802 :ファイナル ファンタズム ◆6/PgkFs4qM:2008/05/05(月) 00:29:03


 一方的な宣戦布告。
 否――――、それは果たして、真に俺達を意識してのことなのか。
 あまりに突然の出来事、不可解な状況に対し呆然となる俺達を尻目に、
 長髪の男、ジュノの大公カムラナートが、不敵な笑みを浮かべながら右手を掲げる。
 霞む視界に瞭然と映る、かつて見た淡い二つの輝き。
 虚空に煌く掌の内に納められていたのは、
 紛れもない、今俺の懐に忍ばせている、クリスタルの輝きに他ならなかった。
 ――――男の呼びかけに応え、優美な光芒を満たすは歴然とした神秘の証。
 世の理から外れた、不条理の奇跡。

「嘘だろ……」

 そして俺の意思を省みず、激しい、溢れる紫電と共に脳裏を襲う二度目の既視感。
 忘れよう筈がない……。
 俺と“彼女”が初めて出会ったあの土倉での出来事は、
 今でも色鮮やかに、大切な思い出として刻まれているのだから。
 ――――何もない空間に幾重もの魔方陣が描かれ、
 カムラナートと傍らの少年が呟く呪法の言葉――――唄が、闇を含むドームを洋々と満たす。
 それに伴い、光の飛沫は徐々に確かな形へと変貌していき、遂には二人の男女の姿へと昇華した。
 震える唇。悴む手足。どうして否定など出来ようか。これはもう間違いなく、
 かつて自身も経験した、しかし聖杯に代わってクリスタルを介した“サーヴァントの召喚”に他ならない。
 片方の男はこれといって何の変哲もない、若い強健な男。
 また、片方の女はやや幼さを残す顔立ちをしており、穏やかな、されど気品のある雰囲気を醸していた。
 だが、心中には一片の油断も存在しない。
 サーヴァントとして呼び出された以上、彼らは違わず人を超えた守護者――――英霊なのだ。

「ふむ、やはり風と水の二つだけでは、二人の召喚が限界か……。
 まあ、いい。契約の元に命ずる。クリスタルの戦士よ、まずはそこの女をこちらへ寄越せ」

 大公が、何気ない、取るに足らない作業を頼むかのように呟き、彼方へ向けて指を差す。
 そして、その先には――――

「――――かっ、カレン!」
「しろ……」

 互いの身を案じる言葉は、だが、最後まで繋がらなかった。
 飛び跳ねる心臓をそのまま勢いに任せて傍らの彼女へ首を巡らせるも、
 そこには常時の銀色の光などあらず、ただ空虚な闇が広がるばかりで、想いを馳せる者の姿は消失していた。
 予想だにしなかった出来事に、俺は、恐らくは当の彼女も、
 馬鹿みたいに目を丸くするばかりで、唾を飲み込む暇すら見出せない。
 一瞬の沈黙の後、すぐさま台座に佇む彼らの方へと向き直れば、
 果たして若い男の腕に抱えられ、深く目を閉じ、気を失った態様のカレン。
 束の間の失踪と直後の再会。喜ばしい筈の発見は、
 しかし心に弾みなど与えてくれず、傷ついた総身を深い絶望と慟哭で引き裂いた。

「……カレン!」
「み、見えなかったぞ?!」
「ご苦労だった。これで一つ目の鍵は手に入れたか。
 次は闇の王の記憶だが……何も生きている必要はないな。
 残りの者も含めて始末しろ、クリスタルの戦士。……行くぞ、エルドナーシュ」
「うん、カムラナート」

 ジュノの大公が、少年が、男から手渡されたカレンを抱えて闇の中へと消えて行く。
 不意に伸ばした手は虚しく空を切り、逸る気持ちに反して大切なモノは指先に掠りもせず、
 澄んだ水を掻き分けるが如くの徒労に終わった。
 傷つき、動けぬ剣の生えた四肢。それは無理を超えた正当なる代償。
 駈ければすぐ辿り着ける距離だというのに、今はこんなにも遠く、険しい。

「ま、待ってくれ! カレンを連れて行かないでくれ!」

 懇願の叫びは闇の中に木霊するばかりで、欠片も遠ざかる背中を止める力を持たず、
 行き場のない願いはただ無様に四方へと散った。
 ジラート……古代人……真世界……クリスタルの戦士……。
 聞き慣れない単語が繰り返し脳裏を駆け巡り、受け入れ難い現実から忘我の淵へと身を沈める。
 結局、俺達は何がいけなかったのだろう? どうしてこのような顛末になってしまったのだろう?
 解らない……。いくら考えても、答えなど得られない……。

