374 :遠坂桜 ◆0ABGok2Fgo:2008/07/06(日) 20:21:13
セイバーは士郎の背中を追って、港の倉庫の一つに駆け込んだ。
死んでいた。
無残に荒らされた工房。その中に累々と転がった死体の数は十三。
抵抗らしい抵抗の跡は無い。全て、圧倒的な力で殺されていた。
「何なんだ、コレ」
士郎が言った。不自然なぐらいに、無表情だった。
命の奪い合いに無縁だった少年が、死肉と血の海の前でする顔ではない。
感情が無いのではないか、とすら思えた。
「どうやら、彼らは一つの集団だったようですが」
「そうじゃない。俺が訊きたいのは……」
「彼らは全員、魔術師です。
そして私たちが来るより早く、何者かに殺された」
無残だった。
戦場でも慈悲はあるべきだ。敵となった者への敬意と言ってもいい。
この工房には、それが無かった。
手にかけた者は、彼らを無価値と断じていた。
セイバーとて怒りはある。
恐らくは、この魔術師たちが徒党を組んで一般人の魂を狩っていたのだ。
それでも人の死として見れば、目前の惨状は受け入れられる範囲を超えていた。
セイバーは頭を振って、一度だけ目を閉じた。
「マスター。何故、ここに工房があると判ったのですか?」
「え?」
「外部には異常が漏れていませんでした。しかし貴方は迷い無く、ここに踏み入った」
「何で……って。何となく変だったから、としか言いようが無い」
「直感、ですか」
「ああ」
「なるほど……『異状』への察知能力が優れているのかもしれませんね。
それは、わかりました――が」
セイバーはじろり、と士郎を睨んだ。
「ム。何だよ」
「今後、異変を察知した場合は、私に言ってください。
単身で走り出されては守りようがありません」
「いや、でも」
「貴方は私を相棒(パートナー)と言った。
にも関わらず、数分も経たぬうちに置き去りにした。
それが貴方の言うところの相棒でしょうか?
ならば、私も考えを改めねばなりませんが」
セイバーは全身でプレッシャーをかけた。
戦場で剣の先に居る相手にするように、だ。
士郎がたじろぐ。セイバーの感情は充分に伝わったようだった。
「……悪かった。謝る」
「よろしい」
セイバーは大きく頷いた。
心の裡では、胸を撫で下ろすような気分だった。
士郎が工房に入った時点で、セイバーにとっては大失態だったのだ。
工房の防衛機能、工房の主である魔術師。危険は幾らでもあった。
なのに、セイバーは士郎を守ることが出来ない状況だった。
無事だったのは結果論だ。
魔術師たちが全滅していた事は、疑いようも無く、単なる偶然だったのだ。
彼らを殺した何者かが、既に工房を去っていたのも運がよかった。
十を超える魔術師たちに抵抗すらさせない。順当に考えれば、サーヴァントの仕業だろう。
宝具を使えば、現代の魔術師は容易に一掃できる。
しかし、そう考えると不可解な点があった。
死体はそれぞれが異なる死に方をしている。
如何に宝具が多くとも、その数は片手に満たないのが原則だ。
だが、工房の中の様子はまるで――宝具の嵐に襲われたかのようだったのだ。
「……まさか、有り得ない」
セイバーは自ら疑念を打ち消した。
自身が前回に続けて召喚されたことだけでも、奇跡的な確率なのだ。
「セイバー。ここから出よう。慎二たちにも報せないと。
それに……何か厭な感じがする」
「わかりました」
踏み出した靴の先に何かが当たった。
大きな宝石のついたペンダントが、ころころと転がっていく。
灯りの届かない闇。その奥で、カツンと音がした。
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最終更新:2008年10月07日 21:59