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481 :もしも遠野志貴が引き篭もりだったら ◆4OkSzTyQhY:2008/07/20(日) 07:15:43


 こんな、夢を見た。
 気づけば自分は見知らぬ部屋にいる。
 どういうわけかその姿は小さい頃のもので、不安そうにきょろきょろと辺りを見渡していた。
 無理もない。自分がいるのは広々とした、とても高級そうな洋間である。
 見るに良く、住むに悪し。自分にとって、あまり居心地がいいとは言いがたい。
 もっとも、この部屋の主もそれには気づいているらしい。部屋は居住に支障がない程度に散らかっていた。
 あからさまにゴミ等が落ちているわけではないが、その部屋の印象を表すなら乱雑の一言で済むという、奇妙な空間。
 その中で、自分と背格好の良く似た同年代の少年が、鏡合わせの様に向かい合って立っていた。
 向こうは何か珍しいものでも見るような表情で、こちらの顔をしげしげと覗き込んでくる。
 そうやって見られるのが恥ずかしくて、自分は気まずげに床を眺めていた。
 ――と、声が響いた。
 自分の声でも、目の前の少年のものでもない。どうやら部屋の中にいたのは自分達だけではなかったらしい。
 姿は見えないが、確かにぼんやりとした気配がある。
 聞き覚えのある成人男性の声が、やはりどこか曖昧な位置から発せられた。
 その声も霧がかったように不明瞭で、あまり内容は理解できない。もっとも、夢など得てしてそういうものなのだろうが。
『いいか、シキ。この子は今日付けで――に入る。精々、仲良くしてやってくれ』
 その声が八年前まで自分の父親であった遠野槙久のものであると思い出した頃には、その気配は消えていて。
 今度こそ、部屋の中で目の前の少年と二人きりになっていた。

「……」
「……」

 ひたすらに、気まずい。
 向うも、こちらも、なかなか口を開かない。
 そもそも当時の自分には、同年代の友達などほとんどいなかった。
 だというのに、あの親父は会わせるだけ会わせて放置とはいったい何を考えているのか。
 せめて、相手の子の自己紹介くらい、するべきではないのか――
 ザザ、と。唐突に夢の像がぶれた。
 夢想の中だというのに、はっきりと分かる頭痛。
 混線したラジオのように、僅かな時間だけ夢の映像は見えなくなり――
 再び像が安定したときには、件の少年が自分のすぐ目の前にいた。

「ん? んんー?」

 ほとんど密着するような状態で、少年は俯いている自分の顔を下から覗き込むようにして観察している。
 思わず、自分はたじろぐ様に数歩後ずさった。

「……ぷっ。く、はははは。別に取って食ったりしねえよ」

 その様子が何やら面白かったようで、その少年はケタケタ笑いながらひらひらと手を振って見せる。
 そして再び距離を詰めると、その手をこちらに差し出して、

「志貴、っつたか。よし、今日からお前は俺の――」

 その後に続く言葉を聞く前に、場面が変わる。


 暗転。


 初夏の日差しに照り付けられ、周囲は眩しく、鮮やかにその色を反射させている。
 そこにあの不気味な『線』はない。してみると、やはり此れは夢の続きらしい。
 今度は屋敷の庭にいた。ここで待つようにと誰かに言われた気がする。
 しばらくは立ちっぱなしで待っていたが、中々名前も知らない待ち人は来ない。
 やがて、疲れた自分はその場にごろりと寝転んでいた。
 青い色水に、数滴の白を落としたような快晴。遠野志貴にとって、こんな景色は夢でなければお目にかかれない。
 それでも、気付けば自分は目を閉じていた。
 きっと肌を灼く熱気と、それを冷ますようにして通り抜ける風の感触に誘われでもしたのだろう。
 睡魔はすぐに訪れた。 眠る前のあの感覚がやってくる。浮遊か、それとも落下か――どちらにせよ心地よい。
 待ち人への危惧は合ったが、ここにいれば問題はないだろう。自分の寝相は、それほどまでには悪くない……
 ――どれくらい眠っていたのだろうか。
 眼が覚めても太陽の位置はさして変わっているようには思えなかったが、夢中でそれを信用する気にはなれない。
 ……まあいくら手入れの行き届いているとはいえ、それでも寝心地が良いとは言い難い芝生の上だ。
 さほど眠っていたわけでもないだろう。
 だが、それを気に食わないと感じる輩は存在するようだった。

