193 :Fate/Rise of the Zilart ◆6/PgkFs4qM:2008/06/04(水) 22:37:46
「うおっ、まぶしっ!」
白い頭部――――。
あらゆる角度から見渡そうと、それは確かに白い頭部に違いなかっただろう。
だが、それに秘められていたのは、清涼さを伴う白の穏やかさではなく、
目にした者の網膜を強烈な痛みで以って焼き焦がす、凶悪な白の閃光であったのだ。
そして、それは英雄王の赤い瞳にとっても例外ではなく、
対応が遅れた彼の視界は深い闇に閉ざされ、天地にただ一人存在する王の中の王は
同じく対応の遅れた大男と共に両目を押さえて地にもんどりうった。
次いで、視覚の利かぬ彼の耳に届いてきたのは、どこの誰ともわからない粗野な喚き声。
「みなぎっっっっってwきwたwぜーーーー!」
顔こそ未だ確認できないものの、
推定するに大人のものであろう無邪気な声はまるで思慮のない短絡的な調子に包まれており、
恐らくはその巻き添えを喰らったのであろう、加えて、
今し方子ども達の相手をして心地良い気だるさに包まれた彼にとって、癪に障るには充分すぎた。
「ナイトさん、ちゃんとタゲ固定してください!」
「両手剣やホーリーばかり使ってないで、盾を装備してください!」
「フラッシュ使ってください!」
「目指せ9999ダメージwwwwww
あ、白さん、ブライナよろwwwwwwwwwwww」
まだ霞がかった眼をかろうじて開ければ、目の前に複数人で武装した者達の輪が映る。
どうやら襲い掛かってきた魔物と徒党を組んで戦っているらしいが、
先程から彼の耳を穢す不快な音声はその内に含まれた一人の男から齎されているようであり、
整然と洗練された他のメンバーとは違い、際立って不恰好な振る舞いが目立っていた。
「白さんが瀕死です! 早く挑発して敵を引きつけてください!」
「無理wwwwサポシwwwwwwwww
うはwwwwwおkkkkwwwwwwwww」
誰が知ろう。
一見キ○ガ○にも見えるこの男が、噂に名高いナイトならぬ“内藤”であり、
著名なアスキーアートである内藤ホライゾン(ブーン)の元ネタであり、
(笑)=w、所謂草を広めるに到った伝道者の一人であることに――――。
ひたすらにテンションの高い内藤の思惑とは裏腹に、
連携の滞る仲間内では被害が広がる一方で、
耐久力の低い者にばかり相手の注意が向く結果、崩壊の一途を辿っていた。
多くの人間が組むパーティ戦において最も重要なものの一つは、
襲い来る相手を瞬時に屠る攻撃力ではなく、あらゆる事態に対応できる魔法や特技の豊富さでもなく、
殲滅までにかかる時間を如何に凌ぐかという鉄壁の如き防御力に他ならない。
どのような状況に陥ろうと、肝心なのは、多くの者が死なずに生き延びるということ。
故に、いくら優秀な砲台や兵士を揃えていたとしても、
城壁脆き要塞がどれだけ容易な存在に堕ちるか、推して図るべくもない。
やや遅れて視覚を回復させた大男が、ふらつく頭を押さえて立ち上がり、隣を見やる。
……青年の双眸は数分前の児童らに注ぐ慈愛に満ちたソレではなく、
憤怒に燃え上がる紅蓮の炎に包まれており、
静かに彼方に注ぐ視線からは尋常でないものが含まれていると断じることができた。
「あ~……俺、先にウィンダスへ行って、寝床の確保しとくから」
「…………」
投げかけられた声には応えず、大男も無理には返事を待とうとはせず、
逃げるように去っていく背中に一瞥も寄越さないで、英雄王はただ一点のみを冷たく見据えるばかり。
やがて何の合図もなしに当の内藤の傍へと歩み寄り、ニッコリと微笑みながら肩を叩く。
……これから後の出来事は、殊更に明かす必要はないだろう。
――――――――。
「ところでさ、お前ってどうしてあんな所に居たんだ?」
窓枠からは仄かな月光が漏れ、
既に沈んだ太陽に代わり、小さな明かりとなって部屋の中を照らしてくれる。
何気なく顔を出して外の様子を窺えば、
喧騒の止んだ街並みからはそれぞれ小さな明かりが燈され、
今まさに慎ましやかなまどろみの倦怠が人々を包もうとしていた。
問いかけは、突然だった。
何の必然性もなければ、何の脈絡もない。
恐らくは、話を切り出した本人でさえ深く考えての行いではなかったのだろう。
彼としてもそんな取るに足らない問いかけに逐一煩わされるのは本意でなかったが、
答えなければ後に五月蝿く喚き散らすに決まっていたであろうから、
仕方なしに付き合ってやることにした。
「唐突だな……。今まで何も訊ねてこなかった貴様が」
「いや、別に訊ねる機会がなかったって訳じゃないんだけどさ。
お前ってすぐツンケンするから聞きづらかったんだよ。稀に意味もなく怒るし」
この言葉を耳にし、英雄王の眉が微かに揺れ動く。
