393 :遠坂桜 ◆0ABGok2Fgo:2008/07/08(火) 19:48:06


 シンプルな飾りのペンダントだった。
 血に濡れているが、それ以外に痛みや汚れはない。
 ペンダントの持ち主はきっと、これを大事にしていたのだろう。
「セイバー、どうしたんだ」
「これが」
 ペンダントを手渡すと、士郎はそれを灯りに掲げた。
「ペンダント?」
「はい。ここの魔術師たちの持ち物かもしれません」
「マズいだろ。遺品を勝手に漁るのは」
「しかし、この宝石からは魔力を感じます。
 襲撃した人物が落としていった可能性もある。
 魔術の知識のある人間ならば、持ち主の推測も出来るでしょう」
「……コレをやったヤツか」
 士郎が工房の中に散らばった肉片に目をやった。
 士郎の掲げた宝石が差し込む光に照らされ、血の雫の様に見えた。
 何故か、血と士郎はしっくりと馴染む。
 昨夜の話では、ほぼ普通の生活をしてきたということだった。
 鍛錬はしていたが、父以外の魔術師は知らないと。
「マスター。貴方は、どうして死を拒絶しないのですか」
 気付くと、セイバーは訊いてしまっていた。
 士郎がセイバーに顔を向ける。表情は陰になっていて見えなかった。
「貴方は常人に近い暮らしをしてきた筈だ。
 魔術師は死を覚悟するものだと、私も知っている。
 しかし実際に死を前にして、その側に立っていられるかは別の話だ」
「俺だって、別に平気な訳じゃない。
 ずっとここに居るのは御免だし、コレをやったヤツは許せない」
「だが死を遠ざけようとはしていない
 貴方は何の抵抗もなく、この『事態』を受け入れている」
 怒りを感じるのも、正義感が生まれるのも、それを事実だと容れた後のことだ。
 屍からは目を背ける。言葉を失う。
 そんな当たり前の反応が、最初にあるべき段階が、士郎には無かった。
 死体を見慣れた、戦場を往く者のように。
 昨夜、殺されかかった。だからといって、死への反応が消えるほど人間は簡単ではない。
 嫌な想像があった。振り払った筈の疑念。
 衛宮切嗣。
 命は繋がっていく。そこに善悪の区別は無い。
「何故――」
「―――そろそろ、割り込んでもいいか?」
 不意の声に振り向く。
 工房の入り口に男が居た。
 セイバーは歩み出て、不可視の剣を手に取った。
「……サーヴァントか。我らの不意を衝かなかったとは、中々の心構えだ」
「ハッ、そんな野暮な真似はしねえよ。
 大体、まだ“誰”を相手にするかも決めてねえしな」
 全身を青で覆った男が、にやりと片頬だけで笑った。
「なあ、いい加減に出て来いよ」
 男の言葉に応えるようにして、工房の中に二つの影が浮かび上がった。
 ローブを纏った女は舞い降りるように、白面の男は角の陰から滲み出るように。
「キャスターに、アサシンってとこか」
「――意外ね、気付かれないと思ったのだけれど。
 貴方、探索の魔術でも使えるのかしら?」
 キャスターが言う。その口振りには、明らかな余裕があった。
「さあてな。そんなことより、アンタの相手は?」
「残念だけど、今日は見学。貴方たちの強さを見せて頂くわ。
 セイバー、ランサー。貴女たちなら、少しは期待できそうだから」
「随分と虫のいいことを。私たちが黙って貴女の望むままになると思うのか?」
「ならざるを得ないのよ、セイバー。ほら……もう来たもの」
 衝撃が走った。
 トラックも優に通れるだろう穴が壁に開く。
 さながら飛行機の窓から吸い出される風のように、魔力が吹き荒れた。
 その先に、悠然と立つ鉛色の巨躯があった。


槍:到着経緯【視点:ランサー】
暗:推移考察【視点:アサシン】
藻:戦況偵察【視点:間桐慎二】

投票結果


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最終更新:2008年10月07日 22:00