142 :ファイナル ファンタズム ◆6/PgkFs4qM:2008/03/18(火) 23:46:50


「ああ、そうかよ……」

 予想だにしなかった拒絶と否定。
 当の俺はといえば、汗を含ませた手の平を真っ赤に握り締め、
 知らずと眉間に深い皺を作り、激しい憤りに身を焦がす有様。
 もとより気の長い性質ではない。
 この腹中深く渦巻く膨大な怒気を抑え込む術など己に備わっている筈はなく――――
 したがって、残された道といえば、
 粗野とも取れる手段で相手にぶちまけるしか法はなかった。

「なら、もう勝手に―――――っ!! ……むぐっ!?」

 ――――まあ。
 それはブレーキ役のいない、俺一人を前提にしての話な訳だが。

「むぐ、ガレン?」

 息巻く感情に流れを任せ、彼女の拒絶を同じく拒絶で言い返そうとした矢先。
 背後の薄闇から生えてきた白い指がいきり立つ唇を押さえ込み、
 決定的な一言が紡がれるのを寸での所でガードする。
 直後、“何故”と“どうして”をない交ぜにした不快さが頭蓋を横行するも、
 数秒を経ずしてカレンの真意と自らの短気に思い至り、
 結局のところ、不承ながらも彼女のファインプレーに感謝する羽目となった。
 ……若干の蔑みを含めた呆れ顔が、目に痛い。

「カレン! それに、マキナも……。どうして、貴女達までここに……」

 思いも依らなかったであろう、まさかの全員集合。
 とはいえ、ここは生死もかくやと言わんばかりの非日常の域。
 まさか『皆で渡れば怖くない』のルールが当て嵌まるほど容易い状況でもなく、
 加えて彼女は曖昧に断ずるのを良しとせず、
 眼に宿された険はいっそう深く顕著でしかない。

「何を……何を考えているのだ、貴女達は!? 命が惜しくないのか!?
 ほ、本当に死んでしまうかもしれないというのに……どうして!? どうしてッ!?」

 常時の凛々しさをかなぐり捨てて喚き散らすその様には、
 却って追い詰められるというより、むしろ、悲哀に近い情を抱かざるを得ない。
 それでも、少女の激情から目を逸らすことなく全て受け止めた上で、
 黒衣の聖女は静かに、幼子に言って聞かすような語調で淡々と言葉を紡いだ。

「ご安心を。彼が命を落とすようなことなどありません。
 身を挺してでも私が守り通します。……主に誓って」
「……答えになっていない。貴女が傷つけば、シロウも悲しむ。
 それでは、どちらにしろ救われないではないか」
「違うわ。そうはなりません。何故なら――――」

 そう言い、カレンはひどく穏やかな目で、
 胸元に据えられた俺へと視線を送る。
 金色の瞳はいつになく綺麗に澄んでいて――――
 ただ目が合わさっただけというのに、
 不覚にも心臓がドキリと脈打つ体たらく。

「何故なら、彼が私を守ってくれるのですもの」

 この胸の高鳴りが慕情のソレだというのなら。
 ――――ああ、間違いなく言える。
 衛宮士郎は、この女に骨の髄までイカれているのだと。

「カレン、貴女は……」
「重ねて、苦悩に喘ぐ魂を救うのは聖職者の務めですから。貴女も。闇の王も」
「闇の王? ……奴を救う価値など、何処にもありはしない。
 世界中の幾千幾万の怨嗟に蝕まれることはあれ、救いなど、そんな世迷い事……」
「それでも、彼の悲しみを想えば、祈らずにはいられないのです。
 30年に及ぶ苦難に赦しを与え、自虐の束縛から解放してあげたい。
 それに関しては、私は貴女とそこの召喚者も同義と捉えています」

 途端、彼女の指摘を受けてか、何も無い暗闇に走る動揺の気配。
 ……そういえば、つい討論に夢中になって失念していたのだが、
 今し方莫耶を襲っていた水色の魔物(?)の姿は、
 今はどうしてか不動の姿勢を保ち、こちらに襲い掛かってくることはなかった。
 カレンは召喚という言葉を使ったが、まさか、
 あの人型の何かはサーヴァントと同じくヒトの魔力の顕現だというのか。

