207 :ファイナル ファンタズム ◆6/PgkFs4qM:2008/03/22(土) 23:11:40
「喧嘩しちゃ駄目だってのは、無理……だよな」
言ってから彼女らの反応を確かめるべく首を巡らせるも、
両者とも事前に打ち合わせていたかのように俯き、
硬い表情で口を閉ざすばかり。
……わかっている。
今し方この決闘に臨む二人の気概を聞き入れた手前、
この期に及んで仲裁を図るほど俺は腑抜けていないと自負している。
だから、これはあくまで確認。
彼女らではなく、寧ろ俺のための覚悟の後押し。
「――――そっか。
じゃあ、さ。俺もここを動かないことにする。
止めることも、とりなすことも出来ないのなら、
せめてここで見ているよ。……えと、カレン、巻菜。構わないか?」
抵抗無く首を縦に振る巻菜と、無言で手と手を組み黙祷を捧げるカレン。
……そんな二人に対し、心中で感謝の念を述べる。
一方の彼女らはというと、
全員一致で居座りを決めた俺達が余程驚嘆に値したらしく、
申し訳なさやら困惑やら呆れやら、
様々な私情が練り合わされた複雑な表情を浮かべていたのだけれど。
「……一つ警告しておくけど。
多分、見ていて気持ちのいいモノじゃないわよ? コレ。
出来れば、誰にも見られず、ひっそりと決着をつけたいのだけれど」
「悪いが、その申し出は却下だ。
莫耶もお前も。どちらも俺の……俺達の、大切な仲間だからな。
それに、二人の一大事に何の関与も無しなんて、正直情けないだろ?」
裏を返せば、ただ良心の呵責に耐えかねた苦し紛れの振る舞い。
上っ面だけ取り繕った、偽善の所業。
「…………」
「…………」
――――それでも。
自身の一部を失うというコトは、痛いし怖い。
もしそれにケチをつける輩がいるのなら、
余計なお世話だと突っ撥ねてやりたいところだ。
「じゃ、気を取り直して。再開しよっか」
「ああ。……皆、重ねて言うが、絶対に手出しはしないで欲しい。
これは私達の間に存在する業を廻った、ひどく私的な戦いだ。
故に第三者の手を煩わせる訳にはいかない」
三人とも一様に頷き、賛同の意を示す。
それを確認した莫耶は地に落ちた片手剣を拾い、
右足を後ろに左半身となり、握った剣を右脇に構え、
刀身をやや斜め下に移動させる。
陽の構え――――別名、脇構え。
刀身を半身で覆い隠すことにより初手を読ませず機先を優位に進ませるという、
その静かな佇まいからは連想し難い、最も攻撃的な型の一つ。
加えて、稽古の際に俺から少女へと伝播した、確かな繋がりの証。
じり、と鉄の靴が間合いを詰める中、
召喚士の少女は何を思ってか口を開く。
対峙する剣士にではなく、観戦する俺に向けて口を開く。
「最後にどうしても言っておかなきゃならないことがあるの。
貴方、いつかの船上で不可解な獣に襲われて、
両腕に大怪我を負ったことがあるでしょう?
……ゴメン。あれ、私の仕業。私が召喚した、幻獣の仕業。
誓ってシロウに怪我をさせるのが目的じゃなかったのだけれど……
その後も謝る機会があったのに、黙っていて、ゴメン」
「……いいよ、俺のことなんて。
それより、最後なんて言うな。縁起でもない」
その言葉を受け、バタコははにかみ、背中を向ける。
「シロウ、私からも。
……その、先程は貴方に辛くあたってしまい、すまなかった……。
出来ることなら、我が身の落ち度を許して欲しい……」
俯く莫耶に対し、微笑で応える。
確かに彼女の言葉には胸を刺されたものだが、
許す許さないの次元で語るのならば、既に思案するのも愚かしい話というもの。
――――さて、広間に佇む俺達を壁の花とし、
充分な距離を開けた上で、これから彼女らの言う『決闘』が行われる訳だが。
改めて思い返してみれば、その認識こそ甘かったと言わざるを得ない。
幼児の馴れ合いではあるまいに、加えてココは並の世界より些かハードな幻想世界。
幻想の住人同士が本気で相争えば“どうなるか”なんて、事前に半ば予想できたというのに。
後悔という言葉で括るにしては、厄介なことに自愛が過ぎる。
――Interlude
先攻は、敢えて譲った。
口惜しいことに彼女の言い分には侵し難い正当な理がある上に、
加えて二度目の再会の折に犯した致命的なミス、
彼女の仔細を完璧なまでに忘れていたという負い目が重く圧し掛かる。
