810 :遠坂桜 ◆0ABGok2Fgo:2008/05/05(月) 19:51:24
二階は個室ばかりだ。部屋と部屋を繋ぐような扉は無い。
逃げ場は窓以外に無かった。
桜は寝巻きの上からコートを羽織る。
素肌で硝子と窓枠を破るよりは安全になるだろう。
窓から外を覗いた。
窓を破れば、庭へと落下することになる。
だが、それは拙い。庭には手塩にかけた温室と薬草がある。
これからの戦いに備えて準備したものだ。荒らすのは避けたかった。
「Mein Schatten(我が影よ),Auftauche(水面へ来たれ)!」
沈んでいた『影』が床から立ち上る。
物質世界寄りに戻ったのだ。
この状態ならば、魔力を帯びた物体や生物には接触できる。
庭ではなく、屋根の上に出る。そのために『影』を使う。
初の試みだが、理屈の上では可能の筈だった。
桜は意を決し、走り出す。
窓を突き破った。空中に体が踊る。
「Trag(支えよ!)!」
壁伝いに並走していた『影』の腕が伸びた。
『影』は桜の腕を絡めとる。
自由落下から逃れ、桜は壁から伸びた『影』に吊られる格好となった。
「いったあ……」
勢いのついた体を腕だけで引っ張られたのである。
それだけの負荷がかかれば、関節が外れてもおかしくはなかったろう。
そもそも走って飛び出す必要は無かったのだが、そこは勢いである。
「今度からは……強化を使おう」
桜は反省した。
ともあれ成功である。肩は痛いが、他に負傷は無かった。
『影』の腕をロープ代わりに屋根へ引き上げさせた。
桜の位置からは、飛び出してきた窓がよく見えた。
鎧の侵入者が顔を出せば、間髪入れずに一撃を加えられる。
「さあ、来るなら来いっ…!」
喉を鳴らした。生唾を飲み下す。
一点集中。自らの突き破った窓のみを凝視する。
息を殺した。魔力が回路内を循環しているのを感じた。
風が頬を撫でる。髪が掻き揚げられる。冬の風は冷たかった。
「…………へぶしっ」
コートを羽織ったとは言え、冬の二月に寝巻き姿だ。
しかも海と山からの風が吹く丘に建った館の屋根の上。
その条件で心地いい訳が無かった。
それでも桜は頑張った。鼻をぐしゅぐしゅにして、歯を震わせながらも立っていた。
だが侵入者は一向に窓から顔を出さない。
なんだか桜は悲しくなった。
空腹にも耐え、寒空の下で女の子が頑張っているのである。
だというのに、侵入者は何を呑気にほっつき歩いているのだろうか。
「寒い、お腹減った」
これは誰のせいだ、と桜は自問した。
あの鎧野郎のせいである。
あれがガシャガシャと豚のように廊下を歩いてくるからいけないのだ。
そのおかげで桜が、こんな苛酷な環境で一人寂しく立っていなければならない。
そう。今、庭にいるような白い鎧の馬鹿がいけないのだ。
「掃除……してるのかな、あれは」
鎧姿の誰かは桜が壊した窓の破片をホウキとチリトリでせっせと片付けていた。
ここに至って、桜は一つの着想を得た。
アレはきっと侵入者ではない。
考えてみれば、結界だけでなく使い魔も侵入者を排除しようとする筈なのだ。
それなりの戦闘になっていなくてはおかしいし、桜がそれに気付かないのも変だ。
つまりアレは外から無理に入ってきたのではない。元から中に居たのだ。
そんな存在は一人しか居ない。
桜に召喚されたサーヴァントである。
「……ああ、目が覚めたんだ」
下に居た鎧さんが、屋根まで届く梯子を持ってきていた。
よく見つけたものである。普段は使わないので、倉庫に仕舞ってある物だ。
がたん、と音をたてて梯子が掛けられた。
ぐしゅん、と桜は鼻を啜った。
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最終更新:2008年08月19日 02:52