70 :ファイナル ファンタズム ◆6/PgkFs4qM:2008/03/13(木) 23:55:06
――Interlude
早春の候。
手足が悴む寒冷は最早退去の兆しをみせ、
ふと周囲を見回せば、みずみずしい草原には蓮華やつくしが頭を擡げて辺りを彩る有様。
そんな春の訪れを予感させる中、
無骨に過ぎぬ一人の武芸者が、
重厚に積み上げられた石段を一足毎に、噛み締めるようにして上り詰めていく。
じゃり、と砂と石が靴底により擦れる音が響く。
次いで足を持ち上げる武芸者の腿が、風船のように膨らむ。
男の名はギルガメッシュ。
かの英雄王と同じ名を持つ、何者でもない、ただの武芸者。
己の“武”の在り方を求める、稀な追究者。
さて、そんな彼の足を上げて下ろすという行為を幾百と重ね、
常人ではそろそろ音を上げようかという頃合――――
地上からは遥か高き頂を眺めれば、
そこには黒く頑丈な瓦を重ねた立派な門が構えてあり、
加えて立派な門に相応しく、立派な門番が佇んでいた。
眉間の汗を手の甲で拭い、無言で掌を掲げる。
すると、眼前の門番もそれに呼応し、やはり無言で掌を掲げた。
多弁など必要ない。同好の徒としては、まさにうってつけの挨拶と言えた。
直立の姿勢を崩さぬ門番の隣へ重そうな腰を無遠慮に下ろし、
懐から取り出した竹製の水筒を口に宛がって美味そうに飲み干す。
太く盛り上がった逞しい咽喉が2、3度脈打ち、
得心のいくまで咽喉を鳴らして横を向けば、
傍らには涼しげに腕を組む門番の微笑があった。
「今日もやるかい? 俺は一向にかまわないが」
「いや、止そう。今日は今日にしかできぬ、静かな春の到来を共に愛でようではないか」
「相も変わらず気障な奴……。だが、悪くない」
温かな日和が二人を照らす中、未だ冷たさの抜けきらぬ風が天下を駆け抜ける。
はためく武芸者の頭巾を差し置き、
着衣に一糸の乱れも生じさせない清涼なる仁王立ち。
技巧や知恵の成せる現象ではない。門番の身体は、背中越しの風景が透けて見えていた。
第三者からすれば昼間から仕事もせずに居座る彼等はまこと怪異に映ったであろうが、
空気を読んでか読まないでか、武芸者が来てからほんの数分後、面貌こそ嫌悪の情を隠さず、
しかし臆することもせずに男達の輪へと加わる貴婦人の姿。
白い指が支える盆の上には、熱いお茶と和菓子が乗せてあった。
「おお、ありがてえ! 丁度舌が甘いものを欲していたんだ。気が利くな、アンタ」
「零観さんが持っていけと申されたからよ。でなきゃ、誰が貴方なんかに……。
大体、こんな筋肉質でむさい男に堂々と居座られてちゃ、他の参拝客が逃げ出すでしょうが」
中にだけは入って来ないでね、と念を押し、境内を越えて寺院へと戻っていく名も知らぬ美女。
武芸者と門番へと向ける背中は、ただひたすらに冷たい。
「なーんで、いつもあんなにツンツンしてんのかね?
……ひょっとしてあいつ、俺に惚れてるな? 寺院内で色恋事は禁忌。
情を面に出しては罰されるという訳か……。あ、一つ食べる?」
口をもごもごさせながら喋る武芸者。
「いや、いい。……ク、しかしお主のプラス思考には見上げたものがある。
或いはその心構えが、不屈の闘志の土壌に他ならぬということか」
「よくわからんが、褒めてくれるのは嬉しいぜ」
尋常ならざるスピードで盆に盛られた和菓子をたいらげ、
口元に付着した食べかすを拭い、再度門番と共に景色の鑑賞へと戻る武芸者。
臓硯翁に伝え聞くところのフユキの街――――。
珍妙な形の家に、多国制でもあるまいに幾つも建てられた巨大な城。
街に大きく渡された路道の上に毛虫の如く這う、デンシャなる鉄の箱。
目を凝らせば、クルマとかいう乗り物が、数え切れぬ程動いている。
街道を歩く人々は理解の遠い格好に身を飾り、
ケイタイとかいうアイテムを全員懐に潜めている。
数多の平行世界を旅してきた彼とはいえ、フユキは度を越して奇怪な存在であった。
しかし、尚更奇怪なのは外面だけに留まることは無く――――
「――――誰もが、平和を謳歌している……」
おかしな話である。
この世界には人々を襲う魔物がいない。
迎撃するための武器だってない。防具がない。
それどころか、薙刀を背負って街中を闊歩していると、番兵らしき男に注意までされる始末。
そう。詰まるところ、フユキは恐ろしい程に穏やかなのだ。
……無数の戦場を渡り歩いてきた彼が、不覚にも定住すら考えてしまうくらいに。
「……そういえばお主、教会のランサーの所へは行かなくて良いのか?