「…………」

 果たしてそれは姿を隠すことの無意味さを悟っての行いか。
 闇に紛れて身を隠していた『召喚者』とやらの塊が、徐々に形と色を成していき――――

「……えっ?」

 ――――かつて短くない時を過ごした、知己の一人へと姿を変えた。

「……やっ、久しぶり。シロウ、マキナ」
「あなた……」
「バタコ、か?」

 短い手で大きな頭を掻く仕草は、少々罰が悪そうに。
 黒いおさげが特徴的な、勝気な彼女が眼前に佇んでいた。

「…………彼女は、私の父が治めていた国の民だった者だよ」

 ポツリと。
 誰に問われた訳でもなく、呆ける頭で無心となる俺を傍目に、
 且つ一種の諦観すら感じさせる重苦しさで、莫耶は語る。

「国、といっても、三国に比肩するべくもない小国だったのだが。
 私はそこで、王家に属する者として後継となるべく皇の位を授けられていた」
「後継って……えと、つまりアナタはお姫様だってこと?」

 隣に居る巻菜の戸惑いも、どこか薄気味悪い温度差に隔たれ、
 遥か遠い出来事の一幕にしか思えない。
 加えて俺自身、殊の外落ち着き払っているという事実も。
 何故だろう。こんなトンデモ話、普通なら信じる間隙すら生じ得ないというのに。

「正確には、違う。
 当時の王室は男子に恵まれず、
 それを危惧した父は私の性別を偽り、男として世に公示していたからな。
 だがそれも、今となっては用をなさない残滓の名残。
 こうして考えること自体、無為に過ぎない。何故なら――」
「何故なら、肝心の国は魔物に滅ぼされちゃっているからね。
 もうないモノに対してあれこれ語っても、仕方が無いでしょう?」

 いやにこざっぱりとした物言いとは逆に、
 無念そうに唇を噛み締め、形を歪める少女の碧眼。

「では、どうして貴女達は互いに争っているのかしら……と訊ねるのは愚問でしょうか?
 いえ、無為であり、仕方の無いモノならば、敢えて争う必要もない、と見受けましたので」
「そんな風に簡単に割り切れたら楽だったんだけど。
 生憎、どうしても許せないこととか、
 ハッキリしとかなくちゃいけないこととか、多いのよね」

 皆が無条件で仲良くできれば永遠に平和なのに、と付け加え、
 バタコは小さな溜息を漏らす。
 ……皮肉を意識してのことではない。
 むしろその呟きには、微かな疲労の色が含まれていた。

「……私も、生き残った最後の王族として、
 彼女の訴えから身を逸らすことなど許されないと覚悟している。
 だから、シロウ、カレン、マキナ。この決闘には誰一人として手を出さないで欲しい。
 彼女は、他の誰でもない、私自身が受け止めねばならないことだから」

 ――――ああ、そうか。
 何故自分がこんなに落ち着いていられるのか、ようやっと合点がいった。
 ひどく、似ているのだ。
 さらさらと流れる金髪と、正しき光を秘めた碧の眼。
 真っ直ぐと彼方を見つめる端正な顔つき。
 外見のみならず、理念、境遇、果てはユメの結末さえも。
 国という巨大な流れに翻弄され、守る筈だった者に恨まれることすらも。
 なるほど、彼女の言うように、俺はまるで理解になど到っていなかった。
 だが、強いて救いを求めるのならば――――
 俺の知る彼女は、既に理想を全うし、自身の幕を閉じた者……。
 俺の知る彼女は、未だ理想を拓かず、自身の幕を開いた者……。
 意を決し、口内の唾を飲み込む。
 莫耶という人間を知ってしまった以上、最早とるべき道はひとつでしかない。



Ⅰ:彼女らを信頼し、闇の王の元へ
Ⅱ:彼女らを信頼し、闇の王の元へ(カリバーンを投影)
Ⅲ:せめて見守る
Ⅳ:女の子が戦っちゃ駄目だ


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最終更新:2008年08月19日 03:22