163 :隣町での聖杯戦争 ◆ftNZyoxtKM:2008/03/20(木) 04:26:44
「これは……」
「……何かありまして?」
遠坂の呟きにルヴィアが反応を返し、視線の先を追う。
「このジェル状の物体は……」
「アレの細胞、ですわよね?」
視線を空中に走らせる。
その空中では細胞群が叩き落とされながらも次々と進化を遂げてなのはへと襲いかかるのが見える。
時に接近しながらも、それでも防御フィールドに阻まれ、有効打を出すことは出来ていないようで、空中戦の優位は明らかだ。
「でも残骸ではなさそうね」
視線を戻せば、細胞は未だ僅かに蠢いている。
痙攣とは違うその動きから『生きている』のは明白だった。
木片を手に取り、軽く突く。
即座に木片は分解した。
「ッ……酸? 直接触れていたら危なかった……いえ、だとすると変よね」
路上には何の変化ももたらされてはいない。
「ええ、細胞にも酸性アルカリ性はあったはずですけれど、ここまでのpHを持っているとは考えにくいですし、第一地面に何の影響もないんですもの、酸と言うことは考えにくいですわ」
そこまでは二人ともすぐに理解する。
だとすれば何か、と言う事に到るには発想の転換が必要だった。
「じゃあ何? 木が『一瞬で朽ち果てた』とでも……」
自らの発言で、一つの可能性に気付いた。
『なのは!』
念話が飛んだ。
かつて無いほどダイレクトで一方的な念話、締め付けるような頭痛が一瞬なのはを襲う。
『多分そいつは、群体での高速進化を行っているわ、少なくとも攻撃・防御の手段が単一であればそれに適応して進化……』
その言葉が終わるよりも早く、細胞群が接触した防御フィールドを突破し、なのはの眼前にその身を躍らせた。
理論上不可能ではないのだ。
それは紛れもなく大魔術であるが――ある一定の空間を世界から切り離し、その内部での時間を操作する、と言うことは。
無論その魔術の反動は極めて巨大で、『進化』するほどの時間を操作しようとすれば生命体ならば容易に死滅する。
だが切り離され、操作する空間は無数の細胞の群体の中だ。
反動内で死滅する細胞は極めて多数に及ぶが、他の細胞よりも僅かな時間、長く生き延びる細胞はあるのだ。
その細胞は巨大化、分裂し、魔術の反動、そして外部からの攻撃を刺激としてそれに適応するべく進化を行う。
結果、その反動に適応し、進化を遂げる細胞群が誕生する。
魔術の反動による死と再生、それによる進化を繰り返す無数の細胞。
それが目の前の敵であった。
直撃される。
そう思った瞬間、バリアジャケットが弾け飛んだ。
衝撃で両者の距離が開き、同時に細胞群の突撃の方向を逸らす。
他の者は誰も気付いては居ないが、突破された防壁は貫通されて尚その場に存在し続けている。
防壁を存在させたまま貫通する特性を備えている以上、カートリッジによるブーストを使用したとしても効果は薄い。
そこで緊急事態として、本来規定値以上のダメージを受けた際の最終手段として用いられるバリアジャケットの炸裂をわざと発生させ、その衝撃で細胞群からの一撃を相殺し、逸らしたのだ。
それは悪手だと、冷静な判断を下せばそうも言えるだろう。
何しろ、バリアジャケットという防壁が消失し、再展開するまでの間無防備なのだから。
しかし、なのはの心中の大半は恐怖で染まり、心中から半ばまで冷静さは失せている。
怒りや憎悪を叩き付けられた経験は幾度か経験している。
だが異常なる性愛を叩き付けられた経験などあるはずもない。
それは既知の感情の延長線上にある物ではなく、完全に未知の感情であり、それも尋常な密度ではなかった。
恐怖によるオーバーキルを体現するかのような、力任せの砲撃の連打は確かに細胞群を打ち据え、分解し、叩き落とす。
だが細胞群はその力押しの砲撃ですら適応し、進化し続けていく事に、なのはは気付いていなかった。
『なのは、冷静になりなさい!』
契約上の主からの言葉もまるで届かない。
このままでは遠からず対応した敵に捕縛される事になるだろう。
その後どうなるかは不明だが、とてもではないが尋常な事が行われるとは思わない。
「こうなったら私達だけで何とかしないと……」
「しかし、どうするというの?」
あの細胞群を撃破する、細胞群を操る主を撃破する。
どちらも難しく、更にやや離れた地点ではジェネラルが細胞群の『女王蟻』と交戦中だ。
「しかも……」
ビルを見やる。
そう遠くない時間、操られたであろう少年少女達がビルから出て、再び戦うハメになるだろう。
だがその操られたと見える者達の中にマスターが紛れている可能性もあるし、ビルの上層ではジェネラルの兵とライダーが交戦中だ。
「一種の賭けになるわね」
大凡の戦局は聞かずとも理解できる。
遠坂達、衛宮邸にて待機しているはずの増援によってとはいえ現在この場所での戦いは拮抗している。
彼女達が動くことでまず間違いなくどちらかに天秤は傾くだろう。
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最終更新:2008年08月19日 03:34