750 :アトルガンの娘 ◆6/PgkFs4qM:2008/08/17(日) 00:06:53
「だ、駄目! それだけは断じて駄目ですっ!」
手を左右に振り、ついでに頭も首の関節が許す限りぶんぶんと横に振り回す。
そう考えるより先に口が出たものだから、
脊髄反射的言動に驚愕するより早く、
渾身の拒絶を受けた彼女の悲しそうな陰り顔がどうしても目に付き、
自身の行いの無頓着さが露呈してしまう羽目となってしまった。
「あ、いえ、別にアフマウが嫌という訳では……。
ただ、貴女だけの騎士ということは絶対に出来ない理由があるのです」
「どうして? セイバーはマウと居て楽しくないの?」
「ち、違いますっ! そうではなくて、その……」
――――どうして自分はこれ程までの拒絶をもって少女の誘いを断ったのか?
静かに高鳴る心臓の真上に手を置き、
一、二度深呼吸をして、乱れかけた己の心を鎮めさせる。
とくん、とくん、と小さな鼓動が掌を伝わり自身に訴え、
それが動転した際に生じるものでないことは、次の瞬間を待てば明白であった。
やがて瞳を閉じた先へ鮮明に現れる少年の朗らかな笑顔。
うん、大丈夫。
私は彼を忘れたりなんてしない。
「――――既に忠義を誓った方が……我が剣を預けるに足ると信じた人が居るのです。
その人のためならば、喩え命を投げ捨てることになろうとも構わない。
だから、私は皆を守る騎士にはなれても、
彼を差し置いて他の誰かに我が身を捧げることなど出来ない。
いざという時に彼を守れなくなってしまいますからね。――分かっていただけましたか?」
先程までの沈んだ顔は何処へと消え去ったものの、
代わりに些か解せぬ様子で指を口元に当て、不思議そうに首を傾げる彼女。
「……その人って、つまり、その…………セイバーの恋人ってこと?」
「なっ……!!!」
途端、自分でも、嫌いな蛸のように顔が真っ赤になるのを如実に感じた。
恋人。シロウと私が。恋人。恋人!
否。否否否。
あくまで彼と私の間にあるものは互いへの尊敬と確かな忠義であり、
詰まるところ主と従の関係に違え様がない。
それを、どこをどう勘違いしてか恋人だなんて!
……思い起こせば、一緒に手を繋いだり、買い物に行ったり、遊びに行ったり、
美味しいご飯を作ってもらったり、私が窮地に立たされた時は助けに来てくれたり、
ついでに言うと部屋が隣同士で、寝る時は襖一枚しか挟まない関係だけれども!
そんな! 恋人って! あなた!
一体どこを見てあなた、恋人だなんて……あの、そんなに恋人同士に見えてしまいますか?
「……セイバー? ……セイバー?」
「恋人……恋人……ふふ、ふふふふ…………はっ! い、如何致しましたか、アフマウ?」
「えっと、その、何て言うか、さっきのセイバー、
急に頬を両手で覆って湯気を出したり、頭の天辺の毛が鞭みたいにしなったり、
ちょっと怖かったかなぁって……」
「ははは、ご冗談を。騎士たる私がそのような醜態を晒す訳がないでしょう。
さあ、そろそろ上がりましょう。長風呂をしていますとのぼせてしまいますよ」
戸惑う少女をよそに、機先を制して湯船から立ち上がり、
体中に纏った水飛沫を重力に任せて滴り落とす。
肌からこぼれた水滴が宙で綺麗な球体と変化し、
固い床がそれを受け止め、水玉は小さな音をたてて四方へ散った。
タオルで体を拭く私に対し、何時まで経っても湯船から上がらないアフマウ。
仕方ないなと溜息をこぼしながら再度催促をするべく口を開きかけた瞬間、
ここで時間に任せてしばらく呆けていた少女の口から意外な言葉が、
それも私自身に関する無視出来ない指摘が発せられた。
「セイバー、それ」
「はい?」
「その、胸の辺りにあるアザ。真っ直ぐ一文字に走った細いアザ。
何かな? 古傷……にしては綺麗過ぎるくらい真っ直ぐだよね?