「よう、起きたか寝ぼすけ」

 げし、と頭に軽い衝撃。蹴られたらしい。
 起き上がるって犯人を見やると、そいつは家の外壁に背を預けて悪びれもせずに欠伸などしている。

「……起きたら蹴ることはないだろ」
「ああ? 待ってろ、って言っといたのにグースカ寝てた奴の文句なんて聞きまっせーん」
「うっ……で、でも元はといえばそっちが遅いのが悪いんじゃないか」
「だってよ、あれをちょろまかしてくるのには苦労したんだぜ? オレのスペクタル聞くか?」

 と、少年が隣に立てかけてある大きな脚立を指し示す。
 ……自分の記憶が正しければ、あれは庭師の横田さんの愛用品で。
 加えてその横田さんは、自分の仕事道具に無断で触れる者に剪定鋏片手にニンマリ笑いながらゆっくり近づいて行く危険人物である。
 いざとなったらこいつを売ってでも逃げる算段を頭の片隅で練りつつ、自分はその梯子を眺めた。
 只管に長い。本来は木の枝を剪定するための物なのだろう。よくここまで運べたものだと感心する。

「武勇伝はいいとしても、これ何に使うのさ?」
「あれ、話さなかったか?」

 そういえば話された気もするが、だがやはり頭痛が邪魔をして思い出せなかった。
 幸い、少年はまあいいやと呟くと、壁から背を離して今度はこちらに背を向ける。
 今まで寄りかかっていた外壁の方へ向き直り、屋敷の二階の窓を指さし、そして――

「あそこにいる、俺の■を――」


 暗転。


 ――ふと、立ち止まった。
 総勢四名による鬼ごっこの途中である。すでに自分以外は捕まっていて、早く逃げなければ捕まってハラワタ食い。
 故に本来ならばさっさと逃げなければならないのだが、夢の自分が立ち止まってしまったのだから仕様がない。
 何故自分は動かないのか。誰かの視線を感じたのか、それともただ単に走るのに飽きたのか。
 どうやら前者らしい。幼い頃の自分は先ほどの視点と比べ、少し離れた場所に佇む屋敷の窓を見つめている。
 そこには、無表情でこちらを見つめる――


 暗転。暗転、暗転……


 幾度も、そんな短い夢を見た。
 ブツ切れの夢は酷くノイズだらけで、幾度もの暗転を用い、出来の悪い素人脚本のよう。
 それでも――最後の暗転を以って、現実へと回帰したのは上手く纏められたと褒めるべきなのだろうか。

「……変な、夢」

 呟き、再認識。そう。それは夢だった。起きればそこは陽光の溢れる庭ではなく、ただの暗い六畳間だ。
 あの夢から派生としては、泣けるほど救いようのない結末がここにある。
 ハ、と短い息吹に自嘲を込める。なという無様さ。そんなことは、とうの昔に分かっていただろうに。
 それなのに、惜しむように過去の輝きを夢想していた。

「――しょうがないじゃないか」

 すべてはこの狂った眼が原因だ。
 この眼が自分から八年分の時間を奪い去った。
 いっそ、盲であれば楽であっただろう。眼球を破壊するには針金一本あれば事足りる。
 だけどそんな度胸はない。遠野志貴は臆病者であり、ついでにいうなら卑屈でもある。

