166 :Fate/Rise of the Zilart ◆6/PgkFs4qM:2008/06/01(日) 21:03:32
万民を照らす日差しは青々と天を彩り、
汗を滲ませる頬を撫でる風はほんのりと微かな冷気を含ませる。
辺り一面に広がる草原が、一風に伴い、細かな波状となって静かに揺れ動く。
思わずはっとしてしまう瑞々しさを宿した緑の中に甲高い虫の音が響き、
胡散臭い人工のオブジェにはない爽やかな自然の只中へ、極めて無理のない装飾を施していく。
英雄王が新たな財を求めると決意して、早五日。
大男と英雄王。二人の旅は順風満帆であるといえた。――――その内の、一人を除いて。
「ああっ、金ピカのお兄ちゃん! 釣れたよ、お魚!」
「ばかやろう! 叫んだら魚が逃げちゃうだろ!」
「お、お兄ちゃん、竿持つの手伝って! 魚が暴れて持っていられないよっ!」
人の手が加えられていない山紫水明の草原に、
子供たちの無垢なはしゃぎ声が周囲の虫に負けじと響きあう。
彼らの騒ぎが大きくなる度に、
緩やかに大地を流れる河川のほとりに水飛沫が細かく四散し、鮮やかな虹を形作った。
色めきあう幾人かの子ども達が小さな群れを成し、そして、
その中心に佇む、得意気に白い歯を剥き、一人一人丁寧に指導していく眩い黄金の髪の持ち主。
「よし、今我が行くゆえ、もうしばらく辛抱しろよ、ヤファ・ヤー。
コロ・ラコよ、心配せずとも我がいる限り魚は逃げぬから、堂々と構えているがよい。
おお、ピチチよ。中々の獲物を釣ったではないか。後でゆるりと見せて貰おう」
優しいお兄さんに率いられ、遊びに夢中になる子ども達。
まさしく、何処にでも在るであろう、平和な休日の一場面。
誰もが笑顔を満面に湛えていた。……ただ一人、無愛想に顔を顰める大男を除いて。
「……ねえ、金ピカのお兄ちゃん。このおっちゃんに魚ぶつけていいかニャ?」
「応、ぶつけてやれ。ただし、でかい奴は無駄に鈍重と相場が決まっておってな、
投げる時は乾坤一擲の思いで投擲するのだ。我が許すから、力一杯肩を振るうがいい」
「わかったニャー」
英雄王の許しを得て、頭の頂に愛らしい尖耳を携えたミスラの子どもが、
その小さな体を半回転に捻らせ、内に秘める力を懸命に振り絞っていく。
だが、ここでいよいよ耐え切れなくなったのか、
今まで微動だにせずに後方で待機していた大男が、目一杯のツッコミを込めて抗議を投げ入れた。
「……って、うおおおい! ちょっと待て! 何故にお前は子ども達と仲睦まじく釣りしてんだ!?
クラーケンクラブ取りに行くって言ったじゃねえか! 寄り道してる暇あったら、一歩でも早く……」
「ニャー」
「いてっ! 本当に投げるな!」
対する英雄王はといえば、背中を仰け反り悶える大男へ煩わしそうに振り返った後、
まるで阿呆に絡まれたかのようにウンザリと溜息をこぼし、
ひどく気分を害したかのように目を細める有様である。
これには自分が正しいと確信していた大男の方が当惑し、
すぐさま言い返してやりたい気持ちこそあれど、
受けた衝撃がやや勝り、滑らかに口火を切ることが出来なかった。
「まったく、風流を解せぬ小物め。我の時間を如何様に使おうと、我の勝手だというのに。
……む。そら、貴様が口を挟むから、日が暮れてしまったではないか。
おい、お前達。今日はもうお開きといこう。続きは明日だ」
「えー、嫌だよ……。もっと金ピカの兄ちゃんと遊びたいよ……」
「我もそうなのだがな、暗くなっては野蛮な魔物どもが溢れかえるであろう?
