827 :隣町での聖杯戦争 ◆ftNZyoxtKM:2008/05/07(水) 01:53:30
「これは忌まわしいほどの謎に満ちている」チャールズ・ロバート・ダーウィン
カレックス・フラッカは伝統あるフラッカ家の次男坊である。
この家系が伝統に見合うだけの実力を有している、と時計塔が認めたのは19世紀末のエジプト植民地時代のことである。
とはいえ存在そのものは7世紀、アルム・イブン将軍のエジプト制圧に協力した事から、一部には知られていたという。
当時の主であるメンフスが欲したのは表社会における地位であり、将軍であったアルム・イブンはそれに表立ってではないが協力したという。
愚鈍な兄と、優秀なる弟を輩出する家系。
それが世間一般におけるフラッカ家の評価であるが、魔術師の視点で見ればそれは逆であった。
非常に優秀な能力を有する兄と、それを補うように劣悪な才を持つ双子の兄弟。
魔術師としての研鑽を積む兄と、表の世界の経済面で家名を保つ弟という役割を与えたのは前述のメンフスであった。
『そうなる』ように何代もの世代を重ねたフラッカの家系であったが、カレックスは弟でありながらフラッカの魔術師となった。
「不変」と「進化」、それがカレックスの起源である。
相反する起源であったが、進化の意味を知った時、五大元素の内4つを持つ兄メフメドをして当代の主となるを諦めさせた。
『不変』は如何に変異しても魂の情報を復元可能であるという利点と同時に、不変の嗜好や思考として現れた。
呆れるほどの愛を有していた彼は、個人としての妻以外に、その妻を愛した頃のような、詰まるところ少女をも愛するようになった。
結果としてだが、彼は紛れもないロリコンである。
一方の『進化』は対象への不可逆の変化として現れたが、それを更に変化させ続ける手法は彼等の知るいかなる魔術とも一致しないものであった。
同時に、起源を拠り所とする魔術の継承は不可能であるという認識は家系の一同が一致するところであり、カレックスの娘であるイラニアを魔術師として教育し、魔術師として家系を維持・存続させていくのはメフメドの役割とされ、結果フラッカの家系は第三子を設けるに到った。
先代の主よりカレックスに与えられた役割は、半ば家系の中で絵空事とされていた根源への到達である。
投げ付けられた二つの物体、それを感知する。
カレックスの支配下に置かれた女王蟻――彼自身はただスライムと呼んでいるもの――は異常なまでに進化した触覚は空気の流れをメートル単位で測れるほどに進化している。
それは同時にカレックスの脳髄を容赦なく侵略し、攻撃する。
元より『支配下に置く』ためにスライムに取り込まれ分解され、分解されたまま分裂し、十体の従者を操作している。
そして支配したスライムに自らの肉体の五感を与え、運用しているのだ。
そう、味覚を除く4感覚を、女王蟻と十体の従者に保有させ、それを同時に処理している。
自らの肉体はスライムと同化しているため消失し、総計して11の存在、44の感覚を同時に処理していた。
スライムが分断されれば更に使用感覚は増加し、なのはの砲撃を受け千々に弾けるスライムの感覚数など、最早自身が認識できていない。
操作以外の本能的な防衛行動はスライム側に一任してある。
元よりそこまで手が回らぬ為だ。
魔術による補正とて無限ではない、既にアサシンへの魔術供給を打ち切っていたが、
それでも尚限界を超え、既に聴覚、嗅覚は沈黙し、視覚も半ばまで沈黙している。
それと引き替えにか、残る触覚は極限までに研ぎ澄まされ、また同時に進化を続けるスライムは既に砲撃に対する十分な耐性を保有していた。
認識した物体は二つ。
魔力の込められたものと込められていないもの。
『込められていないものが先に飛んできた、と言うことは間違いない』
分解された脳が正常に動作し、判断を下した。
スライム側の探知よりも早く、触腕で魔力を込められたものを弾き飛ばし、同時にもう一つの物体を本体に取り込み吸収する。
スライムにとって吸収は進化の駄目の爆発的な原動力となるものだ。