余計なお世話かもしれぬが、昨今足を運ぶのは、寺ばかりではないか」
唐突に投げかけられた声に体を震わせ、我へと返る。
確かに足が遠のいていたのは事実であるし、
行こうと思えばいつでも向かえるのも事実である。
だからといって、決してあの痛快な男に愛想を尽かしたという訳ではない。
これには彼自身納得しかねる理由が存在した。
「いや、俺だって奴に会いたいと思ってるよ。
でもさ、俺が名乗った途端、血相変えて『教会には近寄るな』なんて言いやがるんだ。
曰く金ピカに気をつけろとか……。俺、全然わからねぇよ……」
しょんぼりと肩を落とすギルガメッシュ。
対する聞き手はそれまでの静謐な振る舞いから一転し、
心底愉快そうに腹の底から笑い声をあげる始末。
「ク、ク……。い、いや、すまぬ。気分を害したのなら謝ろう。
だが忠告は真剣に聞いておくものだぞ?
存外にお主、命に関わる危機に見舞われておるやもしれぬのだからな」
「……わけわかんね」
湯のみに注がれたお茶を一息で飲み干し、胡坐を解いて立ち上がる。
景観を愛でる、という遊興も悪くはないのだが、
やはり武芸一筋の彼には少々退屈に過ぎたようだ。
「ごちそうさん。中に入るなって言われてるし、盆はここに置いとくぜ。……じゃ、また来るわ」
振り返らず手をはためかせるのみに留め、それを別れの挨拶とする。
一見ぶっきらぼうとも受け取れる行いであったが、
当の門番はあくまで涼しげな笑みを崩さず、去り行く背中をただじっと見詰めていた。
「だが……フフ、我が秘剣――――
三つの円を残らず受け止めてみせた者なぞ、ギルガメッシュ、貴様が初めてよ。
八本もの腕を持つ阿修羅の鬼神ならば、或いは英雄王にも……」
上って来たときとはまた逆に、
降りるときにかかる重圧といえば、全く趣を異にするものである。
例えば手摺も何も無いここで足を滑らせれば、
果たしてこの身に降りかかる災厄は如何程のものか?
ぼんやりとサディズムにも通ずる発想に思いを巡らせ、
今夜の夕食は何が出てくるのだろうかと次の話題に差し掛かった頃――――
「……あん?」
白い白髪は雪より白く。
赤い瞳は野原に戯れる兎のように。
ぼやけた眼を慌てて両手で擦れば、何時の間に現れたものやら、
春夏秋冬の四季の理に置き去りにされた、季節外れの冬の精を見つけた。
今は春。冬の到来は、生憎とまた暦を一巡しなければ回ってこない。
「ああ? 何だぁ?」
「…………」
ギルガメッシュとて並の男ではない。
潜った修羅場など数知れず、身に宿す武練も、
眼前の小娘を寄せ付けぬ程度には気概が存在した。
だが、数多の自負を前にして尚、冬の娘が帯びる虹彩は深く、
無骨者の足を知らずと止めさせるくらいに蠱惑的であったのも事実だ。
「……何か用かい? ないんなら行くぜ」
――――とはいえ、それも一瞬のこと。
魅了の魔眼が通じる対象とは、精々常なる識に囚われ、
未だ解脱を果たせぬ未熟者に限定された話。
一般の常識が通じ得ぬ男に自身の常識が通じる道理など、何処にも在りはしないのだ。
「ま、待ちなさい!」
「?」
「お願いっ! お、お願いだから……」
大きく息を吸い、何かを定めるかのように、赤く大きな目を伏せる。
果たして少女の真摯な意気込みに魅せられたのか。
再度男の足を止めたものは、魔術でも何でもない。ただの小さな決意だ。
「――――シロウを、助けてあげて……」
そう言い、先程とはうって変わって弱々しく、蹲り嗚咽すら漏らす人ならざる少女。
とはいえ彼は、子供をあやし慣れた熟練の保育士でもなければ、
厳格なる学校の教師でもなく……
したがって、憐れにも赤い目をいっそう赤く泣き腫らす幼子なぞ扱いきれる筈も無く、
少女に負けじとオロオロ手をこまねくしか仕様が無かった。
(所詮はこれも、平和で些細な日常の一部)
そう侮っていたからこそ、一転して受けた衝撃は計り知れない。
――――その小さな掌に覆われた、黒い水晶を目にしたときの衝撃は。
「――――――――!!?」
頭に鋭い電流が走ると共に、
瞬間、倍速で再生されるクリスタルの戦士との戦い。
光と闇の二重螺旋。
表と裏。二つの世界。
錆び付き動くことを止めていた歯車が、軋みをあげて廻り始める。
深く奥底に秘めた願いの成就……。
長らく次元を彷徨い求めてきた者との再会は、実にこの直後のことである。
――Interlude out.