昨晩寝ている時に、シーツの皺と重なっちゃったのかな?」
「は」
『斬』
何か……思い出してはいけないものを……
『鉄』
思い出しては、駄目、なの、に……
「は――――ぅ、胸、いた……」
「セイバー!?」
「あ、だいじょ、ぶ……ですから……」
今度は原因不明の動悸を抑えるべく、何度か深呼吸で強引に息を整える。
大丈夫。大丈夫。大丈夫だ。
「――大丈夫です。ご心配をおかけしました」
彼女を安心させるべく可能な限りの笑みを繕うも、
少女の不安げな顔は微塵も常時の笑顔に戻ってなどくれず、
胸中に募るものは無駄な作業へ注がれる空しさばかり。
大丈夫。大丈夫だから……。
だから、シロウ。お願いですから、早く令呪を使って私を呼んでください。
思い出にある貴方の優しい笑顔を見せて、私を安心させて……。
おまけ
「おやおや、その顔だと、無事にそれぞれの監視哨へ行って来られたようだネェ」
「当たり前だろ。準備運動にもならねえ温い戦だったぜ」
「いやいやいやいや、あんた程の豪の者なら朝飯前の仕事だったかネェ! 悪かったよお。
ねぇ、後生だからあんたの名前を教えとくれよ。さぞかし名の通った、騎士サマだったりするんだろう?」
「通り名でいいかい?」
「そんなぁ……もったいぶらずに教えとくれよ~」
「(まあ、別世界だし、俺の伝承を知っている奴なんていねえだろ)クーフーリンだ」
「クーフーリン! なんて強そうな響きだろう!
ねぇ、ねぇ、綴りはどう書くんだい?
異国の名前は難しいから、ちょこちょこっとこの紙に書いてみとくれよ」
「いいぜ。さらさらっと」
「フムフム……クーフーリン……か。なかなか、いかした名前じゃないか」
「おう。褒めたって何も出ねえぞ」
「ワタクシは……雨にも負けず、風にも負けず……矢にも逃げず、魔法にも怯まず……」
「あ……?」
「蛮族どもが攻めて来た時は防衛し……攻めて来ない時は遠征し……
んと、健やかなる時も、病める時も……呪われた時も、石化せし時も……
傭兵派遣会社、『サラヒム・センチネル』の発展にこの身を捧げることを誓います」
「おい? てめえ、さっきから何を言ってやがる?」
「フフン♪ クーフーリン、と。
さて、これで晴れて、あんたも我が社の『正社員』になったって訳だね。御入社おめでと~!」
「お、おい」
「さてと。クーフーリン二等傭兵。あたいの下で働くからには、それ相応の覚悟をして貰うよ」
「ざけんな! 何が入社だっ、モロ詐欺じゃねえか! 俺はこんな所でなんぞ働く気はさらさら……」
「なめんなよっ!!」
「!」
「あんたが西の国の騎士サマだろうが、英雄サマだろうが、槍使いサマだろうが、
んなこたぁ、あたいの知ったことじゃない……。
忘れてもらっちゃ困るのは、あんたは傭兵としちゃ、ずぶの素人だってことさ。
傭兵はねぇ、 泥水啜って、てめえのタマ張ってなんぼの世界だっ!
そんな風に細っかいことをうだうだ言ってるようじゃ、うまいシノギにゃ一生ありつけやしないんだよっ!」
「な……な……」
「お分かりかい? ……じゃあ、ぼけっとしてないで、ダッシュで公務代理店に行って来なっ!
背伸びすんじゃないよ。あんたが公務を成功させなきゃ、うちにもマージンが入ってこないんだ」
「なんじゃそりゃ~~っ!!」
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最終更新:2008年10月08日 16:51