767 :遠坂桜 ◆0ABGok2Fgo:2008/05/03(土) 22:13:42


3.桜とサーヴァント

 瞼に映る夢。それは十年前の夜、死地と化した冬木の町。
 危険を承知で、桜は遠坂邸を目指して歩を進めていた。
 葵が苦しんでいることを知っていた。
 時臣と綺礼が危難に挑んでいることも知っていた。
 葵が苦しむのはそれ故なのだと、桜にもわかった。
 だから二人に、葵と会って無事を伝えてもらおうと思ったのだ。
 桜には追い詰められるまで決断を延ばす悪癖がある。
 そして決断したときには思慮のない行動をとることもしばしばだ。
 このときもそうだった。
 葵の苦しむ姿を見て、桜はついに耐え切れずに飛び出した。
 何の装備も無く、単身で聖杯戦争の舞台へ飛び込んだのだ。
 一見、街は普段と変わらなかった。
 街灯と窓から射す明かりを頼りに、桜は順調に自分の家に近づいていく。
 だが街を覆う異常は、桜の無謀さを見逃さなかった。
 出会ったのは桜と背丈の変わらぬ子供たち。
 生気の無い目で、笛吹きに従うかのように並んで歩いていく。
 先頭を行く道化師は、神々しさすら感じる笑みと共に彼らを引き連れていた。
 その異様さに足が竦んだ。初めて死を間近に感じた。
 魔術は須く死と隣り合わせにある。時臣から教えられていたこと。
 だが、それは言葉で知っていただけ。
 肌で思い知ったのは初めてだった。
 このときが源泉。魔術と死への恐怖が現実なのだと理解した瞬間。
 だから聖杯戦争に挑もうという今になって、この記憶を夢に見るのだろう。
 しかし腑に落ちない。僅かな声一つで、桜も道化師の行列の一人となった筈だ。
 幼い自分が、あの恐怖に耐え続けられたとは思えない。
 ならば、どうして無事でいられたのか。それを忘れている。
 桜は夢の続きに答えを求めた。きっと教えてくれるのだろうと。
 だが、夢は意に反して静かに閉じてゆく。
 ぼんやりと現実が戻る。頬に触れる空気、瞼を照らす光。
 桜は世界に引き摺られるように、目を開いた。
「……お腹減った」
 最初に気になったのは自身の飢餓感だ。
 疲労感は消えたが、引き換えになのか、胃袋が盛んにベルを鳴らしていた。
 見れば、空は既に斜陽に近づいている。
 時計を覗くと、時刻は既に三時。朝まで起きていたとはいえ、よく寝たものである。
 折角の日曜日、その半分は潰したということか。
 桜はため息をついた。
 カラスの鳴く声。もう夕方になろうとしているらしい。
「うるさいなー。捕まえて食べてちゃおうか」
 唸る肉食獣は威嚇か本気か。この場合、前者と後者で半々だった。
 健康で空腹とくれば、食に対して貪欲になるのが当然だ。
 未体験であるカラス肉へチャレンジしてみたくもなる。
 勿論、八つ当たりである。
 ようやく召喚したサーヴァントは意識が無かった。
 原因は恐らく、召喚途中にブン投げた桜自身。
 そのやり場の無い怒りが空腹で倍増しているのだ。
 桜は右手の令呪を見つめた。
 光は失われていない。サーヴァントは消滅していないということだ。
 明け方の応急手当により呼吸こそ取り戻したが、サーヴァントは目覚めなかった。
 とりあえず諦めて眠ることにしたのだが、寝ている間に死ぬ危惧もあった。
「……詐欺だ。サーヴァントって、すごい人の筈なのになあ」
 しかし、自分で蒔いた種である。
 赤ん坊の世話や介護に比べれば楽なものだろう。
 比較対象が間違っている気もしたが、とにかく落ち込んでいても始まらない。
 まずは何かを食べよう。そう決めた。
 伸びをして、桜はベッドから下りた。


梅:部屋に香るは焦げとハーブの匂い。
竹:眠れる騎士。
松:耳をすませば奇怪な金属音。


投票結果


梅:1
竹:4
松:5

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最終更新:2008年08月19日 02:51