96 :Fate/Rise of the Zilart ◆6/PgkFs4qM:2008/05/25(日) 22:45:03
――――この珍妙な男が犯した不作法には、毅然とした処断を以って応じるより他なし。
何人たりとも抗うこと適わず、
そして、それに刃向かうことは、喩え王たる己であっても赦されない――――即ち、『法』の存在である。
そう思い、出来る限り無慈悲に、出来る限り冷酷に死罪を告げるべく、
深く息を吸い込んだ刹那――――
びきり、と。
胸部を軸にして、四肢を引き裂くかのような電流が、英雄王の体に走った。
「ぐ、ぬ……」
突然の激痛を受け流す術などある筈がなく、こめかみからは汗が垂れ、
不覚にも、王たる身に拘らず、地に膝を着き、堪らずに短く吐息をこぼす体たらく。
妄想心音(ザバーニーヤ)――――。
アサシンが与えた攻撃は、彼の心臓を潰すまでには到っていないものの、
肉体改造の果てに得たシャイターンの呪いは、
無防備に晒された核を汚染するに十二分の毒を有していた。
これは一体、どうしたというのか。
全ての英雄達の頂点に立つ彼とはいえ、虚をつき訪れた激痛の正体に、咄嗟には思い至らず、
ただ屈辱と理不尽に対する怒りの綯い交ぜになった鬱屈さばかりが蓄積し、
果たしてそれをどこにぶつけていいのか、更なる憤慨に身を委ねるしか仕様がなかった。
「おいっ! 大丈夫か……?」
慌てて駆け寄る男の差し出した手を、反射的に振り払う。
冗談ではない。如何に手負いといえども、
他人の手を借りて立ち上がる真似が出来るほど、英雄王の誇りは安くなどない。
呆と佇む大男を尻目に、膝に手を乗せ、
噴き上がる汗をそのままに四肢へと力を込め、徐々に徐々に鈍い体を持ち上げていく。
後は重い足を持ち上げれば、一歩を踏み出すことに成功する筈だ。
王とはただ、孤高であるべし。
誰を並べることもなく、故に、誰も追い縋ることない高みに在り続けなければならない。
例外があるとすれば、それはたった一人だけ。
生前、彼が唯一傍に居ることを認めた、神造の野人のみ。
だが――――
「……よっ、と」
「ぬうっ!?」
「ん、でかいたっぱの割には、案外軽いな」
全身を縛る痛みとは別に、不意に全身を捉える思慮外で起こる浮遊感。
何という無礼。何という破廉恥。
彼、ギルガメッシュは人類最古の英雄王にして、全てを有する煩欲の王。
だというのに、あろうことかこの傾奇風の男は、その王を粗雑に抱きかかえ、
慎ましい配慮もみせずに、無様な姿勢をこちらへ強制してくるではないか。
ここにきて英雄王の怒りは頂点に達し、血流は常時の運行速度を凌駕、
その猛き感情は手に持った鎖を伝って具現化し、眼下の大男へと襲い掛かった。
「い、いででででっ! 何だこの鎖は!? 勝手に巻き付いてきやがる!」
「離さぬか、下郎ッ! 貴様、凡俗である雑種の分際で、よくも高貴なる我の体に触れてくれたな……。
最早八つ裂きにせねば我の気は収まらぬぞ!」
「いでっ、いでっ! その締め付けをやめさせろ! 痛くて堪らねえ!!」
「やめぬ! そのまま痛みに悶え、苦しみ続けるがいい! 五体を引き千切ってくれる!」
「よせって! 死んじまうじゃねえか!?」
大男の背の上で目一杯の抵抗を試みる英雄王と、
そんな彼の猛攻を受けながら、それでもどうにか歩を進める大男。
誰もいない荒野の中で、壮年期に達そうかという男達の嬌声が、掠れながらも響いていた。
――――――――。
「……うん、もう大丈夫。最善の処置は済ませたから、後は安静にしていれば治るだろう」
「感謝するぜ、モンブロー先生」
狭い部屋の中で、二人の野太い男の声が響き、そのもう一方が扉を抜け去って行く。
モンブローと呼ばれた男は、
清潔感を醸し出す白い衣服に身を包み、長い髪を後ろで一纏めに括った青年。
先生と呼ばれている所を察するに、教師か医者か、
恐らく、そのどちらかに携わる者なのは間違いないだろう。
もう一人は言わずもがな、毒々しい赤い布地と重厚な鎧を纏った、あの大男である。
今し方下されたモンブローの診断を聞き、胸を撫で下ろしたらしく、
威圧的な容姿とは裏腹の柔和な空気が、男の体内から部屋中に充満した。
では、彼に担がれていた、件の英雄王はどこにいるかといえば――――
「なあ、いい加減、機嫌直せよ……」
「…………」
ベッドの上で胡坐をかき、溜息をこぼす大男を冷たい相貌で睨みつけていた。
「勘違いするなよ、雑種。我は別に機嫌を損ねている訳ではない。
王たる我をぞんざいに扱った貴様が赦せんだけだ。
チッ、我の王気が充分であれば、貴様なぞすぐに処刑してやるというのに……」
宣戦布告ともとれる彼の直言に、大男はまたかと煩わしそうに両手をあげる。
現在、彼を苛立たせる要素は、二つあった。
一つは、当然のことながら、眼前のこの大男。
どこの雑種かは知る気にもなれないが、この短い期間に受けた数々の無礼を思えば、
例え数多の処刑を試し、果てに八つ裂きにしようとも、この身に受けた恥辱は晴らし難いだろう。
他者を嘲笑う立場にある筈の自分が、辱められた……。
この事実は、彼の心に深く重く圧し掛かり、それが一層のこと腹立たしく感じられた。
では何故、猶予を与えることなく、
今すぐに処刑を敢行しないかというと……そこに、確固たる二つ目の要素が存在した。
王の財宝が、ない――――。
無法者を斬り捨てようにも、蔵の中に、斬るべき剣が置かれていないのだ。
誰が不遜にも英雄王の蔵を暴いたというのか。
これは彼が体験する人生の中で初の珍事であり、腹立たしさで語るのならば、
大男よりもむしろ、この正体不明の盗人の方が数段上で勝っていた。
「しかし、友よ……。
お前だけが残っていてくれたのは、不幸中の幸いであった。
手元に置いていたのが幸いしたか……。
他の財はまだしも、エアを失ったのは流石の我でも手痛いが、
お前さえいてくれれば、どうとでもなる……」
「友って、大げさだなあ。ただ運んでやっただけなのに」
「……貴様ではない。二度と間違えるな」
せいぜい取るに足らぬ遊興と軽んじていた物見遊山は、しかし、
出発前のアサシンの襲撃しかり、目端に佇む大男の不敬しかり、耐え難い程の屈辱を与えてくれた。
気性の激しい性格が災いし、一度そう思えば中々振り払うことは叶わず、
少しでも気を紛らわそうと、部屋の一角を見渡したその時。
「……む?」
とある張り紙が、視界を掠めた。
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最終更新:2008年10月07日 18:09