107 :遠坂桜 ◆0ABGok2Fgo:2008/05/28(水) 20:03:44
桜は眺めていた。
十字の並ぶ丘。この地で果てた者たち。
眠る彼らは、信じる神の許へと確かに召されたのか。
時臣も日本人ながら、彼らと同じ場所に横たわっている。
魔術師を、神は好むまい。だが桜は、時臣も救われたのだと思いたかった。
「マスター。私は魔力感知に優れていないので、自信は無いのですが……」
霊体化しているサーヴァントの声がした。
「どうかしました?」
桜は感傷を拭い、周囲を見渡した。
何も変化はなかった。いつも通りの教会の風景だ。
「ここは神の家である筈なのに、魔力の流れがどこか作為的ではありませんか?」
「まるで魔術師の工房、ですか?
ここの神父が魔術も使うからですよ。二枚舌なんです、あの人は」
「それは……監督役としては適任なのかもしれませんが」
桜は綺礼の姿を思い浮かべた。
確かめたことは無いが、実際に舌が二枚あったりするのだろうか。
「何か楽しいことでも?」
「いえ。そういう訳じゃないんです」
「では、行きましょう。被害を抑えるためには、早く行動を起こさねばなりません」
いちいち理屈を吐く、という意味では綺礼とサーヴァントは似ていた。
桜は悠々と門を開き、礼拝堂に足を踏み入れた。
軋む扉。目前に豪奢な礼拝堂が広がった。
無人を見て取ったサーヴァントが実体化した。鎧姿は崩していない。
奥の闇から足音が響く。
人の気配を感じ取ったのか。綺礼が悠然と姿を現していた。
桜はちょっと強気に出てみることにした。先日、排気ガスを吸わされたお返しである。
「安息日に誰も教会に来ないなんて、おじさんの人気も知れたもんですね」
にやりと、桜は笑った。
だが綺礼は泰然として答えた。
「今日は月曜だ。
…曜日も判らんとは、兄弟子として嘆かわしい事この上ない」
「えっ……ほんとに?」
桜はサーヴァントを見た。
サーヴァントはゆっくりと首を縦に振った。
「大方、丸一日寝ていて感覚が狂った、というあたりか」
図星である。これだから親代わりの人間というのは厄介だった。
桜は不景気なアヒルみたいな顔をした。
「用件を言え。その妙な顔を見せられ続けては、こちらの気が滅入る」
「へ、変な顔じゃありませんっ」
「確かに、おまえにしては普通だが」
「うぅーっ!」
サーヴァントが咳払いをした。
桜はピタリと、地団駄踏むのを止めた。
綺礼は冷たい目で桜を見据えた。
「マスター登録か」
「判ってるなら、最初からそう言って下さい」
「おまえが言えば済んだことだ」
「……う」
「登録はしておく。用が済んだのなら帰れ」
綺礼が背を向けた。
桜は追いすがるように、数歩駆けた。
「ま、待ってください。
あの…一般人を殺してる魔術師の居場所、教えてくれませんか?」
桜は知らず、震えた。
覗き見えた綺礼の瞳は、さながら捕食者が獲物を狙うようだった。
「神秘の隠匿というルールは守られている。
監督役としては、情報開示の段階にない――マスターが下手人であるならば、だが」
綺礼は芝居がかった身振りで、桜へと向き直った。
綺礼は笑っていた。酷薄で温かみのない、彼らしい笑みだった。
「通常、魔術師が被害を及ぼすのなら、管理者に通報することになる。
それが管理者の後見役としての私の役目だ」
「…あの、やっぱ聞くの止めていいですか?」
桜は嫌な予感がしていた。綺礼が楽しそうなときは、誰かが不幸になっているのだ。
綺礼は桜の反応を一切無視し、心底愉しそうに微笑んだ。
「港だ。そこに工房がある」
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最終更新:2008年10月07日 18:14