575 :ファイナル ファンタズム ◆1Qzcy9d/Tg:2008/04/19(土) 14:16:18
重く分厚い鉄扉を、低く構えた腰と腿に力を込めて、前へ前へと押しやって行く。
その度に砂利を含めた接合部が厭な音をたてて耳に響き、何のことはない、
自らの行為が引き金となって起きている現象だというのに、一様には言い難い怖気を背中に走らせた。
否定できない、抑えることが出来ない、ひっきりなしに込み上がってくる感情の渦。
俺は……ここにきて今更、何をやっているのだろう。
彼女達から受け取った想いは、決して偽りではないというのに……。
「大丈夫よ……」
「…………」
「大丈夫。安心して、士郎」
そっと背中に添えられた柔らかな手の平。ふわふわと弾力をはね返す波がかった髪。
――そして鼻先へと微かに届く、香水ならぬ、消毒液のほのかな臭い。
服を挿んで伝わってくる彼女の体温があまりにも穏やかなものだから、
逸る心は凪の海面の如く鎮まり、却って白日の下に晒された己の変わり様の程に動揺する羽目となった。
その拍子に慌てて後ろの彼女に振り向こうと首を巡らせるも――
どうしてかカレンはぴったりと顔を寄せており、
いくら振り向こうとも彼女の姿を認めることが出来ない有様。
そんな俺の間抜けな様が可笑しく映ったのか、直後、悪戯っぽく吐息をこぼす聖女の微笑。
「貴方は私が守る。何も不安に思うことなんてないわ」
「うん……」
両者ともそれきり口を閉ざし、黙したまま数分の時を費やしていく。
思うことは種々雑多。
『ああ、こいつ、いい女だな』とか、『この件が一段落したら、またデートに行きたいな』とか、
『やべ、ちょっと依存し過ぎているかも?』とか。
だから帰ったら――――もう少し、偶にはもうちょっと優しくしてあげるのもいいかもしれない。
やがて頃合いを見計らってカレンが離れ、
次いで平静を取り戻した俺も扉に手をやり、再び力を込める作業に戻る。
扉が動く度に響く不快な音はどうしようもなかったけれど、
まさか勇気付けられた直後に怖気づく訳にもいかず、痺れる手を止めずにどんどん押しやっていく。
最初は細い線に過ぎなかった縦線も徐々に太さを増していき、遂には人が通れる広さを得るまで拡がり、
不明だった中の様相をはっきりと俺達に示す程にまで大きくなった。
奥の方で薄っすらと赤く発光する何かの紋様……。
そうしてカレンと共に隙間を潜り改めて中の様子を認めてみれば――――
そこには想像していた恐ろしい怪物など微塵も存在せず、代わって広大なドームの中央に、
全身を漆黒の鎧に包み、こちらに背を向けて佇む大男の姿しかなかった。
仰ぐ視線は虚空を睨み、当の俺達が入ってきたことにはまるで気がついていない。
「……もしかして、アイツが闇の王なのか?」
「いえ、そんな筈は……」
奇怪な風貌であるのは間違いないのだが、アレは紛れもなく人間である。
まさか人間が獣人族を束ねる闇の王だというのか……?
