234 :Fate/Rise of the Zilart ◆6/PgkFs4qM:2008/06/11(水) 23:18:31


 上目遣いでこちらを見やる眼差しは水面に映る月影の如く不確かで、
 図らずとも高鳴る鼓動は一体何を感じ取ってのことか。
 温かさを通り越え、はっきりとした熱を宿す炎の肉体。
 部屋の中は俺達だけで、とても静かで、けれども全然静かじゃない。
 棚や机を橙色に染める火影の揺らぎ音以外に耳元へと届く、
 今にも崩れそうに危うい機械の軋み音。
 つぶらな瞳は問う。
 何故、自分はここまで頑張れるのか、と。
 そんなこと――――考えるまでもない。
 今も昔も。衛宮士郎の突き動かすモノは、ただ一つだけ。

「それが正しいと信じているからだよ。
 誰かが苦しんでいるのなら、誰かが泣いているのなら、俺は手を差し伸ばさずにはいられない。
 ああ、俺なんかで誰かが助かるのなら、いくらでも頑張ってみせるさ。
 その結果、一人でも多く笑っていられるのなら……この衝動には、抗えない」

 十年前、新都を襲った大火災。
 街を覆う焔の渦に呑まれながら尚助けを求める人々を、
 あろうことか意にも介さず素通りし、見捨てた自分。
 いくら後悔しようとも、いくら妄想の中の炎を蹴散らし炎に喘ぐ人々へ手を差し伸べようとも、
 過ぎ去った過ちは償われない。
 ――――だけど。
 それでも、力尽き倒れた俺を心底ほっとしながら抱き寄せる切嗣の姿が、
 きっと尊いモノなのだと信じているから。
 力の入らぬ拳を握り締め、戸惑う巻菜を直視する。
 そう。いつだって、衛宮士郎を突き動かすモノは一つだけなのだ。

「俺、正義の味方になりたいんだ。
 正直まだ道程は全然遠いんだけど……でも、ずっと以前に約束しててさ。
 いつか、必ず正義の味方になってやるって。そいつの代わりに俺がなるって。
 だから、逃げない。この夢は俺の夢でもあるけど、そいつの夢でもあるからさ」
「…………」
「それに、正義の味方は期間限定らしくてさ、年を重ねるとやり続けるのが難しくなるんだ。
 なら、今の内に急いで目指さないと危ういだろ?」

 微かに冗談混じえて肩を竦ませれば、
 ようやっと涙に濡れた顔は笑みを宿し、くすりと穏やかな吐息をこぼす。
 そして、その様子を確認してから、彼女に悟られぬよう、そっと胸を撫で下ろす。
 やはり、自分のせいで誰かが悲しい思いをするのは、申し訳ない。

「士郎は、いいね。そんな素敵な思い出があって。
 ……私は、小さい頃からずっと、嫌な思い出しかなかった。
 周囲にいる人達は、みんな、私を惨めにさせるだけの存在だった」
「これから作ればいいさ。俺が居る。莫耶も。バタコも。
 カレンだって、いずれ戻ってきた際には協力してくれる筈だ」
「ん……」

 俺達は、まだ若くて、未熟で、まだ詰め込む余地がいくらでもある。
 喩え己の中には暗い過去しかなくとも、強い覚悟でそれを受け入れ、
 弱く情けない自分を乗り越えていくしか仕様がないのだ。
 勿論、一人では些か不安であろうとも、
 背中を押す助力くらいなら、俺が、俺達がいくらでも手伝ってやれる。
 だが、忙しく眼を擦りつけ、再度こちらを見つめる瞳は、
 輝かしい活力に満ちたものではなく、言い様のない悲しみを秘めたものであった。

「でも、多分無理だな、私には。だって、私は…………」
「巻菜……?」

 続いて瞳は微かな疚しさを含ませ、気まずそうに俺の視線から大きく横へ逸らし、
 二の句を継ぐまいか言いよどむ様子を示していた。
 やや注意深く観察すれば、言葉のなり損ないである呼気を吐く口元は細かく震え、
 俺の腕を掴む掌はじんわりと滲む汗に湿り、明らかに動揺している風である。
 彼女の過去……。
 今まで行動を共にしてきて無理に問うまいと訊ねはしなかったが、
 彼女をここまで苛む源はどういったものだというのか。
 他人の言動を模倣せずにはいられない性癖といい、俺は、
 久織巻菜が一体どのような人間なのか、初めて彼女の過去を聞き出したい欲求に駆られた。

「……それより、彼らの船に便乗してジュノへと向かうのでしょう?
 出航時間も迫っているみたいだし、あんまり待たせるのは悪いよ」
「あ、ああ、そうだな……」

 一転、胸元に埋まっていた彼女の頭は俺から飛び離れ、
 強い勢いで、あるのはただ岩壁だけの、誰も居ない後方へとそっぽ向く。
 聞かれたくないという意思表示なのか、先程までの会話への積極性は影を潜め、
 そそくさとした動作からは拒絶すら感じる。
 当の俺もそれ以上聞くことは憚られ、殊更無理に追求しようとは思わなかった。

「でも、忘れないでね、士郎」
「うん?」
「貴方が夢を追い求めれば求める程、
 貴方自身の大切な、補いようのない大切なものを失う羽目に陥る。
 例えどれだけの人を幸せにしようとも、決してそれに釣り合うものなんて得られない。
 だから、その限界を示す境界の存在だけは、絶対に……忘れないで」
「…………」

 真摯に響く声は、どこか虚しく彼方へと過ぎ去り消えていく。
 ……口先だけの返事なんて、出来る訳がない。
 背中にはただ悲哀を含めた気配ばかりが漂い、けれども俺は、
 それを振り切り、無いものとして看過するしか仕様がなかった。



係船場には……
Ⅰ:紫色の髪をした、一見男と見間違う中性的な女性がいた(水晶)
Ⅱ:白い髪に赤い瞳の少女がいた(天杯)
Ⅲ:左目に眼帯をした、渋い老躯の老人がいた(亀)


投票結果


Ⅰ:2
Ⅱ:5
Ⅲ:1

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最終更新:2008年10月07日 21:44