電話が鳴った。
己がサーヴァントの追及に晒されていた桜は、それに飛びついた。
「はい、遠坂です」
『冬木警察署の斉藤です』
「え、警察の方ですか」
『桜さん、だね。間桐慎二君のことを聞きたいんだけど、いいかな』
「……はあ」
明るさから一転し、桜はしかめっ面で答えた。
『彼と友達の行方が知れなくてね。行き先に心当たりはあるかな?
最近、彼に何か変わった様子はなかった?』
「いえ、さっぱりわかりません。名前と顔を知っているだけの間柄ですから」
そもそも慎二は変わっている。変わった様子も何も無かった。
『そうかあ。なら、仕方が無い』
「というか、何でわたしに間桐先輩の話が?」
『一昨日、彼が馬に乗っていたところに居たじゃないか』
「あ。あのときのお巡りさんですか」
慎二が職質されたとき、桜も居合わせたのだ。
しかし、一昨日だったろうか。
『思い出してもらえたかな。
そうだ。今度、神父さんと会ったらお礼を言っておいて欲しいんだけど』
「お礼?」
『おかげで、今じゃ労働意欲に溢れているよ。
……生きてて恥ずかしくないように、せめて頑張らないと』
「……なるほど、あの人の説教を聞いたんですか」
あれは一種の拷問だ。この程度で済んでいるなら、この警官は僥倖だった。
あるいは綺礼が説教以外のものに気を取られていたのか。
「ところで。間桐先輩、捜索願いでも出たんですか?」
『いや。その、冬木で馬に乗ってる人は少ないからね』
歯切れが悪い答えだった。何かが起きている、と桜は踏んだ。
「一体何があったんです?」
『……発表されたばっかりだから知らないだろうけど、また事件が起きたんだ。
柳洞寺ってお寺があるだろう。あそこの側だよ』
それはつまり、また通り魔殺人の被害者が出たということ。
それも、あの寺のすぐ側で。
「―――一体、誰が」
声が掠れていた。
みっともない。遠坂は、せめて外向きには、優雅であるべきなのに。
『まだ判らない。外出中は人通りのない道は避けて。
あと慎二君のことで何か判ったら、警察に電話して欲しい』
「……わかりました」
桜は受話器を置いた。
新たな死人。寺の側。あまり人は通らない場所だ。
なのに心当たりが、幾つもあった。
一成か。あるいは霧島が一成に話をしに行ったかもしれない。それとも。
考えるだけで、吐き気がした。
「――放ってなんておけない」
綺礼によれば、あれは魔術師の仕業だ。
放置は出来ない。冬木の管理者として、こんな犠牲は黙認できない。
遠坂桜として、これ以上じっとしていられない。
死ぬこともある。明日には、本当に身近な人が。
いや。もしかしたら、既に死んでいるかもしれない。
「一般人に被害を及ぼす魔術師が居ます」
鎧を着込んだサーヴァントを前に、桜は言った。
「これから討ちにいきます。わたしに従ってください」
堂々とした物言い。怯みは無かった。
サーヴァントもその態度に何かを感じたのか。兜の奥にある目に光が灯った。
「打って出る、ということでしょうか。この陣地の優位を捨てることになりますが」
「それでも、出ます」
「畏まりました。私もそのような敵は放置し難い。
諸々の問題はございますが、今は貴女の意に従いましょう」
桜は満足げに頷き、体を翻した。
出陣、だった。桜の初陣でもある。
「それでは、その魔術師は何処に?」
サーヴァントの言葉は矢のように、意気上がる桜の足を縫い止めた。
桜は唸った。