予想だにしなかった出来事に、
何事にも動じないカレンも流石に戸惑いを隠せないらしく、瞬時に二の句を繋ごうとはしない。
はてさて、逸る心に任せて声をかけるべきか、それとも用心深く様子を見るべきか、
どれが最良の選択なのか考えあぐねた時――――
「な……っ!?」
「!!」
異変は、起きた。
何故最初に黒い騎士ではなく、奥の紋様の下に安置された棺に気付かなかったのだろう。
いや、棺として認識するにしては、“ソレ”はあまりに圧倒的に過ぎた。
ゆうに一戸建ての邸宅に匹敵する石の塊。誰が一目でその巨岩を棺と看破できるというのか。
では何故俺達がすぐにそれを棺と理解できたかという訳だが…………理由は、単純でしかない。
厚く重なっていた上蓋が、ゆっくり横へとずれたからだ。
そう。仮初の命を与えられた死者が、偽りの生を謳歌するかの如く。
「闇の王……ッ」
黒い騎士が背負った大剣を抜き放ち、棺に向けて構える。
そして、それに呼応するかのように、黒い腕が暗い天井に向かって伸び、
何かを掴もうとしているのか、五指を忙しなく宙に蠢かせた。
「ハ――――、」
やがて行き場のない揚力は開け放たれた石棺の縁へと漂着し、
確かな質量を以って底に沈んだ体を外へと持ち上げていく。
まず顔が見えた。
目がある。鼻がある。口がある。
――――角があった。体表は黒く光沢を宿していた。金色に輝く鋭い眼光があった。
「ハ、ハ――――」
大きかった。そこいらの小さなビルより大きかった。
俺とセイバーを散々苦しめた、あのバーサーカーの倍以上の巨躯。
俺達の何倍も、何倍も大きかった。
だが何よりも俺達を芯から凍りつかせたのは――――
「暗黒騎士……。二十年ぶりだな、ザイド」
「ちッ、なんてことだ! 本当に、こんなことが……!?」
「俺は死なぬ。お前達人間を……ヒュームを根絶やしにするまでは、何度でも甦る。
それに、もとより俺は長命種だ。そう簡単に消されはせぬぞ」
――――出会ったばかりの俺達を、本気で憎んでいるという矛盾した事実。
……懐に忍ばせたクリスタルが、微かに煌く。
そうしていつかの寝床と同じように、衛宮士郎は三度目の夢を見た。
――――――――。
一体ここはどこなのか――――。
薄暗い氷の囲い。温かな地表とは隔絶された地に、
豊かな口髭を蓄えた男と、大柄な体を持つガルカの姿があった。
「無様だな、ラオグリムよ」
隠そうともしない男の嘲笑が、対面のガルカに向けて浴びせられる。
一方のガルカ――ラオグリムと呼ばれた男は、
悔しそうに歯軋りをして蹲るばかりで、碌に反論を返そうとはしない。
得意そうに顔を歪ませる男の手には、赤い液体に濡れた銀の輝き。
蹲るガルカの腹部から押さえる手の隙間を抜けて赤い液体が滴り落ち、澄んだ青色の大地を醜く汚した。
「ウルリッヒ、貴様……!」
「前からお前が気に食わなかったんだよ!」
「何故だ、ウルリッヒ!」
「長生きしか能のない、亜人間のガルカの癖に!
バストゥークの誉れ高き銃士隊隊長だと!? この俺を差し置いて!
オマケに獣人どもと手を取り合えだの呆けやがって……ふざけるなッ!!」
「自分が何をしているのか、分かっているのか!?」
「黙れ!」
尚も説得を試みる態度に逆上し、
燃え盛る憎悪に顔を歪ませたウルリッヒの凶刃が、蹲るラオグリム目掛け襲い掛かる。
そしてそのまま無抵抗の彼に剣先が届く刹那――――
一つの影が、両者の間に割って入り……嫉妬に狂ったウルリッヒと、ぶつかった。
「う、うあ……」
「コー、ネリア……?」
ラオグリムの前に手を広げ、彼を守るように立ちはだかるヒュームの女性。
そして……深々と腹部に突き刺さった剣。
許容できない事実に直面し、怯えを滲ませながら、逃げるようにその場を離れるウルリッヒ。
残されたものは……消えゆく命と、それを看取る一人のガルカ。
「貴方は、死んではいけない人……。お願い、死なないで。憎まないで。ラオグリム……」
「コーネリア……!」
男の受けた絶望は如何程のものだったのか。
空虚な胸を埋め尽くす悲しみは如何程のものだったのか。
所詮は傍観者でしかない俺に彼の心を理解など出来る筈もなく……
恐らくは、誰一人とてラオグリムの心中を真に理解してやれる奴なんていないのかもしれない。
――――そして、その後の出来事は全くの偶然でしかなかった。
悲しみに暮れる彼の前に差し出された水晶の輝き。
“偶々”地表の裂け目に埋まっていたクリスタルがそこにあり、
仲間に裏切られ、行き場を失った男にもたらされた。
誰が知ろう。二十年前、世界を震撼させた水晶大戦はこうして始まったのだ。
――――――――。
「うっ……頭、いた……」
白昼夢から醒めた後、込みあがってきた感情は――――吐き気。
猛烈に、胃の底からせり上がってくる気持ちの悪さ。
あまりの不快さに耐えられず、口に手を当てて嘔吐の甘い誘惑に堪える体たらく。
「あ、カレ、ン……?」
ふらつく頭を押さえて隣を見やれば、白く透き通った肌を朱色に穢し、
意識があるのやらないのやら、小さく痙攣し倒れ伏すカレンの姿が目に入った。
当然だ……。
これだけの邪気、その身に魔を体現する彼女にとって、猛毒を浴びるに等しいのだから……。
「あの最後の戦いで剣を交えた時、もしやと思ったのだが……お前、まさか、ガルカなのか?」
「三十年前に、俺は……俺達は、この呪われた地を調べていた。この地に眠るとされる未知の力を求めてな。
そうして、まさにこの地で、俺は友に裏切られ、殺されたのだ!
