592 :ファイナル ファンタズム ◆6/PgkFs4qM:2008/04/21(月) 00:53:24


 勝負は一瞬で決まっていた。
 動けぬカレンから闇の王の狙いを逸らすべく、距離をとって相手を誘き寄せる俺。
 鼠の如く足元を走り回る獲物に対し、冷静に目標を見計らい、
 その豪腕から、高さ十数メートルより振り下ろされる斧剣。
 以前とは比較にならぬ速度で魔術回路を起動し
 投影した干将・莫耶を交差して襲い来る衝撃に備えるも――――
 やはり己の数倍の体躯を持つ相手には無謀に過ぎたらしく、
 銀と銀の接触と同時に、固く握り締めていた柄は実に呆気なく彼方へと弾け飛び、
 歪な刃は無防備に空いた胴を袈裟懸けに切り裂いた。

「ガ――――、」

 激痛。迸る血液。周囲に飛び散る赤の斑模様。
 本当に――――呆気ない。
 闇の王が俺と対峙して、一分も経っていない、瞬き程度の出来事。
 横たわるカレンも。途中で俺達の帰りを待つ莫耶達も。
 誰一人として守ることなく、セイバーや桜、遠坂達と再会することもなく、
 俺はここで終わってしまうというのか……。

「次はこの女を殺す。よく見ておけ、ザイド。その次はお前だ」
「くっ、貴様……」

 このまま意識を閉じようと目を瞑った時、耳に入った言葉が待ったをかける。
 ――――ちょっと待て。今こいつ、何て言った?
 体から抜け落ちていく血潮にしたがい消え去ろうとしていた生命の灯火が、
 その言葉を耳にした途端、常時より一層強く燃え上がる。
 垂れていた首を気合で持ち上げ正面を仰ぎ見れば、倒れ伏す聖女に一歩二歩と近寄る黒い巨体。
 駄目だ、それは。それだけは、あってはならない。
 己が心の底から愛した女。想い人一人守れないで、何が正義の味方だというのか。

「……しろ、う」
「カレン……!」

 口角から溢れる血泡を飲み込み、細めた眼光をカレンへと歩み寄る黒い巨人へと注ぐ。
 生憎と、怠け者の足はこの程度でへばってしまったらしく、機敏に立ち上がってはくれない。
 だから、腕よ。出来ることならば――――否、絶対に遂行しろ。
 もう一度だけ、再度腕よ、持ち上がれ――――!

「 I am the bone of my sword.(――我が骨子は捻れ狂う )」

 紫電に閃く魔力の流動を両の掌に纏わせ、形成したる複合弓と一本の異形の矢。
 捻れの刻みは幾十に及ぶ螺旋の刃。かのクーフーリンの盟友、フェルグスの有する魔剣のアレンジ。

「偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ )」

 創り上げた幻想を、カレンを挟んだ闇の王の足元へと狙いを定め――――撃つ。
 激しい回転を加えた捻れは、先端を床に食い込ませて飛礫を散らし、細かい砂埃を巻き上げる。
 ありがたいことに、それだけで奴の注意は彼女から俺へと移ってくれた。

「馬鹿な……。お前、いったい……?」

 憎悪に歪んだ奴の目が、どうしてか驚愕に丸く見開かれる。
 それほどまでに俺が動いたことが不可解だというのか。
 微かな違和感を覚えながら立ち上がり……そこでようやく、奴の驚愕の正体に思い至る。
 ――――ああ、そうだ。さっき俺が弦を引き絞った左腕は、
 闇の王の剣撃により、既に切断された後だったのだ。
 ならば――――、今俺がこうして立っている理由は一つのみ。

「セイバー……!」

 かつて彼女と出会った頃に経験した、自身の埒外に起きる強制的な治癒。
 『遥か遠き理想郷(アヴァロン)――――』。
 半年前に大怪我をした時は、傷の治り具合は到って普通だったというのに……。

「セイバー……お前、この世界に、来ているのか……?」

 以前チョコボの世話をしていた時に誤って突付かれてしまい、
 包帯を巻いたまま一顧だにしなかった左手の甲。
 一年前、ヴァナ・ディールに転移した時は黒く変色し、
 元々不完全な契約だったとはいえ、彼女との繋がりすら感じられない有様だったというのに――――
 それが、まさか、今はあの契約時の赤い輝きを取り戻しているというのか……?