それが如何に危険なものであろうと、本体全てに散らばる魂情報を殺し尽くすことは不可能。
なればそれは餌に過ぎない。
かつて酸素は生物に対して猛毒であった。
元よりこの地上に酸素はなく、その環境に適応、進化していた生物は酸素に『汚染』され、参加した原始生物は次々と死滅していった。
だがその猛毒を取り込み、利用するために突然変異したもの、それこそが地上に生きる生命体の源流なのだ。
それと同様に、スライムは魔術師との縁によってこの世界に存在し続ける限り進化を続ける。
それが可能であるかは置くとしても、全魔力を投じて存在するこのスライム。
このスライムとの魔術的分断こそが最も危険な現象である、カレックス・フラッカはそう認識している。
だが魔術師は魔術師であるが故にある事実を見落としている。
自らが超常に触れた者であるが故に、自らの種が自ら生まれた星さえ殺すほどに進化した存在であることに。
弾いた物体は宝石である。
そこに蓄えられた魔力量は巨大だ。
それが故に弾き、その驚異を遠ざける。
スライムはその巨体さ故に、回避できぬ、その為の『弾く』という行動だった。
当然それは予想の範疇であり、そうであるが故に、弾かれた物体が炸裂した事は当然の事象であった。
炸裂した物体は『魔術の出来損ない』だ。
コントロールを施されぬ魔力は害悪そのものだ。
敢えてその害悪だけをコントロールしたのか、200ケルビンの魔力流は周囲を氷結させながら、指向性を持ってスライムへと襲いかかる。
コントロールという『余分な消費』を回避した出来損ないは通常の魔術の数倍の威力を有している。
『!』
フラッカの魂情報、それがこのスライムを現界させるモノであると、スライムは本能で理解し、それ故に内側、その一点に集め防御する。
それと同時、体内でもう一つの物体が炸裂した。
そこでフラッカの意識は解け、消え去った。
間断無い砲撃。
それを潜り抜け、遂にその触腕がなのはの体に叩き付けられる。
既に防御フィールドであるバリアジャケットを失い、無防備となった肉体にその巨大な触腕がめり込む。
ずしりと体内へと響く衝撃は後に到る鈍痛よりも早く動きを止める。
痛みを知覚するのと意識が戻るのとは同時。
目前に迫る更なる触腕をその華奢な腕で止める。
だがそれとて意味はない。
華奢な腕でその太い触腕を止めることは不可能であったし、迫る触腕は一つではなかった。
「あ……」
首を締める触腕が苦しかった。
胴に巻き付く触腕が苦しかった。
腕を締め上げる触腕が痛かった。
だが何よりも、それと共に叩き付けられる感情が恐ろしかった。
間断なく叩き付けられる感情は感じたことがないほどに強く、多感な少女であるが故にそれを余すところ無く感じ取ってしまった。
いまここで何かしなければ最悪になると直感していたにもかかわらず、なのはは動けずにいた。
叩き付けられた物が未知の、肉欲に満ちた愛という感情だったが故か、全身にまとわりつく触腕、その湿り気を帯びた滑りへの嫌悪か。
だがその終わりは唐突に訪れた。
なのは自身が何かしたわけではない。
地面へと落下する直前、足のフィンを羽ばたかせて墜落を免れ、そのまま地面にへたり込んだ。
スライムがその形を崩し、地面に撒き散らされていく様を、遠坂凛は見据えていた。
「無事終わったようね」
「ええ、あれだけの物でも、終わるときは一瞬ですわね」
崩れていく様を見ながら、ルヴィアは安堵の息を漏らした。
「そのようだが、一体何をしたんだ? なんとなくは理解できたが、全ては分からなかった」
「流石と言うべきなのかしら? あれだけでなんとなくでも分かるなんて」
「いや、理解できたのは中と外から攻撃したという程度の事だ、威力としてはそれほど強力には思えなかった……理解したとは言えぬ程度だな」
ジェネラルが周囲の警戒を継続しながら言葉を続ける。
「何を投げたか分かりまして?」
「ああ、石の方は良く分からなかったが、もう一つはサーメートだろう? 昼間回収した武器の中にあった奴だ」