「あれ? だけど……」

 疑問があった。あの夢は自分の過去体験だ。
 ならば、あの少年は何者だったのか。
 遠野槙久には、自分と秋葉以外の子供はいなかったはずだが。

「外の子――かな?」

 当時、家に招くほど親交のあった友人がいたのかは思い出せないが。
 というより、八年前の事故以前の記憶はどうにも曖昧であった。断片的にしか思い出せない。
 いや――そもそも、自分は今まで過去のことを思い出そうとしたことがあったか?
 目を背けたくなる現実を前にしたのならば、人は背後に振り返るものだろう。
 だというのに、遠野志貴はそれをしたことがない。
 それは何を意味するのか。彼が実は臆病でないとでもいうのか、果てまた――

「……まあ、いいか」

 考えてみても答えは出なかった。別に、今すぐ必要な答えというわけでもあるまい。
 どうせ時間は腐るほどあるのだ。腐った時間が山ほどあるのだ。
 志貴は寝床から立ち上がった。体内時計はおおよそ深夜。
 死ぬほどの勇気がないのなら、生きるためにしなければならないことがある。


 ……遠野志貴は本来夢を見ない人種である。
 今宵のような過去を懐かしむ夢はもちろん、何だか分からない靄のような夢すら見たことがない。
 それが夢を見たということは、すなわち――

◇◇◇

「夢、か」

 路地裏は赤色で染まっている。これが鮮やかな赤だったら多少は明るく見えたのかもしれない。
 だけど酸化して黒ずみ始めたそれはただただ暗く、そして狂気を感じさせるだけだ。
 赤色の提供者達は、いまはその身体の体積を減らして倒れ臥している。
 その食べ残しの中で、遠野四季は目を覚ました。
 日中あれほど眠っていたというのに眠ってしまったらしい。満腹感からか、あるいは、

「琥珀の薬のせいか? やっぱ飲まなきゃ良かったか――」

 すでに身体の痛みは消えていた。麻酔のせいではなく、単に修復が終わっただけだ。
 融合呪詛『蝕離』。他者からパーツを奪えば、彼はそれをすぐに己の身体に還元できる。
 試すように掌を数度握り、軽く伸びをして内臓の位置を整えた。

「ま、悪かねえが……」

 損傷はすでに全快。が、だからといって昨晩の出来事がすべて無かった事になるわけではない。
 遠野四季は理解していた。あれは――あの黒い男は自分が勝てるような相手ではない。

「だけどまあ、一矢報いるくらいはしてえよな。遠くから石でも投げるか?」

 ぼやきながら、四季は立ち上がる。
 逃げに徹すれば自分が死ぬということはほとんどあるまい。
 だがこのまま無様に逃げ回り続ける気も彼には無かった。

「しっかしまあ、懐かしい夢だったな」

 夢の内容は彼の子供時代のものだった。
 秋葉、志貴、翡翠、自分の四人で遊びまわった頃の記憶。思えば、唯一自分の人生でまっとうに充実していた日々だ。
 ――彼に暗示はかけられていない。
 だから、四季はノイズに遮られることなく夢を見ることが出来ていた。
 が――ひとつだけ、思い出すことの出来なかった光景がある。
 それは死に際の記憶だった。遠野志貴の胸を抉り、自身の親に殺害されるまでの記憶がどうにも曖昧である。

「むう……一度くたばってるわけだし、そういうもんなのかもしれねえが」

 それでも志貴の命を共融して奪っているのだから、この事実に間違いはない。
 ――ない、はずだ。

「思い出してどうにかなるもんでもないか――」

 そんな風に結論付けて、彼は夜道を歩く。
 腹は満ちていたので、目的地は特に無い。とりあえず志貴を探しつつ、出来たらあの黒い動物野郎を背後からこっそり殺す。
 ふらふらと路地街を彷徨いながら、彼は空を見上げた。

【選択肢】
姫:今夜は月が出ていた。
死:今夜も曇りだった。


投票結果


姫:5
死:3

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最終更新:2008年10月07日 21:55