914 :遠坂桜 ◆0ABGok2Fgo:2008/05/14(水) 21:34:29
フォークに鎧姿のサーヴァントが映っていた。
兜の下から僅かに漏れた驚きの声。
視線の先には食卓に並んだ二組の食器と茹で上がったパスタがあった。
「せっかくだから一緒に食べませんか?」
桜は微笑んだ。窓から差し込む斜陽とパスタの湯気が、その笑顔を彩る。
サーヴァントの兜が微かに揺れた。
「お心遣いに感謝いたします」
サーヴァントは几帳面に頭を下げた。
桜は、はにかんで歯を見せた。
「さ、座って――」
「ですが、お断りさせていただきます。申し訳ございません」
きっぱりとサーヴァントは言い切った。
桜は何度か瞬きをした。
「えーと、それはどういうことでしょうか?」
「食事をするならば、兜を脱がねばなりません。
しかし自身のサーヴァントを投げ飛ばす方の前で、そのような危険は冒し難い」
「……あー、その」
「私は召喚を強制的に中断され、不完全な状態で現界することとなりました。
こうして動けるように回復するまで丸一日を要したほどです。
あのような行動に至った理由は何だったのでしょうか?」
桜はじっと手を見た。
理由など、桜にもわかる筈が無い。あれは、その場の勢いである。
「…では、兜を脱ぐわけには参りません。
そもそもサーヴァントは食事を必要としませんので」
サーヴァントは再度、恭しくお辞儀をした。
納得せざるを得なかった。彼を投げたのはテンパった桜自身なのだ。
後悔を振り払うように、桜はパスタを頬張った。
その様子は空腹も手伝ってか、実に野性味溢れており、餌にがっつくブタに似ていた。
サーヴァントは悲しげだった。
「やっぱり食べます?」
「……いえ」
「じゃあ、それも貰っちゃいますね」
正に早業。
あっという間に桜はパスタを平らげ、残っていたハーブティーを胃袋に流し込んでいた。
「あの…それは私の淹れたものでは?」
「あ、うん。おいしかったですよ」
「……ああ、そうですか」
サーヴァントは捨て鉢に言い放った。
桜は首を傾げる。
と同時に、桜の体を奇妙な違和感が襲った。
「――う」
桜の顔が歪む。胸を押さえ、体を丸めた。
「どうされました? もしや……! 何か病でも――」
サーヴァントが色をなし、桜の側に駆け寄った。
それ故に、悲劇はその悲惨さを増す事となった。
「――ぐぇ~~っぷ」
特大のゲップだった。ハーブとパスタの匂いがサーヴァントの鼻先を横切っていった。
ほぼ空だった胃袋に、急にものを入れたからだろう。
いくら魔術師だろうと、出るものは出る。自然の摂理だ。
しかしサーヴァントはそう思わなかったようだった。
彼はがっくりと肩を落とし、よろめいた。
「……全て女性が貴婦人たる訳ではないが……これは…」
「せ、生理現象は止められませんっ! ゲップぐらい女だってします!」
「おくびだけの事ではなく……いえ、よしましょう。
貴女は私の主であり、私は貴女の騎士です。それは変わりません」
「…その言い方、すごく傷つくんですけど」
「傷ついたのは私も同じです。
召喚途中に投げ飛ばし、廊下までいびきを響かせ、目覚めた途端に窓を突き破り、
お茶は断り無く飲み干し、食事作法は最悪の一言、おくびは私の顔にめがけて。
これが私の主たる女性の所業なのですから」
事実を逐一並べられると、中々に壮観だった。
「まあ、最良のマスターとは言えないかもしれないですね……」
桜は頬を掻いた。
「……」
兜で顔は見えないのに、桜は何故か睨まれた気がした。
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最終更新:2008年08月19日 02:53