321 :Fate/Rise of the Zilart ◆6/PgkFs4qM:2008/06/25(水) 21:08:41
触手の裏側にびっしりと貼り付けられた吸盤を蠢動させ警戒の姿勢をとるオンゾゾの主に対し、
攻撃とは無縁の四肢を放り出した自然体で歩み寄る英雄王。
まるで無防備。何たる慢心。
己の身長の数倍に匹敵する怪物を前にし、それは自殺行為に等しい無謀。
いずれその細い身体に長い触手が巻き付き、むしろそれを推奨しているかのような軽率さ。
常識として考えるのならば、数瞬後にこの青年が辿る一路は、破滅しか有り得ないのだが――――
だが、それは青年が並みの人間であることが前提のハナシ。
喩え数万馬力に及ぼうという圧倒的破壊力を有する怪物とて、
見目麗しい最強のサーヴァントにかかれば、立場は全くの逆…………
「――――ふっ、ふがっ!? な、なんだ? 鼻が……急に……」
……だが、それは青年が人並程度の神経と慎重さを持ち合わせていたらのハナシ。
疑うまでもなく、数多の伝説を織り成してきた彼は、最強の存在である。
手にする力は無限に続く大地を砕き、
最高の技を以って破壊に徹すれば、その威力は次元を破り向こう側へと干渉する出鱈目さ。
本気を出した英雄王に勝てる者など、果たしてこの地上に存在するのか否か……
それほどの評価を下さざるを得ないまでに、彼が最強であることは揺るがないのだ。
ただし、いくら強かろうとも、強さとはそれを操る者次第で100にも1にも変わるもの。
彼の悪癖である慢心は、
最上まで達すればそこいらの棒を持った子どもにすら敗北を許してしまうほど深刻であり――――
極端な話、彼は誰にでも勝つことが出来るが、その逆に、誰にでも負ける可能性があるのだ。
「はっ……はっ……はっくしょ、ぶ――――!?」
決定的な隙を突き放たれる漆黒の闇。
眩い金の煌きを不浄の黒で塗り潰し、相手が怯んだ所で一目散に洞穴の奥へと撤退していく巨大蛸。
目くらましこそ古来より親しまれる典型的な逃走手段。忍者の煙幕ならぬ、蛸のスミ吐きである。
去り行くスピードは巨体に似つかわないもので、
さながら俊敏なゴキブリの移動を目にしているかのようであり、
加えて暗く狭い岩の隙間へと入り込まれては、実質追跡は不可能といえた。
全ては一瞬。彼が息を吸い、鼻腔内に詰まる不快感を吐き出そうと構える一秒にも満たない時間。
やや遅れて、スミ塗れの四肢を折りながら、尻餅より起き上がる英雄王。
そのこめかみには、太めの青筋が小刻みに痙攣していた。
「こ……ころ……して……やる……」
「もう居ねえよ。あんな奥へ行かれちゃ、もう追うのは無理だなあ。
それに、一旦狙われてるって警戒されちまった以上、しばらく表には出てこねえぞ」
「ならさっさと我の前に連れて来いッ!! 五寸刻みで永遠の苦痛を味わわせてから処刑してやるっ!」
彼が癇癪を起こして体を震わせる度に、体に付着したスミは周囲へと飛び散り、
まだ幾許も汚れていない大男の鎧に小さな点を作る。
それに伴い、やれやれと閑静な洞穴内に反響するのは、大男の憂鬱気味な深い溜息。
どうやらこの青年は、あまりの御し難い怒りに精神を蝕まれ、正常な判断が出来ないでいるようだ。
「……まったく、さっきあれだけ大口を叩いておきながら……初っ端で油断なんて、先が思いやられるぜ」
「ゆ、油断などではない! クシャミなど生理現象の一つであろうが!
あれは単に我がついていなかっただけだ!」
「普通はな、ちゃんと心構えさえしっかりしていたら、クシャミなんてしないっての」
「くっ……」
行き場のない怒りに対し、ピクピクとひっきりなしに痙攣する大血管。
それでも、彼にとっては、この事態は甚だ納得出来るものではなく、
ましてや、反論に値する確かな言い分が胸中に存在した。
不意に触れた胸元には多量のスミを含ませた布の感触。
その感覚を伝える両手は何も携えることなく軽やかなもの。
(そうだ。我は……丸腰ではないか! 剣はおろか、鎧すら装備しておらぬぞ!?)
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最終更新:2008年10月07日 21:46