311 :遠坂桜 ◆0ABGok2Fgo:2008/06/23(月) 18:16:26
影が、別の灯りから伸びた影と交わっていた。
港の倉庫街では、あまり見ない光景だった。
夜間作業は多く無いのだろう。街灯は点々と立っているだけだ。
尤もセイバーたちに、あまり影響は無い。
探しているのは目で見るものではなく、魔力で感じるものだからだ。
「なあ、セイバー」
すぐ横で歩いていた士郎が言った。
「工房なんて作ったこと無いから、はっきりとは言えないんだが。
知らない土地で、すぐにちゃんとした工房を作れるもんなのか?」
「それは魔術師の技量に依るところが大きいと思いますが」
「俺たちの探してる魔術師は工房を上手く隠してる。
ってことは、結構強いのか」
「いえ。一芸に秀でた魔術師も多いと聞きます。
工房が優れているからといって、戦闘や他の魔術に長けている訳ではない。
そもそも、全てが一人の魔術師の仕業とは限りません。
魂を狩る魔術師がマスターである可能性は高いのですから」
「……つまり、サーヴァントが一般人を襲ってるってことか?」
「可能性の一つとして、否定はできません」
「でも、サーヴァントは英霊なんだろ。英雄がそんなことをするのか?
英雄ってのは人を助けるからこそ、ヒーローなんじゃないか」
言う士郎の表情は、まるで子供のように見えた。
本物より強く、瑕のついた子供だった。
「サーヴァントは、必ずしも善性ではありません。
加えて、如何なる英霊であっても、令呪で命じられれば、行わざるを得ない」
「そうか」
士郎が呟いた。
その愛想の無さに、セイバーは前回のマスターを思い出した。
衛宮切嗣。
姓と屋敷の繋がりがある以上、士郎と無関係ではないのだろう。
彼はセイバーと同様に、自身の人生を売り飛ばし、聖杯を求めた。
だが、彼は最後の最後で聖杯をセイバーに砕かせた。
理由は判らなかった。判ろうという気も起きなかった。それは今も変わらない。
「シンジたちは、まだ見つけていないようですね」
ライダーたちとは別行動だった。手がかりを見つけたら、合図をすることになっている。
士郎の返事はなかった。
セイバーは周囲の魔力に集中することにした。
倉庫街のマナ流れに不審な点は無かった。
港は出入りが多い割りに夜の人気は少なく、工房を作るには悪くない場所だ。
しかし、そもそも慎二の言う魔術師が存在するかどうかも判らなかった。
セイバーは地面を見た。
仄かに映る影はセイバーと士郎のものだ。影は、暗い夜に消え入りそうだった。
「なあ、セイバー。俺は、おまえが相棒でよかった」
「――え?」
唐突に、士郎が言った。
「おまえは無関係な人を傷つけたりしない。俺も、絶対にそんなことをさせたりしない」
士郎の目は真っ直ぐ、セイバーを見つめていた。
「それを言おうと考え込んでいたのですか?」
「ああ。考えても、大したことは言えなかったけどな」
「……そんなことはありません。
私には、とても――喜ばしい言葉です」
セイバーの頬は綻び、言葉は自然に口から零れた。
士郎は照れ臭そうに顔を逸らし、頬を掻いた。
「じゃあ。探そう、セイバー」
「はい。行きましょう、マスター」
セイバーは力強い笑みとともに頷いた。
灯りが照らす中で、足許に影が映っている。さっきより、ずっとはっきりとして見えた。
その先に広がる闇を、セイバーは気に掛けなかった。
自分たちの目指す先が一つだと信じて。
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最終更新:2008年10月07日 21:59