522 :アトルガンの娘 ◆6/PgkFs4qM:2008/07/22(火) 11:58:27
縞の羅列は忠実に己の役目を守り、
それがどの程度の強度を有しているのか、
内部と外界を遮断する柵を魔力で強化した掌で揺さぶっても、
僅かに左右にぶれるばかりで開放の意思を寄せ付けない。
ならば剣はどうかと用意されたエクスカリパーを横に薙いでみても、
鉄の棒は加えられた負荷に従い目一杯のアーチを描いてしなり、
しかしそれ以上曲がることなく私の剣を受け止め、
ゴムの反動の如く衝撃をこちら側へと撥ね返す。
私はセイバーのクラスであって、力が格段に突き抜けたバーサーカーではない……。
頼りの宝具が失われた今の私にとって、この堅牢に打ち勝つ手段はないのだろうか?
答えは――――否。
「アーチャー。お願いします」
「……任せろ」
かつての私だったのならば手に余る存在だった牢獄も、
一騎当千に値する心強い味方を得た今となっては、砂上の楼閣にも等しい脆さでしかない。
「同調開始」
彼の最も得意とする魔術分野の一つである“解析”は、
対侵入者用に誂られた複雑な鍵穴を正確な設計図として読み取り、
その凹凸に当て嵌まる構造を同時に形成、“投影”して一本の金属棒を作り出していく。
そうして一分にも満たない時間を経て、彼の手には光り輝く『鍵』がもたらされた。
僅かに注ぐ光を反射する質感は、まさしく本物の金属片であることの証明。
迷いなく鍵穴に差し入れた動作に呼応し、
まるで当然だと言わんばかりにカチリと打ち鳴る金属がもたげられた音。
その無理のない滑らかな動作に、私の胸には己に出来ないことをやってのけることへの尊敬と、
ただ単純に感嘆の念が湧き上がるばかりだった。
「本当に……その、便利ですね、貴方の魔術は……。
こんなことならば、私も生前真剣に魔術の勉強をしておくべきでした」
「何を言う。互いに出来ないことを補い合うから意味があるのではないか。
それに君の操る剣技に比べれば、児戯にも等しい特技だろうよ」
言いながら、黙々と数ある牢屋を開けていくアーチャー。
それに伴い、先日のマムージャとの戦で捕らえられたアトルガンの民が、
狭い出口より顔を出し、次々と息苦しい内部より抜け出して行く。
「わーい、助かった! ど、どこのどなたか存じませんが、
とってもありがとうございましたっ!」
「冒険者さん、ありがと~。
早くお店に戻って、売り物の武器が錆びてないか確かめなくちゃ!」
そして、彼らに支給品の転移魔法を封じ込めた呪符を渡し、
首都アルザビへと飛ばすのは、これといってやることがない私の役目。
……余談だが、私の知る限り、転移は魔術の枠を超えた令呪で以ってのみ再現可能だというのに、
符一枚でこうも容易に転移が可能とあっては、
果たして戦術面にも応用される利便さに感動すべきか、
回数制限を経てようやく可能となる令呪の不便さに憤慨すべきか、思案に悩むところだ。
勿論、違う世界に存在する魔術には、
非常に興味深いものがあるのも事実ではあるのだが……。
「……? アーチャー? 何をしているのです」
牢から出た民を全て転移させて次の民を待っていたところ、
考えに耽っている間を跨いでも、いつまで経っても次が来ない。
まさか彼の身に異変が起きたのではと慌てて頭を振るも、目に入ってきた光景は、
ただでさえ気難しく顰められた顔を、更に深く皺寄せられたアーチャーの眉間。
「アーチャー?」
「ああ、うん。私もおかしいとは思うんだが……
いちいち説明するのも億劫だからな、少し耳を澄ましてみてくれないか」
まさか捕虜奪還を蛮族のマムージャ藩国軍に勘付かれた……?
だが、言われたまま聴覚を研ぎ澄ませてみたところ、聞こえてきた音は、
直接的な暴力を振るう際に発せられる敵の怒号とはまた違う、これはこれで厄介な声音だった。
(汚いなさすが忍者汚い……)
「…………」
(致命的な致命傷。確定的に明らか。このままでは俺の寿命がストレスでマッハなんだが……)
「……何です、これは」
「ふむ、鍵は開けてやったというのに。
このまま見捨てて行くものいいが、流石に後味が悪い。どうしたものか?」
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最終更新:2008年10月08日 16:50