77 :隣町での聖杯戦争 ◆ftNZyoxtKM:2008/03/14(金) 03:26:11


空に飛ぶ影が見える。
無意識の内に強化した彼女の視力を持ってしても影にしか見えぬ距離で、並の人間ならば昼間でさえそれを認識する事は難しいだろう。
それを地上からの探照灯が照らした。

「あれは……ミストオサカ?」
ヘリに吊り下げられるように抱きかかえられた遠坂凛が眼下に広がる都市を見下ろしているのが見えた。
「一体何を……?」
探照灯が別の場所を照らそうとする直前、不意に指を差された。
その指先が自分とは違い、僅かに上を指している事に気付いたとき、視線がその先にある物を理解した。

全力で前に跳ぶ。
その直後の背後で轟音がした。
その正体は先程の『女王蟻』の眷属に相違あるまい。
「くっ……まだ居るの!?」
振り返った先に存在したそれは蟻などではなかった。
もっとおぞましい『何か』、そうとしか形容できないが、それは既存の生物ではない。
少なくとも何億年か、何十億年か。
どこかで進化を違えた、この星の生態系から外れたモノだ。
一見すれば確かに蟻のようではある。
三つに分かれた体と巨大な顎。
だがその体は粘液のように着地の衝撃を受けて波打っている。
粘液に見えた物体は露出し、形を保てなくなった細胞だ。
そう、無数の細胞が奇妙なバランスによってその形を保つ細胞だ。
反射的に放ったガンドを受け、形を保てなくなった無数の細胞は一度崩れ落ちてから巨体に吸収され、新たなバランスの元、体の一部と為って新たな姿を構築する。
そんな、核無き単細胞生物が寄り合わさった多細胞生物が目の前の存在の正体、その一角。
怖気と共にそう認識したとき、背後から発射された砲撃魔術が目の前の生物に炸裂する。
直撃したそれは、細胞同士の接着を揺さぶり、完全に四散させるに十分な威力だった。
「ミストオサカ、援護は無用でしてよ?」
誰による物かはすぐに察しは付いた。
故に砲撃の張本人ではなく、その主に対し振り返りもせずにそう強がる。
そうしなければ足下から力が抜けてしまう気がしたから、敢えて体を強張らせた。
「あら、そうかしら? 私にはとてもそうは見えなかったけど?」
憤怒の形相で振り向こうとして、止めた。
「まあ、今の所は貴女が少女にぶら下がるなんて姿を見られただけで良しとしましょう、何故ここに?」
語調はまるで変わることなく二人の間の温度が下がる。
時計塔の多くの人間が知る極めて高レベルな才女二人の演出する――時に極めて低レベルとなる――舌戦のゴングである。
「ここに来るつもりは無かったけど、見かけたら助けてあげるのが礼儀でしょう?」
「……そうですわね、見つけ方が淑女と言えぬ姿でしたけれど、ね」
なのはは目の前の大人二人を純粋に凄いと思っていた。
温度が下がった場所からは少し離れているにもかかわらず舌が痺れるような錯覚を起こす、その場所で平然と立って会話をしているのだから。
「とにかく事情を聞くのは後にしますわ、今はこちらを優先させましょう?」
「ええ、そうね」
『いや、それは困るな、想定外の戦力が来訪した理由は是非にとも聞きたいと思うのだが』
その想定外の声にその声の方向と逆に全員が飛び退く。
声は四散した細胞群から聞こえた。
『如何かな? 我が変幻自在の細胞群は』
細胞は咄嗟に放たれたガンドを受け、吹き飛びながらも水たまりのように寄り集っていく。
細胞群に直撃した筈のガンドは細胞の集合を崩すことすらなく表面を波打たせて終わる。
ガンドが効いていない、そう判断した時間は同じだった。
連べ打ちに移行しようとしたガンドを制御し、間合いを計るべく後退する。

『ほう、邪魔しないでくれるのかい? 嬉しいね』
そんな声と共に寄り集う細胞群の中、新たに誕生したのは無数の目だった。
戦う存在だったはずのそれは、ただ『見る』事を目的とした細胞群へと生まれ変わる。
その視線は虚ろに周囲を見渡し、そして少女を視界に捕らえ、それを凝視する。
「な、何……?」
二人を庇うように前に出ていたなのはが一歩後退する。
何処までも湧き上がる生理的な嫌悪感。
それは見た目による物だけではない、死の危険とはまた違う『身の危険』を感じ取ったからに他ならない。
『良い少女だ……欲情するね』
その声を聞き、防御フィールドを前面に展開して更に一歩後退する。
なのはは既に半ばまでパニックに陥っている。
如何に戦闘経験があろうとも、うぞうぞと己に近付いてくる未知の存在からの『欲情』を受ける事など少女には出来るはずも無かった。
更に一歩下がろうとした瞬間、響いた笑い声と共に細胞群が爆ぜ飛び、一本の巨大な鞭のように変化して地上を駆け抜ける。

既に展開させていた防御フィールドに弾かれると、その上を滑るように迂回し、細胞群の鞭が真横からなのはに襲いかかる。
それを瞬時に感じ取ったなのはが咄嗟に空中へ飛び退く。
これは判断ではなく本能に根差した危機回避であり、レイジングハートの戦術判断と合致したが故にかつて無いほどの反応速度を記録した。
『カカカ、逃がさんよ……』
歌うように弾む声と共に鞭が更に変形し、鞭の身のままに羽を生やす。
そのまま二人を完全に無視し、細胞群が空を舞った。


――僅かに間が開き


鬼神楽:『マスター』ジェネラルが念話を飛ばしてきた
螺旋の蛇:「……気付きまして?」ルヴィアが遠坂に声をかけた
原色の舞踏:「これは……」遠坂が何かに気付いた


投票結果


鬼神楽:
螺旋の蛇:
原色の舞踏:5

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最終更新:2008年08月19日 03:33