あれ程までに私を想っていてくれたというのに、
当の私は自身の未熟に夢中となり、彼女のことなど一顧だにしなかったのだ。
罪滅ぼしなどと嘯くつもりは微塵もないが、
己の慙愧を想えば、やはり躊躇なく攻め入るのは抵抗があった。
「――――フン。契約の履行、幻術。アクスキック」
「! 様子見か……」
先程の小休止を警戒してのことか。
眼前の召喚士の初手は、何の変哲も無い魔力を通わせただけの蹴り。
側面目掛けて払われる女王の細足を難なくいなし、
返す刃をそのまま細い首筋目掛け走らせるも――――隙だらけの懐に迫る黒い影。
課せられたリスクにあまりにも見合わぬ、術者の特攻。
無論、前衛ジョブには遠く及ばぬ短剣の軽い一撃など
さして労することなく篭手で弾くことができたが、横合いから飛来する神獣のソレは別。
野鳥の嘴の如き爪先が鎧越しに脇腹を抉り、
円錐を思い起こす鋭利な衝撃が柔い外殻を貫き、
強烈な嘔吐感を誘う共に中身の臓腑を引っ掻きまわす。
「ぐ……! ちっ」
「うふっ。……ねぇ、半年前……
もっとも、アナタにとっては十年近く前なワケだけど、
巡り巡って港町でアナタと邂逅した時、どれだけ私がショックを受けたと思う?」
「…………」
問いには答えず、風切り音を発しながら迫り来る爪を捌く事に神経を費やす。
その爪撃、唐竹から袈裟、左斬上から逆袈に到るまで縦横無尽。
捌き損ねた一振りが頬を掠め、
知らずと浮かび上がらせた汗粒を氷の飛礫へと変えていき、
それが萎縮した己の肝を虚々実々共に凍らせていく。
口を開く油断すら惜しい。自分は今、人を超えた生物と矛を交わしているのだ。
「でも、その後のバストゥークでの再会。アナタは私を忘れていた。
こんなにもアナタに想い焦がれていたというのに……。
――――履行、精霊魔法。ブリザドⅣ」
途端、彼女の召喚獣の前に、幾重もの青い魔方陣が連なっていく。
――――マズイ、それは。
それまで神獣の手足にばかり注意を巡らせていたのが却って仇となったのか、
幻獣越しに構える召喚士の詠唱を止めさせるには二手ほど遅い挙動が恨めしい。
数瞬後に訪れるであろう直撃は、
まず間違いなく、確かな現実となってこの身に降りかかるだろう。
「……シェルⅡ!」
ほぼ反射的に緑色に発光する魔方陣を紡ぎ合い、重ねた結界を前面に展開。
だが、所詮は齧った程度の、本職には遠く及ばぬ気休めの魔法。
「そんなカビの生えた強化魔法じゃ、私の精霊魔法は防げないわよ?」
互いの魔力の衝突が齎した帰結など、敢えて語るまでも無く――――
先程の彼女の特攻とは逆の演出に皮肉を覚えながら、数多の氷塊に埋もれ、
自身の体躯は遥か後方へと吹っ飛んでいく。
二転三転と転がり続け、やがて柱に当たって止まるまで進んだ頃。
開けた視界は常時と違って何故だか白い靄がかかっており、
突如として顕れた原因不明の異常は、喩え様のない空恐ろしさを湧き立たせた。
「莫耶!」
「だ、大丈夫! 絶対に手を出さないでくれ!」
私を心配する彼に対し、思考の工程をいくらか省いて返事を投げかける。
……ややあってから自身の素っ気無さに思い至り、無碍に扱った自分に嫌悪感が募る。
折角シロウが安否を気遣ってくれたというのに……。
黒く変色した指先よりも。裂けて流れる血潮よりも。
不器用で誰かの気持ちの察してあげられぬ自分が、ただひたすらに悲しく、痛々しい。
だが、そんな思いに耽る間も彼女は赦してくれず、
倒れ伏す私の目と鼻の先にまで迫った小さな足が、
冷や水を被ったが如く現実へと呼び醒ます。
「刹那の一瞬が永劫に続きますように……」
「く、ぅ…………アビリティ、『インビンシブル』!」
未だ痺れの残る手足をどうにか鼓舞して立ち上がり、
再度、傾ぐ剣を真っ直ぐ正眼に構え直す。
大丈夫だ。切り札のインビンシブルが機能している以上、どのような物理攻撃だって――――
「アビリティ、『アストラルフロウ』発動。究極履行――――ダイヤモンドダスト」
――――――――。
「…………」
「リレイズピアスを付けていたのね……。
蘇生と衰弱の回復を終えるまで、いったい何分かかるのかしら?」
――Interlude out.
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最終更新:2008年08月19日 03:22