776 :アトルガンの娘 ◆6/PgkFs4qM:2008/08/18(月) 22:04:05
「――それで、今回の侵軍は死者の軍団と?」
樽の上に安置していた剣を腰に下げ、
そのすぐ隣で腕を組みながら佇むアーチャーに、厳しさを含めた口調で訊ねる。
時刻はマムークに侵入してから間もない、日が真上に昇る真昼間。
このまま日が落ちるものと信じていたのも束の間、
アラパゴ暗礁域の監視哨にて斥候をしていた傭兵から、
死者の軍が行軍の準備を行っているとの報せが入ったのだ。
――――死者の軍。
食屍鬼、総身に操屍の呪文を施された骸、何処かの錬金術師により合成された生態兵器、
そして、人間の上半身と大蛇の下半身を備えたラミア。
要するに彼らは人ならざる者達の百鬼夜行であり、元より死を超えた者に死の概念など当て嵌まらず、
死して尚死者を蹂躙する凶悪性は他の蛮族達の比ではない。
彼らが何故皇国を襲うのかは定かではない……が、
決して看過してよい相手ではないことだけはこの国に馴染みの薄い私にも十二分に理解出来た。
不動の姿勢を保ち続けるアーチャーの方へ、そっと視線を寄越す。
眼を閉じ、それまで無音に沈黙を守っていた彼であったが、
常時の無愛想さもそのままに、言葉少なく私の問いに答えた。
「そうだ。
アンデッドは死の無い怪物。
故に剣による物理的手段では効果が薄いが……臆したかね?」
「逆です。これより出遭う強者に想いを馳せれば、血の滾りは際限なく熱を持つ。
アーチャー。この戦が終われば、共に祝杯を浴びて体の火照りを冷ましましょう」
どちらともなく口元に笑みを浮かべ、石を敷き詰められた路地より出て、
防衛の要所となるであろう大広場へ躍り出る。
目を焼く陽光と共に飛び込んできた景色は、各々が地を照らす白銀に煌く装甲を纏い、
手にする武器は槍や手斧といった無節操、様々な種族より構成される傭兵達。
皇都の中ではほんの一部に過ぎない区画であるというのに、
見渡す限りでも百を超える人数が、広間や上段の渡り廊下に散りばめられていた。
「そういえば、知っているか?」
「何がです?」
「蛮族どもが皇国を襲う理由だよ。ここを真っ直ぐ行った所に――」
アーチャーに導かれるまま視線を移した先に、皇都の奥、
何やら用途の知れない、大きな建築物が目に入る。
「封魔堂という建物がある。
その大扉を開けた先に魔笛という物があるのだが……連中はそれが欲しくて皇都に押し入っているという話だ」
「魔笛? 初耳ですね、それは……。
ですが、そのような物を何故、皇宮ではなく、民が暮らす皇都に安置するのです?
それでは毎回ここが戦場になってもおかしくはない筈だ。
民の安否を考慮するならば、どう考えてもあそこは置き場所として相応しくない」
「そこだよ」
突然、物静かな佇まいを崩さなかった彼が、身を乗り出しながら、
常時の彼らしくない挙動で、長らく胸の内に溜まっていたであろう合点のいかぬ疑問を吐露した。
「どう考えてもどころじゃない。
あんな民家を挟んだ場所を選んでは、まるで、皇都を戦場にするのが目的みたいなものじゃないか。
断言しよう。この国の政治に関わる何処かの者は、民が戦争に巻き込まれることを是としている」
「……馬鹿な!!」
思わず吐き出した激情に、本人である私すらがはっとしてしまう。
有り得ない。
王は、為政者は、何時如何なる時であろうと民の為に尽くし、民の為にその身を捧げるのではないか。
それなのに、民を切り捨てるような真似までして、一体何を重んずる大事があるというのか。
「熱くなるな。あくまで私の考えを述べたまでだ。
……もしかすれば、ただの無能な為政者というだけのことかもしれない」
「…………」
「……すまない、急にこんな話をして。
とにかく、これから命を懸けた戦が始まるわけだ。
如何にサーヴァントたる我らであっても、気の抜ける相手じゃないことだけは忘れないでくれよ」
「ええ……」
彼の注意が終わると同時に敵の到来を示す法螺の音が彼方より響き、
周囲に待機していた傭兵達が気合の怒声をあげて武器を持つ手に力を込めていく。
私が守ろうとしているこの国は…………いや、私が守ろうとしているのは国じゃない。
同じく国を守ろうと奮起する傭兵達も含めた生ある者達だ。
浮かれるな。付け上がるな。私はもう王ではない。
「セイバー」
「……アーチャー? まだ何か?」
「いや、なに。えと……あ~~……そう肩筋張らなくても、今度は俺がセイバーを守ってあげられるからさ。
セイバーはセイバーのやりたいようにしたらいい。
一人じゃ無理でも、俺が協力して、どうにか叶えてやるよ」
「…………」
「ん、ん~、コホン」
アーチャー、まったく貴方という人は……。
「……ありがとう…………シロウ……」
「ん、ん、ん~……」
顔を真っ赤にさせながら視線を逸らすアーチャー。
そうだ。
どんなに姿が変わろうとも。
どんなに気の遠くなる悲しみを経ようとも。
彼が彼であることだけは変えようがない。
一時的に自分を曲げてまで元気をくれた以上、
それが如何程の勇気を得ることに繋がるか推して知るべくもないのだ。
「さあ、行きましょう。敵はもう、すぐ傍まで迫って来ている筈です」
そうして幾百に及ぶ魔物の群れに遭遇する私達であったが、
私が前衛として敵の集いを蹴散らし、
後衛として控えるアーチャーが矢による援護で敵の要点を突く取り合わせにより、
硬い体表を持つアンデッドといえど、その数は徐々に減退していった。
やがて敵を退けた先にうねる、大将格らしき二匹の蛇を模した怪物。
この二匹を倒せば、戦は終わる……!
「かく、ご……?」
しかし。
轟風を纏って振りぬく剣を以ってしても。
その寸前に神風の如く立ちはだかった紫の影は、私の剣を止めるに値する衝撃を有していた。
「貴女、は……」
「お久しぶりです。……セイバー」
地に届くかのような長く美しい髪に、暗殺者の様な黒い服、
何より一番初めに目に付く、魔眼キュベレイを封じる自己封印暗黒神殿(ブレーカー・ゴルゴーン)の戒め。
そんな奇怪な格好をした人間、七つの座の一つ、『騎兵』の位を冠する彼女以外に存在するであろうか。
「ライダー……!」
Ⅰ:再会を喜ぶ
Ⅱ:何故、彼女がこんな所に居るのだろう?
Ⅲ:先手必勝! 斬りつける
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最終更新:2008年10月08日 16:51