799 :アトルガンの娘 ◆6/PgkFs4qM:2008/08/20(水) 20:34:30
何故彼女がこの世界に居るのか。
何故彼女が死者の軍団の只中に交えているのか。
瞬時に胸裏へ浮かぶ有象無象の疑念であったが、そんなもの、
友の再会により込み上がる歓喜の一念に比べれば些か過ぎる程にちっぽけであり、
その疑問の正体を確認することすら気付かず、欣喜雀躍の波に呑み込まれていった。
見間違えようが無い。見間違えよう筈が無い。
実際に幾度と無く矛を交し合った私だから言い切ることが出来る。
この眼前に立つ女性の名は――――ライダーだ。
「本当に…………お久しぶりですね。
今まで衛宮邸に居たのではなかったのですか? どうやってここにやって来られたのです?
桜は? 何処かの民家に避難させているのですか?
貴女も……この国の人達を蛮族から救おうと奮起してくれているのですね……」
「…………」
「貴女が居てくれれば、万の軍勢を得たと語っても決して誇張ではない。
さあ、そんな所に立っていては敵に背中を狙われる。こちらに来て、共に戦局を切り開きましょう」
言い終えてから右手を差し出し、かつての脅威であった者が心強い仲間として戦ってくれる事実に心震え、
これより苦難を分かち合う覚悟と感動と、感謝の意を示す。
この戦、勝った!
喩え屈強の蛮族どもが数多の兵を揃えようとも、
永久に語り継がれる私達サーヴァン三体を相手にどこまで陣取れるか、
私達を相手にどこまで非道を通すことができるのか、決して天運に任せた采配ではないだろう。
ライダーさえ居てくれれば、私達は難なくこの戦に勝つことが出来る。
そう。彼女が味方で居てさえくれれば、私達は勝てたのだ。
しかし――――
告白すると、私は一種の予言しさながら数瞬後の未来を脳内に描き、
彼女が僅かの間も置かずにこの手を取ってくれるものとばかり信じていた。
当然だ。
いくらかつてが争い合う関係であったとはいえ、それは聖杯という共通の目的を競合していいたからに過ぎず、
聖杯戦争を終えた今となっては矛を交し合う理由など有り得よう筈がない。
私達の間に存在したものは、互いの実力を認め合う貴い尊敬の念――――。
だから直後に訪れた真実は、サーヴァントたる己の反射神経を以ってしても御し難く、
理解と対応を追いつかせるのに数秒の経過を許した。
「え――――?」
乾いた音が響き、周囲に広がる戦場がこの瞬間ばかりは白く褪せ、喧騒は無色の沈黙を呈す。
続けて到来した鋭い痛みは、無償の結束を期待していた自身を一方的に打ちのめし、
目前に迫る吉報に喜び勇む私を愕然とさせた。
「……ライダー!?」
何の迷いもなく握り返してくるものと確信していた手は、
それどころか激しい破裂音を以って打ち払われ、赤い腫れを残す以外には何も無い側面へと逸れる。
呆然とすること数秒。
あまりに予想外の事態に不動となる私へ向かい、直後、ミリ単位のずれもなく、鎖のうねりが飛来した。
馬鹿な。そんな――――まさかそんな、有り得ない。
「ごめんなさい……セイバー……!」
それは形にすれば一秒にも満たない時間であったのかもしれない。
ほんの短い、吸った息を吐く程度の時間。
だが、私がそうと自覚するより早く、彼女より放たれた鎖はまるで蛇のように隙間なく首元へと巻き付けられ、
事態の急激な変化について来られない頭がようやく覚醒した途端、
目前に迫る雲が視界の大半を占めるくらい、私の身体は宙に浮いていた。
「か、は――――っ!?」
続けて私の体に到来した感覚は、自身の五体がバラバラに砕け散る衝撃の感覚。
周囲に浮遊する砕けた敷石が、妙にゆっくりとした映像で流れる。
おかしい、こんなの……。
戦乱の中、懐かしい仲間と出会って……なのに、どうして私はこんなことになっているのだろう。
突然湧いた疑問に対していくら考えても答えに結ばれることなどなく、
代わりの返答とばかりに寄越された一撃は、隣接されていた家屋を粉微塵に吹き飛ばすくらい強烈だった。
頭部より滴る液体は赤い錆びの色。
溜まらず自身を結びつける忌々しい鎖を我武者羅に引っ掻くものの、
緩んでいたグリップからは剣などとうに抜け落ち、
武器を持たないというのに、素手による鉄の解体など如何にして行えというのか。
「……ライダー!」
「…………」
「ライダー!」
霞む目を余所に、あらん限りの怒りと是非を込めて問い質す。
「ライダー、何故、貴女は……!」
固く結ばれた一文字からは僅かな声も漏れ出ず、あるのは倒れ伏す私に止めを刺さんと放出する殺意に違いなく、
一歩、また一歩と踏み出すブーツの歩みが、実際に言葉にされるより余程強く彼女の意思を示していた。
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最終更新:2008年10月08日 16:51