279 :Fate/Rise of the Zilart ◆6/PgkFs4qM:2008/06/18(水) 00:09:21


 全てを瓦解させる悲しい呟き。
 ――――無理だッ!
 赤い瞳に目一杯留められた雫が、頬を伝い、ポタリと地に淡い王冠を作る。
 その情景が網膜を刺激する数瞬の後――――『俺』を象る全ての要素が呆気なくも灰塵に帰す。
 無理。そう、無理なのだ。
 どうして忘れよう筈があろうか。
 目前で赤い目を尚も赤く泣き腫らす少女は、
 切嗣の遺していったこの娘は、自分の一体何だというのか。
 言葉の意味を吟味するより早く、小難しい理屈を弄するよりも早く、
 震える指は、愚鈍な腕は、その小さな身体を強く抱き締めていた。

「イリヤ!」
「うっ……シロウ……」

 絡め合う肢体は想像していたよりも一段と熱く、激しく。
 巻き込みたくなんてなかった。
 一度彼女を受け入れてしまえば最後、
 彼女にどのような苦痛を強いるかなんて、厭になるくらい判っていたのに。
 故に、敢えて拒絶し、突き放すという選択もあったのだ。
 誰もが笑っていて欲しいから長らく苦楽を共にした仲間達でさえ別れたというのに……
 だが、長い年月を隔て、それこそ世界を隔ててまで会いに来てくれたイリヤに対し、どうしてそのような仕打ちが出来ようか。
 血の繋がりが無いとはいえ、彼女は俺の――――この世にたった一人残された、唯一無二の肉親ではないか。
 欺瞞じゃない。御託でもない。
 理屈抜きで、兄妹という結びつきは……強い。

「ゴメン……。ごめんな、イリヤ。勝手に居なくなって、悲しい思いをさせて、ゴメン」
「……うん。――――本当、レディをこんなに待たせるだなんて、何を考えているのかしら?
 シロウがズボラなのは知っていたけど、ここまでとは思わなかったわ」
「ご、ごめん」
「いつもなら、バーサーカーにお仕置きを頼むところなんだけど……」

 そっと胸に沈めた顔を上げれば、そこには既に陰鬱な表情など微塵も存在せず、
 代わりに雨上がりの爽やかな小春日和が浮かんでいた。
 ニッコリとアーチを描く唇を宛ら虹とすれば、悪戯を秘めた愛らしい瞼は天から降り注ぐ眩い光線か。
 二度と見れまいと覚悟していた笑顔は殊の外強烈で、
 無条件でこちらの元気を引き出し、疲労の蓄積した心身を見ているだけで優しく癒してくれる。

「でも、いいっ。シロウに会ったら、そんな気持ち、吹き飛んじゃった。えへへ……シロウっ!」
「うおっ、と……!」

 抱すくめた姿勢から、更に激しく俺の胸元へと飛び込んでくるイリヤ。
 足場の悪い岩場なこともあり、危うく滑って転んでしまうのではないかと肝を冷やすが、
 それでもどうにか倒れずに、その小さな身体を受け止めることに成功する。
 ふわりと宙を舞う銀髪は、果たしてシャンプーの匂いなのか、
 仄かに芳しい香りが鼻をくすぐり、久方振りに経験する心地良さを味わわせた。
 ああ、そうか。これが俺、衛宮士郎なんだ。
 ”俺だけ頑張る”、”俺がどうにかすればいい”。――――なんておこがましい。
 ”大切な者を守る”。もとより俺はその為に行動しているのではないか。

「妹、か。そろそろ、俺も……」
「サリサさん?」
「いや、別に。……せっかくの兄妹の再会だ。今日一日ゆっくり過ごしなよ」

 手入れのされていないボサボサの紫の髪を、左右に揺らしながら去っていく彼女。
 しばらく、何をするでもなく、
 口を噤むイリヤと共にその後姿を見つめていたのだが、ふと、ここであることに気付いた。

「そうだ。お礼、まだ言ってなかったな」

 イリヤとの再会を果たせたのは、ひとえに彼女の導きに他ならない。
 本当なら、真っ先に謝辞を述べるのが筋だというのに……
 イリヤと出会えたのが嬉しくて、つい礼を言い延びれてしまった。

「でもね、シロウ。私が来たからには、もう大丈夫だから。
 これ以上貴方を壊させはしない。お姉ちゃんが……貴方を守るから」
「? イリヤ……?」

 重々しい口ぶりとは裏腹の、見当外れな”姉”という言葉。
 はて、イリヤは妹の筈だけれど……?
 兎にも角にも呆ける俺とは他所に、首に回る彼女の可憐な手は二度と離すまいと、ただ力強かった。


――Interlude out.



Ⅰ:我に不可能などない
Ⅱ:我でも無理でした


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最終更新:2008年10月07日 21:45