96 :ファイナル ファンタズム ◆6/PgkFs4qM:2008/03/16(日) 00:39:55


――Interlude


 それは信じられない出来事だった。
 広間に季節ごと到来した、大気を漂よう雪の結晶も。
 凍てつく寒さも。髪に纏わりつく霜も。
 剣を握る指先は既に感覚を失い、
 長年の宿敵を前に昂ぶる血潮は最早流動を止め、
 生命の息吹が翳りをみせていても。
 短いとはいえ確かに耐え抜いた今生の中で、
 最も死を連想させる恐ろしき相手を前にしても。
 ――――この衝撃には程遠い。
 会いたかった?
 否、違う。
 喩えどれだけ否定されようとも。
 不動の誓いを課せられようとも。
 私は彼に会いたくなどなかった。求めてなどいなかった。
 ――恐らくは、眼前で命を賭けた決闘に臨む、
 そして私と同じく、驚きに目を二回り程大きく見開く彼女も。
 脳裏に浮かんだ感情は、ただひたすらに原始的な、『何故』の疑問符。
 もう、とうに袂を分かち、決別した人なのに――――?

「あ……」

 冷えて薄氷がこびり付いた剣が、どうしてか急に重く両手に圧し掛かり、
 つい、耐え切れずに暗く濁った地面へと落としてしまう。
 それは決定的過ぎるほどの油断。
 相対する『敵』に問答無用で切り伏せられようとも、
 何の文句も赦されない腑抜けの所業。

「……ブリザドⅡ」

 私と同様彼と懇意であるというのに、流石の彼女もこの隙を見逃してなどくれなかったらしく、
 召喚した神獣を操り、一種の呆れすら呪法を紡ぐ声に込め、容赦なく氷の飛礫を浴びせてくる。

 ――氷の女王。彼女にはとある逸話が存在する。
 かつて存在した南方の小国に即位していた女王シヴァ。
 しかし大国に内通していた公爵の裏切りに遭い極北の地に追放され、
 国を奪われるという悲劇に見舞われる。
 後に祖国を失った忠臣が救出に向かったものの、
 そこには既に生前の美しい彼女の姿はなく、
 冷たい氷に閉ざされた彼女の亡骸だけがあった。
 彼女の死に深く慟哭した忠節の騎士達はその場で命を断ち、
 それから数年後、彼女の怒りの顕現か、
 南方の大国には、それは激しい雹の雨が降るようになった。
 シヴァの怒りと恐れた大国の王は、
 その怒りを鎮めるため、彼女を祭る神殿を建てたとされる……。

 眼前に佇む女は、伝説にまで昇華された神の化身。
 ああ、だというのに、
 これほどの相手を前にして尚、
 この感情が、この感情が、この感情が、この感情が、
 この感情が、この感情が、この感情が、この感情が、
 ――――本当に、余計だ。

「だけど、シロウ――――」

 自らの意思に反して浮かび上がる涙が、拭うよりも先に冷たい氷片へと変わる。
 死の淵に立たされて尚、熱く火照るこの想い。
 十数年に及ぶ長き時に渡って胸の内に居座り続けたこの感情こそ、
 掛け替えもなく優しい真実だと思いたいから。


――Interlude out.


「熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!」

 願うよりも先に。
 いらぬ思考に時を費やすよりも先に。
 重く鈍い魔術回路は流れる河川の如く滑らかに起動し、
 自身が保持する唯一の防御宝具の設計図、
 トロイ戦争を駆け抜けた英雄アイアスの盾を投影していた。
 空中に描かれる円環は、完璧には程遠い四枚の花弁。
 だがそれでいい。
 重要なのは、目の前の少女を如何にして守れるかという事実。
 花冠は傷つき蹲る彼女を優しく包み込み、
 襲い来る雹、つらら、吹雪の脅威から完全に寸断していた。

「莫耶!」
「…………」

 とりあえずは目前に迫った脅威を逃れ得たことに胸を撫で下ろし、
 息をつくより先に、探し人であった彼女の元へと駆け寄る。
 蹲る彼女は疲弊しきっているのかこちらの返事には応じず、
 加えて視線を向けようとすらしない。
 悪い予感が脳裏を駆け抜けるも、深く彼女の様子を窺い見れば、
 冷えて白い肌こそ痛ましいものの、それでも確かに“生”の温かみが見受けられた。

「――――無事で良かった。急にいなくなるものだからさ、心配したんだぞ」
「…………」
「? おい、莫耶?」

 喋っている間もずっと下を睨んでいた莫耶の目が徐々に細まり、
 心なしか、眉間には苦しそうに堪える縦皺が刻まれていく。
 不思議と、それが憤怒の表情というよりも、
 俺にはむしろ、内に秘める苦悶に耐える仕草として映った。

「……何故……」
「……え?」
「……何故、ここへ?」
「何故……って? いや、お前が心配だから……」

 その言葉を引き金に、
 それまで無表情を取り繕っていた顔が一気に豹変し、
 鋭い視線を以って俺の瞳を射抜く。
 ……その目には、信じられないことに、
 俺に対する憎悪の感情すら篭められていた。

「貴方に……」
「ばく……や?」
「貴方に、私の何がわかる?」
「!」
「思い上がらないで欲しい。貴方程度の人間に、私の何がわかるというのだ。
 心配、だと?
 一人では生まれたての魔物すら倒せない未熟な狩人に、心配される謂れなどあり得ない。
 ふん。それほどの成長など、貴方には望むべくもないだろうが」
「謂れって――――俺は、ただ……!」
「……貴方は自分の命が勘定に入っていない。
 そのような人間に、こんな処まで守られに来る覚えなどない。
 自分より他者の命を優先させる、生きた屍……。
 自身の命の価値すら理解できぬから、のこのことこのような場所にまで来られる」
「お前、莫耶……」
「気に障ったと? ならば早く最寄の街に帰るといい。
 貴方には帰りを待っていてくれる人がいるのだろう?
 頼むから戻ってくれ。貴方では足手纏いにしかならない」

 頭を中心にして、沸々と体温が上がっていくのを自覚する。
 撃鉄がガチャリと重い音を響かせ、所定の位置に嵌まり込む。
 にべもなく宣言できる。
 目下の俺は、この上なく怒っているのだと。
 俺は……。


Ⅰ:キレて帰る
Ⅱ:堪える
Ⅲ:カレンが歩み寄ってきた


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最終更新:2008年08月19日 03:21