リストを頭の中で思い返してジェネラルが返答する。
武器の詳細は事前に確認してあったのだ。
『多分に勘の要素はあったんだけどね』と前置きして遠坂が話を始める。
「被子植物と裸子植物の話は知ってる?」
「辞書的ことはな、他は被子植物が地層学的に突如として出現したという程度か」
「それだけ分かれば十分よ。 まず勘その一、敵の正体を魔術的な動植物……裸子植物系と、アメーバの類の生物の融合と推測したの」
本体が剥き出しになっている事から裸子植物、不定形に進化することからアメーバという事である。
「……その推測の意味は分からないが、それで?」
「種子があの状態で大きさがある程度固定だとすると、破壊するのは難しいでしょう? しかも攻撃への対抗策もあるしね」
ジェネラルが頷き、続きを促す。
「ジェネラルの砲撃にも対応していたけれど、貴方の攻撃はクラスによる神秘性の付加を除けば、大体は着弾の衝撃と熱量に分類されるわ」
「衝撃はあの粘性で殺し、熱量は表層の進化によって対応したと言うことだな」
クラスによる神秘性の付加と、その辺りへの対応をされてしまえばジェネラルの攻撃は一本調子な物に近い。
個に対する集団による圧倒的な戦力、それによる各所からの奇襲さえも攻撃そのものの威力が封じられてしまえば何も出来なくなるのは明白だった。
その辺りのことはジェネラル自身も理解している。
「ええ、そして進化についてだけど、一つ一つ攻撃を詳細に分類して対応・進化するなんてことは不可能なはずなのよ、シミュレートする程度なら出来るでしょうけどね」
ましてそれを遠隔操作まで行うというのは殆どの魔術師には不可能、という事である。
故に敵は不可視、あるいは融合した状態で『女王蟻』の中にいる。
それが彼女の出した結論だった。
「ああ、そうだろうな……この類の魔術がメジャーな代物ならばこの地球はとっくに崩壊しているだろうしな」
「そもそもあんな物は長期にわたる準備がなければ不可能なはずなのよ。 でもこの辺りにそんな物はないし、魔術濃度も大きな変化はなかった、そこで考えられるのは」
「ある種の存在による専用の魔術、というわけか」
秘奥中の秘奥、その家門の重要機密である。
一般に流布される類の魔術書には記載されぬ大魔術である。
「そうよ。 もし遠隔まで完成されていたらあれだけでは無理だったでしょうけど、それならばそれでやりようはあったしね」
遠隔操作に対する逆探知は難しいが不可能ではない。
つまり接近する驚異に対して無防備なままの敵を攻撃できると言うわけだ。
「……なるほどな、随分と悪辣な行為をするものだ」
スライムの残骸から僅かに形を為したヒトガタを見据えてジェネラルが言う。
ヒトガタは、左腕と下半身が失われ、残された部分もほぼ完全に炭化している。
生身の人間であれば既に死んでいるだろうし、視線の先に倒れ伏す、あの魔術師も呼吸はしているようだがそう長くは保たず、そしてまた治療の手段もない。
それが分かっているから動揺はしない。
これは彼女らしい言い方で言えば『心の贅肉』だろうが、桜達には見せたくない姿だ、なんてことを思った。
「これだけで分かったの?」
「アレと裸子植物と被子植物のあたりと合わせて考えればな。 経緯はともかく被子植物へ変化させた上でサーメートで内部から焼いた、ということだろう? 有機無機を問わずに無害なはずの物体を取り込む奴だってのは分かっていたことだしな」
「……正解よ、相手の物わかりが良すぎるって楽だけど妙な気分ね」
そう言って思い起こすのは、この冬木に残った彼女唯一の弟子の姿である。
「そこまで分かれば詳しい説明は要らないわよね? それよりも桜達は無事なの?」
「さてね、少なくとも君が来る数分前までは無事だったことは確認しているが」
「そう……ならここに用はないわね、私は行くわ」
それだけ言って、なのはの方へと走り出す。
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最終更新:2008年08月19日 03:34