365 :Fate/Rise of the Zilart ◆6/PgkFs4qM:2008/07/02(水) 22:17:13
あまりに奇怪な出来事に直面し、彼には珍しく、
眼前に据えられた当の紅玉を取るべきか否か、すぐには断じかねる様相の英雄王。
熟考の果てに逡巡しながら目を向ければ、
一種の妖しげな気配すら感じられる朱の光芒が日輪の熱線を紅く染め、彼の赤眼を更に深く彩った。
とにかく、このまま放って置く訳にもいくまい。
何かを連想させる度に先程の奇々怪々な出来事が根強く甦ってくるが、
正体の判別がつかないものに振り回されるのはプライドの高い彼にとって不服であったし、
第一、彼はこと強さに措いては何よりも自分自身を信じている。
人類最古の王、つまりは最強のサーヴァントたる矜持。
時間の経過により半ばまで砂に埋まりつつある紅玉を取る手は臆することのない堂々としたもので、
或いは溺れゆく弱者に手を差し伸べる慈愛すら満ちたものであり、
その光景は何人も侵し難い神秘性すら有していた。
「む……」
だから、彼の大きな手に包まれた紅玉も、今出会ったばかりの見ず知らずの人間といえど、
柔らかな指先から伝えられる温もりに中てられ、些かばかり絆されたのかもしれない。
孤高を貫き通す王の寵愛を得られるのなら、例え己の全てを擲ってでもそれに並ぶ価値がある。
原初に及ぶ彷徨の果てに辿り着いた邂逅は、殊の外甘美な痺れが脳髄を支配し、
人を遥かに超える精神力を以ってしても耐え難い愉悦で己を誘い……
手がなかろうと。意思を伝える口がなかろうと。
”彼”の切なる想いは、超自然による言葉ならぬ声となりて、英雄王の意識の淵へと響いた。
「……そうか。寂しいのだな、貴様。己の主たる者の元へと還りたいのだな」
このとき彼の胸に去来した感情は、常時の慢心に満ちたものではなく、
永久を生きた者に対する、言葉では到底言い表しようのない深い悲しみであった。
紅玉の意思が伝わった以上、最早是非を問う必要性すら有り得ず、彼が下した決定は揺るがない。
「良いだろう、来い。我の財に加えてやる。……ただし、覚悟しろよ?
ひとたび我の物となった以上は、
あらゆる美酒でも味わえぬ陶酔に浸り続け、我なしでは存在し得なくなる。
ふっ、これは大変なことだぞ? 何しろ、貴様は道具としての広範な意義を喪失し、
『我の財』という範疇でしか余生を過ごすことが出来ぬのだからな。
我あってこその貴様だ。努、忘れるな」
指を小さく跳ね上がらせると同時に、
まるで頬擦りするかのように肉厚の掌へと転がり込んでくる小さな紅玉。
「……そうだ。蔵へと仕舞う前に、一つ尋ねておくことがあった。
おい、貴様。もしや名があるのではないか? これより我の所有物となるのだ。名乗るが良い」
手中に収められた紅玉は、彼の言葉に反応してか、陽光を要せずに、瞬くように光り輝く。
「カーバンクル、か。このギルガメッシュへ献上する忠義、期待しておるぞ」
――――――――。
「はぁ、やっぱり街の中は落ち着くぜ」
呟きに乗じて漏らされる大男の溜息も、決して大げさなものではない。
四方を鬱蒼と覆う逞しい木々の幹に、天から降り注ぐ熱線を遮る豊かな枝葉。
森の都とも比喩されるウィンダスにおいては、
厳しい荒野に喘ぐ旅人達にとってオアシスにも等しい癒しの源泉であり、
如何な荒くれ者とて、幼少の折に決別した童子に変わる。
「そうそう。ウィンダスは三国の中で一番土地が広いからさ、絶対に俺から離れちゃ駄目だぜ?
この年齢で迷子だなんて、笑えないだろ?」
「舐めるなよ、雑種。この我が迷子など、喩え天地が引っくり返ようとも有り得ぬわ」
「ああ、頼むぞ。道だって複雑なんだからな。一旦迷えば、合流するのに三日はかかる。
……それはそうと、魔法の第一人者であるシャントット博士の家だけど……
えーと、本当にこの道で良かったっけかなぁ?」
頭をぼりぼりと掻きながら困惑する大男とは間逆に、
煩わしい話になど端から関わる気がなく、
大男の苦悩など何処吹く風とばかりに周囲へ目を見遣っていた英雄王であったが……
ここでふと、少し変わったものを発見した。
(なん……だと……?)
ソレが世間一般でいう『ウサギ』であったのは間違いないであろう。
だが、それにしては、少々体つきが妙である。
細く引き締まった胴。カンガルーのように前へ曲がった両足。窪んだ眼窩。
さて、驚愕に目を丸くする英雄王に気分を害したのか、
推定『ウサギ』は、文字通り、脱兎の如く彼方へと駆け去ろうと、体を後方へ反転させた。
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最終更新:2008年10月07日 21:47