万軍を成そうと我には通じぬが、しかし当のお前達が危ないゆえ、続きはまた今度といたそう」
「う~……」
理屈では理解していても本心では中々受け入れられず
楽しい遊びから離れたくないと渋る子ども達であったが、
英雄王の苦笑を交えた説得から、次第に一人また一人と帰路についていく。
赤い太陽の日差しを浴び真っ赤に染まった影達が彼方の彼方へと散っていく様を最後まで見つめ、
ようやっと英雄王は手持ち無沙汰の大男に体躯を反転し、これからの仔細に思いを巡らせた。
「……さて、今我はサルタバルタとやらにいる訳だが……
件の宝があるオンゾゾとやらへはどう行けば良いのだ?」
「その前に聞きたいんだが……」
「構わぬ。申せ」
「いや、意外にお前って子ども好きだったんだなって……。
金ピカとか呼ばれても、笑って済ましていたし」
「童子の言うことだ。一々本気にしていたら身がもつまい。
何より、元気と無知は、生ける全ての子が持つ美点でもある」
「じゃあ、例えば、俺がお前をそう呼んだら……」
途端、秀麗な美貌は、ゆっくりと柔らかな笑みを象り、大男へと向き直る。
「殺す」
「はは、やっぱし……」
がっくりと肩を落とす大男。
だが、それもほんの僅かな間のこと。
すぐさま受けたダメージから立ち直り、腕を組んで傍若無人に佇む英雄王に、
これから辿るルート、そして、日程を説明し始めた。
「オンゾゾなら北の峡谷を抜けて海岸に出ればすぐだ。
だが、今日はもう遅いし、宿をとって休息を取ろう。
幸いこの平原を越えればすぐウィンダス連邦に辿り着くことだし、
侘しい野宿生活ってことにはならない筈だ」
「ウィンダス連邦、か。ならば、先程の子らもウィンダスの民ということであろうか」
「多分そうじゃねえかな。見たところ種族はタルタルとミスラの子どもみたいだったし」
「ほぅ……」
大男の説明を受け、英雄王の口元が僅かに釣り上がる。
ウィンダス連邦とは如何なる国か?
数日間の旅路で襲い掛かってきた異形の魔物に、
道中で目にした“白魔法”・“黒魔法”なる
己の知る“魔術”とは些か勝手の違う神秘で立ち向かう旅人達。
彼らが手にする武器は、古色蒼然とした剣、斧、弓等の洗練されていない重武器の類ばかりか、
中にはただの見栄えのしない棒を振るう者、古来の拳闘士を髣髴させるセスタスを携える者もいた。
銃や爆弾といった目的に応じて極めて合理的に精製された武器を前にし、
あまりに非合理に過ぎる戦闘手段。
それでも、英雄王の胸裏を渦巻かせたのは、決して不快に属する感情ではなかった。
この世界に降り立ち、一番最初に感じた漠然とした懐かしさ――――。
虚構の魔物も現実に跋扈するこの世界は、
まさしく彼ら英霊が生きた幻想の世界に他ならなかったのだ。
一振りの小さな剣で天を覆う竜種を下し、掌より一部がはみ出す程度の槌で大地を裂く。
彼らが他愛ない武器を携え巨大な魔物に立ち向かっていたとして、何が不思議だというのか。
全て、自分達英雄が成し遂げてきたことではないか。
――――さて、ここで一旦話はウィンダス連邦へと戻る。
数多くある都市の中で、魔法大国と名高い連邦国家。
果たして魔法大国と銘打つからには、王たる己に何を見せてくれるのだろうか。
ここ異世界は、欲得を旨とする英雄王にとって、あまりに未知の箇所が大きく、
また、かつての幻想を過ごした世界への郷愁も相まり、
まるで凹凸が隙間なく嵌るかのようによく馴染んだ。
そして、自らの飽くなき欲求に思いを馳せ、
一刻も早くウィンダスという国を目にするべく前を向いたとき。
「……む?」
目に入ったものは、市井色漂う国の情景ではなく、誰かの白い頭部だった。
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最終更新:2008年10月07日 18:10