244 :遠坂桜 ◆0ABGok2Fgo:2008/06/13(金) 20:22:50
白面のサーヴァントが、船の縁に立っていた。
僅か数メートルの距離。気付かぬ筈がない距離。
だというのに、この瞬間まで、魔力感知にも視界にも捉えられていなかった。
さっきまで息をしていた魔術師が、胸板から血を噴き出していた。
英雄にそぐわぬ括りに位置づけられた者たち。
暗殺者―――アサシン。
白面が揺れ動く。桜の全身の毛が逆立った。
「倒してッ!」
恐怖に抗うように、桜は命じた。
桜のサーヴァントが駆けた。
数歩の間合い。アサシンの手から紫電が走る。
五つは虚しく鎧に弾かれ、一つはサーヴァントの鼻先を掠めた。
剣の間合い。しかし直前、アサシンは軽やかに水面へと躍り出ていた。
アサシンの姿が消えていく。
桜の肌が粟立った。次は何処に現れるのか。
「船を出してください!」
サーヴァントが叫んだ。
桜はエンジンを見やって、歯軋りした。
アサシンの放った短刀が、エンジンを正確に貫いていた。
「マスター、早く!」
「ダメ! エンジンがやられてる!」
二人は駆け寄り、互いに背を預けた。
動力を失った小船は、寄る辺なく宵闇を漂う。
「貴方は水上や水中で動けます?」
「いえ。私に水の加護は無く、アサシンのような軽業も体得していません。
マスターは水の魔術の心得を?」
「……使えません」
水中へ飛び込めば、アサシンの格好の餌食だった。
だが、それは此処に留まっても同じことだ。
「あ――」
何の前触れも無く、髑髏を模した面が桜の正面に現れる。
息を呑む。死の匂いを間近に感じた。
放たれる白光を反転したサーヴァントが叩き落す。
アサシンが舞った。軽やかに闇夜の水面を跳躍する。
その姿は再び、闇に溶け込んでいった。
「く……」
暗闇の中、船上から逃れられない。
攻撃の予兆はほぼ皆無だ。
こちらが追撃するより早く、敵は姿を消す。
アサシンにとっては最上、狙われる者にとっては最悪な狩場。
桜は胃に強烈な締め付けを感じていた。茨の毬でも飲み込んだようだ。
死。実戦。
覚悟も危機感も足りなかった。戦場を甘く見ていた。
嘔吐感があった。一刻も早く、この緊迫から逃れたいという思い。
安易に動けばアサシンに殺される。しかし、留まったところで、いずれ殺される。
冷えた汗が桜の背中を伝った。
「あの橋」
サーヴァントは落ち着き払って、言った。
「ここから陸までは距離がありますが、あの橋の下まで行けば方法はあります」
冬木大橋。橋ゲタまでの距離なら、強化すれば届くだろう。
「だからこそ、アサシンも仕掛けてきます。
私の鎧を破れぬと判った。単純にマスターを狙っては、目標の達成が容易でないとも。
ならば、次は私たちが動く隙を狙うでしょう」
それでも桜たちは動かざるを得ない。実に周到だった。
灯りが船を照らした。
橋ゲタが近づく。
橋上の灯りが織り成す影。その中に船が入る。
白刃が飛び交った。
桜には届かぬ速さで、二体のサーヴァントが馳せ違う。
地に落ちる刃の雨の向こうに、白面が見えた。
今なら逃げられる。それが判った。
「先に橋へ!」
サーヴァントが叫ぶ。桜は走った。
視界の端に、水蜘蛛のようなアサシンの姿があった。桜を追ってはいない。
だが、初めから狙われていた筈だ。蜘蛛は網を用意して待っていたのだ。
何を狙って? こんなにも関単に獲物を逃がす?
蜘蛛は一匹だけ? あの魔術師は、あまりに容易に捕まらなかったか?
アサシンは――勝てぬ相手に戦いを挑むのか?
桜の胸の裡で、堰を切ったように疑念が湧いた。
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最終更新:2008年10月07日 21:59