220 :Fate/Rise of the Zilart ◆6/PgkFs4qM:2008/06/08(日) 00:03:35


――Interlude


 二人は共に同じ時を過ごして――――
 同じ喜びを共有して。笑って。そんな互いをからかい合って。
 同じ悲しさを味わい悲嘆に暮れ。
 耐え切れぬ憤慨に身を焦がせば、どうすれば良いのか真剣に考え合った。
 でも、俺達は別々に生きて、死んでいく。
 いつまでも一緒には居られない。
 わかっていたのに。
 わかっていたのに……。
 それでも。深い慟哭が胸を苛み、紛らわし様のない喪失感が虚しく心を包もうとも。
 …………カレン。俺は自分を変える事が出来ない。


 どんよりと微かな湿度を含ませた闇の中、まともに機能していたらしい耳朶が、
 間断なく続くうねりの音の中より、こちらへと近付く何者かの気配を捉える。
 コツン、コツンと少しずつ大きくなっていく硬質的な音色。
 こんな時間に一体誰だろうと硬い枕を軸に目を向ければ、
 すぐ間近に迫っていた訪問者の影が、黒い背景より一段と濃く浮かび上がっていた。

「……ん、誰だ……?」
「僕です」

 せっかく来てくれたというのに、真っ暗なのは些か申し訳がない。
 だから、すぐ傍の卓上に置いてあるランプを手にしようと、
 勘を頼りに弄っていたのだけれど……
 気を遣ってくれたらしい訪問者が、俺より早くランプを手にして火を点してくれた。
 瞬間、生の息吹を込められた塊が、何もない黒一色の世界に立体感を持たせ、
 明瞭とした火影を滲ませる温かいオレンジ色に塗り潰す。
 ……どちらかと言うと先程の俺は闇が心地良く感じられていた筈なのだが、
 この柔らかな暖色を目にした途端、どうした訳か喩え様のない安心感が心を支配し、
 知らずと胸を撫で下ろしている自分に愕然とした。

「調子はどう? 痛い所とか、ない?」

 かけられた声にハッとし、釣られて視野を移した先にあったのは、
 こちらを心配そうに窺う大きな両の瞳。
 あるべき右腕の欠損した、幼さを残す可愛らしい顔立ちの女性。

「ま、巻菜……」

 久織巻菜。
 彼女の名を口にした拍子に、出掛けで受けた、
 今となっては適切極まりない忠告が脳裏を駆け巡る。
 拙い……。
 何が拙いって、俺はそんな彼女の冷静な判断を無碍にしたどころか、
 まるで間逆の行動を行って、たった今痛い目を見てきたばかりの所なのだ。
 何だろう。今の俺、自分から見てもカッコ悪い。カッコ悪いついでに、凄く見っともない。
 だから、次に口にした言葉は、一にも二にもなく、謝罪のソレだった。

「ゴメン、巻菜の言うとおりだった。
今のままの俺じゃ、あいつらにはまるで敵わなかったよ……」
「…………」

 無言。
 寝間着に覆われた背中から、厭な汗が徐々に量を増しながら滲んでくる。
 わかっている。彼女だって、この最悪な状況をどうにか出来るのならば、
 察するに俺と等しくどうにかしたい衝動に駆られている筈だ。
 けれど――――。
 俺達に足らないモノ。
 察するに力。更に突き詰めれば権力。敢えて贅沢を言うのならば人手。
 国一つと張り合えるほどのお金。人智を遥かに超越した膨大なる魔力。
 無限に続く大地を砕く伝説の武器。どこであろうと顔の利く幅広い人脈。
 容易に救出の手立てが浮かぶ卓越した頭脳。何より、力――――。
 馬鹿な。
 そんな都合の良いモノ、どこにある?
 いつだって何もない俺達に出来ることは、
 無い手札を今出来ることで手繰り寄せ勝負するだけではないか。

「……聞き遅れたけど、バタコはどうなったんだ? 無事……か?」
「うん。今は、ここじゃない部屋で休んでる。
そろそろ目を覚ますと思うけど……急ぎの用なら、言伝を与りましょうか?」
「そうか……良かった……。いや、無事ならいいんだ」

 あまり寝心地の好くなかった藁布団を一応の感謝を籠めながら捲り、汗で濡れた寝間着を脱ぎ捨てる。
 水分を含んで加増した重量と濡れ落ち葉の如く変化した不快さが取り払われたことにより、
 重たげに感じられた体は自然と軽さを増し、幾許かは沈鬱した気分を晴らしてくれた。
 次いで、すぐ手元に用意されていた手拭で湿った体を拭き、
 傍に畳まれた衣服と、真横に置かれた軽装の具足に手を通す。
 ――――今度こそ負けない。
 既に何度目になるのか、数えていないのでわからない。
 だけど、今度こそは奴等を倒して、捕らわれのカレンを救い出してみせる。

「……もう、行くんですか?」
「ああ。……それと、悪いんだけど、やっぱり彼女への言伝を与っててくれないか?
「……何と?」
「今回からは、俺一人で行くよ。
 助けてくれるのは嬉しいけど、でも、俺自身が執着していることに煩わせて、
 他の奴が、ましてや女の子が傷つくってのは、見ていてちょっとな。
 だから、もう手助けは必要ないって、今までありがとうって伝えといてくれ」
「――――貴方は……」
「代わりに、いなくなった莫耶を探して欲しいんだ。
 本当なら俺も探してやりたいんだけど……って、巻菜?」

 言い終わるより先に、胴を伝わる熱い何か。
 ぎょっとして顔を傾かせれば、小柄な誰かが、
 華奢な体格を懸命に強張らせながらこちらにしがみ付いていた。
 思わず触れた肩は信じられないことに小刻みに震え、
 その様は、さながら恐怖に竦む小動物を見ているようで――――
 訳もなく俺は悲しくなり、その都度腕の中の彼女を強く抱き締めていた。

「どうして?」
「……えっ?」
「どうして? どうして貴方はそこまで彼女に尽くしてあげられるの?
 どうして貴方は自分が傷つくことを……自分を大切にしてあげられないの?」

 細い指先が頭の短い髪先に触れ、愛でるかのように優しく撫でてくる。
 充分に触れた後に指は目元へと移り、瞼と睫を壊さぬよう繊細に愛撫する。

「闇の王の居城から帰って、ここに運ばれてきたばかりの貴方は特に酷かった。
 髪だって白く……眼だって幾つかの色を失い……。私、嫌だよ。
 これ以上、傷ついてボロボロになっていく貴方を目にするのは、辛くて耐えられない」
「巻菜、お前……」

 先程までの整然とした声音とは程遠い、掠れた声。
 感情のない彼女の頬を伝うものの正体は、
 このランプの灯りを淡く反射する輝きは、一体なんだというのか。
 彼女を保護する偽りの仮面を砕き、ここまでの苦しみを強要させている輩は、一体誰だというのか。
 ――――ああ。本当に、馬鹿だ。心底、自分で自分が嫌になってくる。

「どうして……貴方はそこまで頑張れるの……?」



Ⅰ:カレンが忘れられないから
Ⅱ:攫った奴等が許せないから
Ⅲ:それが正しい行いと思うから


投票結果


Ⅰ:0
Ⅱ:0
Ⅲ:5

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2008年10月07日 21:44