爽快、と問われれば、爽快と答えたかもしれない。
人生初の空中落下は心躍るものがあったし、
寸前まで乗っていた飛空艇の乗り心地も中々悪くなかった。
視界一面に広がるザルカバードの雪景色も冬木のソレとは比較にならぬほど広く厚く、
雪ダルマや雪合戦の甘い誘惑に耐えるのも一苦労である。
故に、だろうか。
思えばいくら周囲の景観にはしゃごうとも、
暗雲に閉ざされた天空による薄暗さだけは誤魔化し様がなかったというのに。
呆気なく侵入を果たした闇の王の城、ズヴァール城は、それこそ人外魔境に他ならない。
むしろ数え切れぬ魔物が歓待してくれた方が、
心の負担という面で捉えるのならば、遥かに容易であった。
「……何だ、コレ」
呟きは城内を包む暗闇に目が慣れてきた頃に放たれた。
剣で切り裂いた痕があるのは解る。確証はないものの、心当たりがある。
大砲で弾き飛ばしたかのような痕も、まだ理解の範疇だ。
心当たりは流石にないが、人智が及ぶという面で許容できる。
むしろ、許せないのは三様の死に様。
それこそ――――炭に到るまで燃やし尽くされ、刺激臭を放つ悪魔。
それこそ――――氷漬けという単語が相応しいくらいに、硬く埋もれた悪魔。
それこそ――――地に揚げられた魚のように、死してなお痙攣をやめぬ悪魔。
「…………」
……そして、傍らに視線を移せば、あちらこちらに存在する霊障に苦しみ、
内から湧き上がる痛みに耐え、自ら肩を抱く聖女の哀れな姿。
――――思うな。
半ば予想はしていたこと。それを踏まえて尚止めなかった俺に、そんな資格など、ない。
「勘違いも……甚だしくなくて?」
「……カレン」
「誰がいつ、貴方に責を問うたのかしら?
身も蓋もない問答に心を費やす暇があるならば、一歩でも前に足を進めるべきかと。
生憎、私にはこんな気味の悪い所に長居をする趣味などないわ……。早く行きましょう」
白い肌は死人と見紛うかのように青褪め。
綺麗な目元には寝不足でもあるまいに隈が出来。
整然とした足取りは既に跡形も残らず。
否も応もない。ここまで来てしまった以上、最早引き返すことなど不可能でしかない。
ただ出来ることといえば、彼女の苦しみを長引かせぬよう、最速を心がけるのみ。
だが、せめて――――
「……士郎?」
せめて危うく傾ぐ彼女の身体を支えてあげるくらいは
あってもいいんじゃないかと思うのは、自身の驕りに過ぎないのだろうか。
抵抗しないカレンを抱え、暗く不穏な通路を渡り歩く。
複雑な構造に迷いながらも着々と歩を進め、
やがて角を曲がった先にある大広間へと辿り着いたとき。
「――――!」
辺りに散らばる変死体はいったい何なのか。
何故先程から生きている魔物の姿が見えないのか。
疑問符の正体が、全て解けた。
投票結果
最終更新:2008年08月19日 03:21