当時獣人との和平の道を訴えていた俺が、ウルリッヒには邪魔だったのだ。
そしてコーネリアも、俺を庇って奴らに……」
「ウルリッヒ? コーネリア、だと? 三十年前の、銃士隊の名ではないか。お前、もしかして……?」
「三十年前、友に裏切られ、確かに俺は一度死んだのだ……。だが、それで終わりではなかった。
地下深くに眠る力に触れて、俺は死から甦ったのだ。
死を超えた肉体と、幻獣と心を通わせる能力を手に入れて。
そして、その時初めて俺は気付いた。気付かされたのだ。自分の内にずっと秘められていた憎しみに。
俺個人の憎悪ではなく、もっと深く激しい……ガルカという種が長らく抱えていた渦巻く憎しみの炎に。
……ザイドよ。同じガルカであるお前なら、俺の言っていることが理解できる筈だ」
「…………」
一呼吸置いて黒い騎士から視線を外し、首を巡らせ、遥か後方で呆然と佇む俺達を射抜く。
気付かれていないのでは、という甘い期待はこの瞬間粉微塵に砕け散り、人ならざる眼光を前にし、
ただの人間でしかない俺にとって殊更恐ろしく、全身から起きる震えが止まらない。
「く……」
「ヒュームであるお前達には解るまい。我らの中に眠る、深いこの憎しみは……。
その炎に身を任せ、俺は人であることをやめた!!
まさにお前達人間どもが、俺を目覚めさせたのだ。憎しみの化身、闇の王として!!
その時、俺は誓った。人間どもをこの地から一掃してくれるとな! 一人残らず!
……ザイド。二十年前は不覚をとったが、今度はそうはいかぬぞ」
闇の王が手を掲げた途端、黒い騎士の周囲に光の円環が連なり合い、
まるで罪人を縛り付けるかのように重なった。
「貴様……バインド、か!?」
「そこで見ているがいい、ザイド。彼奴等を始末した後は、お前とあの時の決着をつけてやる」
そうして何もない空間から禍々しい斧剣を召喚し、戦う前からボロボロの俺達に向け、薙いだ。
その一振りから生み出された衝撃は確かな形となって俺達を襲い、
床に積もった砂埃を巻き込みながら二人の体を叩きつける。
勝てるのか……? こんな怪物に、傷ついたカレンを庇いながら、俺一人で勝てるのか……!?
「さあ、来い、人の子よ!
死ですら、もう俺を止めることは出来ぬのだ! 我が憎しみ、思い知らせてくれる!!」
――――――――。
今回の選択肢は以前と同じく特殊な形をとります。
どう見ても不利な状況の士郎君ですが……
実は二つほど絶対的優位に立てるイニシアチブを有しています。
ズバリそれは何でしょう? 回答は二つの内一つに五票集まれば構いません。
どうしても思い当たらない時は『わからない』と記入してください。
ヒント:Fate(セイバー)ルートの彼はこの二つの要素により、
普通なら確実に死んでしまう危地をいくつかやり過ごしています。
ちなみに他のルートでは、とある事情によりそれが発揮されることはありません。
……ここまで言えばわかりますよね?
投票結果
最終更新:2008年08月19日 03:24