「……危ないッ!」
「え……?」

 突如として浴びせられた声にたじろぎ反射的に前を向けば、何時の間にここまで近付いていたのか、
 遥か数間にまで空けていた男との距離が僅か数歩先にまで縮んでいた。

「う、あ……」
「…………」

 以前シャントットから教示された、クリスタルの戦士の伝説。
 聖杯戦争に巻き込まれるより過去の俺ならば一笑に付すことが可能だったものの、
 数々の生ける伝説を目の当たりにし、実際に脅威として経験してきた以上、
 世界を救うという規格外の偉業を成し遂げた存在が如何程の怪物か、容易に想像できた。
 あの英雄王を上回るかもしれない英雄……。
 華奢な体躯は逞しい筋肉を持ったアーチャーやバーサーカーとは比較にならない程に弱々しく、
 後方に控える女は俺と大して歳の変わらない美しく可憐な少女だ。
 だが、瞳に宿す眼光は、常人では考えられぬ不思議な輝きを宿し、確かな意思の光を湛えていた。
 そして、それは俺の知る英霊達に共通する、栄光の霽月に相違ない。
 最早目と鼻の先にまで迫った男は、どうしてか静かに目を瞑り、
 次いで細めた双眸で戦慄に震える俺を眺め――――刃を両手に携え、天上に振り上げた。
 なんて簡単。衛宮士郎は、今、死んだ――――

「……って、ちょっと待てーぃ!」

 諦め、死を覚悟した刹那。
 一つの黒い影が、俺とクリスタルの戦士の間に一陣の風となって割り込み、
 間一髪、振り下ろされた剣を棒状の何かで受け止める。
 赤い頭巾に数多の武具を収めた背中の籠、
 何より幅広の顔を覆う隈取模様は、俺の知る限りでは一人しか該当しない。

「ギルガメッシュ!? お前、どこから……!?」
「間に合った! ここで出遅れちまったら、あの白い嬢ちゃんに顔向けできねえからな!
 へへ、しかも、お前らとこんな所で会うなんて、えらく奇遇じゃねえか!
 バ……、お前ともう一度勝負できるなんて、嬉しいぜ! なあ!?」
「…………」

 頬を上気して高揚するギルガメッシュに反応し、心なしか男の口元が愉快そうに歪む。
 両者の歓喜を表現するかのように烈しく打ち合う矛と剣。
 幾合をぶつけ合う度に剣戟は尚も激しく強く変化し、生み出す衝撃は痛んだ臓腑を駆け抜け、
 速度は目で追うことすら困難な音速の域にまで昇華されていく。
 よもや見間違う筈もなく、周囲にもたらす影響の規模は、かつて目にし、
 強烈な印象を伴って焼き付けられた、サーヴァント同士の戦闘に匹敵していた。

「す、凄い……」
「こちとらウンザリするほどの世界を旅してきたんでね! お前の偽者に会ったり、
 訳わからん石にされて召喚され続けたり、いきなりデジョンを唱えられたり……
 って、碌な目に遭ってねえじゃねえか! 畜生、今度こそお前に勝って、俺は安住の地に帰る!」
「フ……」

 既に支離滅裂でしかない武芸者の物言いに、
 クリスタルの戦士はとうとう耐え切れず笑みをこぼし、
 傍目から見ても心底楽しそうに剣を振るう始末。
 それが命の取り合いという極限的状況の只中だというのに――――
 それにも関わらず、二人は旧知の仲に再会したかのように親しく、
 まるで戯れ合って遊んでいるかのようにすら映った。

「士郎、大丈夫!? ……その体は? 剣が突き刺さっているの!?」
「ん……バタコ、か?」

 背後から呼びかけられた声に振り向けば、足元に小さな体を震わすバタコの姿と、
 巻菜に肩を担がれた莫耶の姿があった。
 すぐに治るような傷じゃない。
 ……そのまま休息すべきだというのに、俺とカレンを心配してやって来てくれたんだ……。

「シロ……大丈夫、か……」
「――――ああ。お互い様だけどな」
「……カレンの姿が見当たらない。彼女は、一体どうしたんだ?」
「あいつ、は――――」

 言葉が、見つからない。
 そうだ。そもそも、こんな所でゆっくりしている時間なんてなかったんだ。
 一刻も早く、カレンを追わないと……。





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最終更新:2008年08月19日 03:25