「何故……」
「……?」
「何故、この女を庇う? お前はヒュームなのであろう? ならば何故己の保身に走らない?
 何故、脱兎の如く、一にも二にもなくこの俺から逃げ出さないのだ?
 俺は獣人族の頂点に立つ闇の王……。お前程度の男、束になっても勝負にすらならぬぞ」
「ああ、そうだろうさ。言われなくても分かっている。
 けどさ、それは人間だったアンタなら理解できることじゃないのか?
 かつて正義を志していたアンタなら、解る事柄の筈だ。
 人間を、獣人を平等に愛し、接してきたアンタなら……」
「……俺は人間を捨てた。それまで抱えてきた正義を捨てた。
 そして! 俺を憎悪の情念に駆らせたのは、他でもない、お前達ヒュームではないかッ!!」
「……捨てた? 逃げたんだろ?」

 ああ、今わかった。どうして縁ない俺がこの世界に来たのか。
 初めは幼い莫耶を助けるためだと思った。
 行き場のない彼女に救いの手を差し伸べ、守ってあげることが俺の役目だと思っていた。
 それもあるかもしれない。だが、本当は――――
 己の信じた正義の道を行き、その末に儚くも散った、哀れな男の姿を突きつけるためだったのだ。
 なんて皮肉――――。なんという偶然。
 俺の知っている、理想に殉じ、信じた仲間に裏切られ最期を迎えた、あの男に瓜二つではないか。

「来いよ。生憎と、こっちは底なしなんでね。アンタの気が済むまで付き合ってやれそうだ」
「……小癪な!」

 怒気を滲ませ、鬼面の形相に歪ませる感情をそのまま攻撃に転化し、俺へとぶつける闇の王。
 その度に纏っていた服は破け散り、血は辺り一面を穢し、
 時には肉を削いでこちらを人体の範疇から逸れた形へと変貌させた。
 だがそれでも俺が死ぬことなど、体内に埋め込まれたアヴァロンがある限り、
 セイバーが俺の近くに居てくれる限り、絶対にあり得ない。
 しかし、死ぬことはないと解っていても尚――――克服仕様のない痛みと死への恐怖。
 一太刀がこの身を貫く度に激痛が体を走り、その都度頭によぎる死のイメージが耐え難い程に恐ろしい。
 でも、それでも、同じく正義を志した者として、同じく破滅の未来が待ち受ける者として、
 どうしても譲れない道理があった。負けたくない理由があった。

「お前……人間か……?」
「へ、へ……。ああ、人間さ。アンタが大好きだった、人間さ」

 もう幾太刀奴の剣を受けただろう。
 所詮は柔らかな肉でしかない体は、柘榴のように爛れた赤色に……いや、銀色の煌きを宿していた。
 足を一歩前へと踏み出せば、ぞぶりと膝から突き出す鋭利な剣先。
 既にまともな状態で前なんて見えていない。
 ――――I am the bone of my sword.
 何時の間になったのやら、文字通り、体は剣で出来ていた。

「オイッ、もうやめろ! ヒュームの小僧!
 後は俺に任せて、もうお前は退がれ! このままでは、お前は……!」

 傍らの黒い騎士が、何か呟いている。
 ……聞こえない。もとより、動けない者に任せる道理など存在しない。
 だが――――、一瞬、何かが視界を横切ったことにより、
 剣の生えた足は、それまでの前進が嘘のようにピタリと止まった。

「あ……」

 再度、慌てて首を巡らせれば、
 そこには全身からこぼれたペンキのように血を流し、微動だにしない守るべき者の姿。
 それまでの不退転の決意が、瞬時に瓦解する。
 残されたものは、苦い悔恨の情。
 失念していた……。この戦いは、俺ばかりのモノではなく、カレンの戦いでもあったのだ。
 俺は……



Ⅰ:体内の鞘をカレンに移す
Ⅱ:一刻も早く闇の王にトドメを刺す
Ⅲ:撤退


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Ⅱ:1
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最終更新:2008年08月19日 03:24