それでも、指摘されたすぐ傍から奴の指摘する怒りを吐き出してしまっては、
却ってこちらの負けかもしれない――――。
そんな彼なりの理由から、咽喉まで込み上げてきた憤慨を一時納め、
とりあえずは寄越された当座の質問に答えることにする。
「意味はない」
「……? いや、意味がないこたないだろう。
胸に傷を負ってるってのに、あんな荒野を一人で彷徨ってたんだ。
何かしら理由があると勘繰るのは当然だぜ」
「くだらんな。そのような低俗な妄想に我を駆り立てるでない。だが……」
途端、脳裏に掠めるアサシンの悦に歪んだ髑髏面。
出発前に不覚にも与えられた一撃を思えば、例え万死を以って償わせようとも、
小汚い鼠に齧られたという抗い難き事実は到底拭えそうになかった。
「……そのことについては触れるな。我の耳が穢れる」
「そ、そうか?」
「そういう貴様こそ、何をしていた。
先程の理を適えるのならば、貴様とて例外ではあるまい」
目の前の男に特別興味を持っていた訳ではなかった。
ただ、これは聞かれてばかりは癪というだけの、意趣返し程度の些細なモノ。
だが、嬉々として自身を語るものとばかり予想していた大男は、常時の枠内に当て嵌まらず、
問いを耳にした途端身に纏う朗らかな雰囲気は消え失せ、
軽く開け放たれた口は重苦しく閉ざし、固く腕を組んで質問に答えかねる様を呈していた。
これにはさしもの英雄王も少々面食らい、ここで初めて彼の内面に興味らしき興味を抱いた。
「……人を、探しているんだ」
「人、だと?」
「ああ。えっと……仲間? 友達? いや、違うな……。
上手く言えないが……ん~、何て言やいいのかなあ……」
珍しく舌の回りが鈍く、話の内容も今ひとつ要領を得ず、
人一倍鈍いこの男にしては、おかしなことに、妙に繊細な部分がある。
だが、口述の裏に見え隠れする確かな親愛の情を、英雄王の眼力は見逃さない。
「とにかく、俺はそいつに会って、もう一度剣を交わしてみたいんだ。
そして、勝ちてえ。一度でいいから、正面から正々堂々と。一対一で勝負して、勝ちてえ」
「……つまり、殺したい相手がいると?」
「違うって! そうじゃなくてさあ……」
言いたいことを形に出来ずに二の句を継ぎかねる大男であったが、
ややあってから目の前の青年が唯我独尊を地で行く輩であることを思い出し、
これ以上の言論は無用と断じ、こちらを見据える透け通った美貌から顔を背けて寝転がる。
そうして数秒の後、聞こえてきたのは鼠も逃げ出す獣の咆哮の如き大鼾。
「――――やれやれ……」
思わずこぼした溜息を引き金に、蓄積していた疲労が一気に体内を駆け巡る。
そして、力の抜けた体を重力に任せて柔らかいベッドへ――――尤も、
彼の知る天上の寝具とは比較にならないほど粗末なものであったが――――落とし、
大の字に広げた手足をそのままに目を閉じる。
疲れた――――。
あの世界での温い“夜遊び”では中々に得難い、ありのままに過ごして得る心地良い疲労。
無論、初めての経験ではない。
かつて数多の世界を旅し、様々な神秘を打ち破ってきたあの頃では、
神の寄越した魔獣を屠り、同じく性懲りもなく寄越してきた神牛を捕縛する等、
それなりに楽しいと思える日々を送ってきたつもりだ。
そして、その隣へいつも並ぼうと躍起になり、
泥より作られた身でありながら、神の子との対等を望んだ愚かなる野人。
結果、分を弁えぬ愚かな所業は、目敏い神々によって罰せられることになるのだが――――
それでも、彼のことを追憶する度に、あの最期の姿が、今も焼きついて離れない。
『何故泣く? 我の傍らに身を置いた愚かさを、今になって悔いるのか?』
『そうではない。この僕の亡き後に、誰が君を理解するのだ? 誰が君と共に歩むというのだ?
朋友よ……これより始まる君の孤独を偲べば、僕は泣かずにはいられない……』
(エンキドゥ……我が終生の友よ……)
悲しみ? 哀れみ? 憧れ? 尊敬? 恐怖?
とうに数千年経ったというのに、
あの時抱いた気持ちがどういったものであるのか、彼には判別できずにいた。
それもその筈だ。以降の彼は、このエンキドゥを生涯の友とし、
それ以上心打ち解ける者を求めようとはしなかったのだから。
しかし――――
巨躯を揺らしながら寝入る大男をチラリと見やる。
「仲間でもなければ友でもない曖昧な関係。けれども勝利を欲して堪らない相手……?
馬鹿め……それこそ何物にも代え難い朋友に他ならぬではないか」
腹の中に溜まった溜息を、勢いに任せて膝元へと吐き出す。
英雄王は、己以上に不器用な男に、心底辟易した。
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最終更新:2008年10月07日 18:10