今は組んでてもアイツらは敵だ、僕が襲われたらどうするんだ!」
「それはあるまい。仮にセイバーが考えても、エミヤシロウが止めるだろう?」
「おまえが衛宮に会ったのは今日が初めてだろ!
 何も考えず、僕の命をそんな相手に預けたのかよ!」
「なるほど、確かにそう考えることも出来るか。
 ―――だが」
 ライダーが顔を箱に近づけた。
 箱越しに、慎二と目が合う。
「おまえは一度でも、ヤツに殺されると思ったか?」
「……それは」
 敵地で置き去りにされ、ショックだった。
 だが本当に命の危機を感じたかと問われれば、答えは否だ。
「私がエミヤシロウを信用したのは、おまえがヤツを信頼していたからだ。
 ヤツもおまえを信じている。
 何の防御結界もない中、見張りも付けていない」
 ライダーの瞳は曇りなく透き通っていた。
 慎二が士郎を信じていたから、ライダーも士郎を信用した。
 つまり、慎二を信じてくれたということでもあるのか。
「おまえたちはそういう関係だ。だから、大丈夫だと思った」
 殺し合うかもしれないと思いながら、疑う気持ちが一片もない。
 衛宮士郎が魔術師で、間桐慎二が成り損ないだとしても。
 何の問題でもないというのか?
 慎二は目を伏せ、唇を固く閉じた。
 何かとんでもないものに触れている。それが怖かった。
「しかし、謝ろう。
 すまなかった。おまえを傷つけた」
「――え?」
 見ると、ライダーが笑っていた。
 まるで弟妹や子供を見守るような、穏やかな曲線。
「心細かったのだな、おまえは」
「なっ…ぼ、僕がそんな女々しいワケないじゃないか!」
「女々しいというよりは子供だ。寂しくて箱に隠れて泣くとはな」
「違う! 僕は泣いてないぞ!」
「では顔を見せてみろ」
 ライダーの要請に、慎二は沈黙した。
「解ってしまえば可愛いものだな。ほっとしたよ」
 ライダーは嬉々として言った。
「子供扱いしやがって……。
 くそ、もうどっか行けよ。充分話しただろ」
「折角だ。このまま語らぬか?
 面と向かって話せぬことも、箱越しなら出来よう」
「…僕はもう何も喋らないぞっ」
「ならば、おまえが出るのをここで待つとするか」
 腕を枕に、ライダーが寝転がる。
「ああ、そうだ。もう夜中だ。眠くて目が赤くなっていても変ではないぞ」
「うるさい! 泣いてないって言ってるだろ!」
 叫びながらも、どこか晴れ晴れとした気分があった。
 本当に話すということ。それが出来たからなのか。
 慎二は箱の中で丸くなった。


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最終更新:2008年08月19日 02:51