437 :アトルガンの娘 ◆6/PgkFs4qM:2008/07/11(金) 22:50:39


/Prologue


 はるかなる東の大陸に
 栄華を誇る、聖皇の国があると云う。
 その国の名は、アトルガン。



 響き渡るは鉄鉱を打ち据える鑿の音。
 一定のリズムを保った甲高い音が小気味よく坑道内に満ち、じっと耳にしていると、
 面白おかしいそのメロディはダンスを煽る調子にすら聞こえてくる。
 だが、そのような趣きある詩情とは裏腹に、中は太陽の光が届かない日陰だというのに、
 肌を包む空気は皮膚を焼くスチームに似た熱気を帯び、
 このまま中に居ては、熱射病にかかってしまうのではないかという憂慮を感じさせた。
 そして、この天然のサウナの中において、誰一人手を休ませることなく、
 握り締めた槌と鑿をひっきりなしに上下する複数の男達。
 面貌に浮かぶ歪めた形相は鬼気を宿した凄惨さがあり――――。
 それは何時まで続く苦痛なのだろう。
 それは何時まで続く苦悩なのだろう。
 額に浮かぶ汗は滲みと乾きの繰り返しで飴のように茶色の肌へ張り付き、
 首にかけた手拭いは体から生じた塩によりただ不快さしか身体に与えてくれない。
 濁流に呑まれるが如くの疲労が手足を重く縛ろうとも、それでも男達の手は止まらず、
 数刻前とは不変に、岩を打ち据えることを止めようとはなかった。
 しかし、永遠に続くと思われた苦行は唐突に終わりを告げる。
 一人の男の狂乱に満ちた嬌声によって。

「あり……ました……。宰相陛下、ありましたっ!」

 途端、各々の場に専心していた男達から土砂降りの雨の如く喝采が溢れ、
 当の男の身体に労いの手がかけられていく。
 ある者は喜びに顔を歪め。ある者は涙を流して感謝し、嗚咽をこぼした。
 誰一人として手には何も持たない空手であり――――
 ここにきてその行為の意味など微塵もあらず、
 それまで頑なに離さなかった鑿と槌は、嘘のように地へ放り出されていた。
 そして、取り乱す男に誘われ、やや遅れて現れる、上層から豪奢な鎧に身を包む男。

「よくやった、お前達。約束どおり、イフラマドの民であるお前達にも、
 アルザビの名誉市民の枠を賜わそうぞ。これで、皇国の存亡に一縷の望みが見えたわ!」

 宰相と呼ばれる男が開けられた道に従い進む先に映る、
 像の足のように太く、柱のように表層が滑らかな、半ばまで埋められた古代の遺物。

「――――白き神と黒き神が争うと、
 天空には巨大な穴が穿たれ、地上には大いなる嵐が吹き降ろされた……。
 未だ全ての部位を揃えた訳ではない。
 だが、ゴルディオスの結び目は、いずれ私が解く。
 己が手など如何程にでも汚そう。己が心など如何程にでも貶めよう。
 なればこそ蘇り、皇国を、民を守ってくれ……アレキサンダーよ……」




 深淵の彼方は緑に覆われ果てしなく。
 天から降り注ぐ熱線が頭部の熱を一段と増し、
 頂から滴る汗の粒の鬱陶しさもさながら、
 藪の隙間に潜んだ虫達の喧しい鳴き声が尚のこと周囲の温度を上げている錯覚に陥る。

「大丈夫か、セイバー」

 肩を叩く手は逞しい男らしさに満ち溢れ、
 思わず身を預けてしまいそうな誘惑に、私自身はっとなって彼を見遣った。

「ええ。ご心配なく、アーチャー。それより、周辺にマムージャの気配は?
 これ以上の連戦は、魔力残量の乏しい今の私達にとって、あまりに厳しい」
「居ないさ。……少しは私を信頼して欲しいものだな、セイバー」
「あ、私は……」
「これは機会だぞ。この隙に、連中に囲われている捕虜を解放する。急ごう。」
「は、はい」

 行く手を阻む木々を投影宝具で切り取り、道なき道を拓いていくアーチャー。
 それに多少の気まずさを覚えながらも、このまま置いて行かれる訳にもいかず、
 彼に着いて行く形で黙々と歩んでいく。
 結局――――私には、滅びの運命に晒されたこの国を見捨てることなど出来ず、
 未だ士郎を探しに行くことが叶わずに居た。
 士郎が大切じゃない訳ではない。
 だが……それでも、かつて一国を治めた王として、国を滅ぼしてしまった者として、
 ブリテンと同じ運命を辿ろうとするこの国を救いたかった。
 四方より侵略する蛮族を淘汰し、滅びの運命からアトルガンを救いたかった。
 単に過去出来なかったことへの投影といえば、陳腐に過ぎる動因かもしれない。
 己の主に優先する目的かと問われれば、私は口を噤むより他ない。
 それでも……私は国を……。

「……セイバー?」
「――えっ? はい?」
「着いたぞ。ここが虜囚を捕らえる牢獄のようだ」

 いつの間に着いたのやら。
 虚ろとなっていたらしい私の前に、柵で外界と隔たれた牢屋が堅牢に据えられていた。



中には……
Ⅰ:貧乏で魔法少女
Ⅱ:遅咲きの桜
Ⅲ:やわらか将軍
Ⅳ:想像を絶する悲しみがブロントを襲った


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最終更新:2008年10月07日 21:49